【2-2-3】
フクローラン。ディーヴァヌ山脈の北側に位置する宗教国家。統治するは神々の長姉であるギィ=フクローラン。あの時リーザを傷つけた張本人。
ギリッと歯を噛む。私の歪んだ表情にマーニャさんは驚いた表情をしていた。
「フクローランにとって太古の神々というのは絶対で不可侵の存在。ギィ様だけでなく他の太古の神々も同様に」
「……で、私がミームやククルを倒したってのが気に入らないわけだ?」
「ええ。自分達の神そのものを殺されたわけですから。当然許せるはずはない」
私は前世も今世も宗教に入っているわけではない。そのためにその感情を理解する事は難しい。ただ自分が信じているもの、自分を支えているものが失われたのであれば、それ自体に対する憎しみや痛みへの共感はできた。
「ただ正直懐疑的だったんですよ。だから今までは問題なかった」
「懐疑的?」
「まさか太古の神々を倒す事なんてある得るはずがない、と」
確かにギィも同じ事を言っていた。考えてみればそうなのかもしれない。私だって前世の世界で神を殺した人がいる。なんてとても信じられないだろう。
「まず広がった噂話は、ミーム様とククル様はまだ生きているのではないか? ですね」
「あーそれは半分当たっちゃいるね」
『ちょっとスーニャさん!?』とマーニャさんが慌てていた。別にいいじゃん。他に誰もいないしさ。
「ただミーム様もククル様もいつまでも現れない。まさか本当に亡くなったのでは? いやそんなことはあり得ない。なら双方が争って相打ちになったんじゃ? という考えが広がりました」
「……私が言うのもなんだけどさ。とことん信じないもんなんだね」
マグシアがスーニャという存在が、ミームもククルも殺したと発表したというのに人々は都合のよい方向へと勝手に事実をねじ曲げるのか。
「それほどの存在ということですよ。ですからスーニャという存在は、半ば風説として扱われ始めました」
「あれ? でもマグシアは色々動いていたんじゃなかったっけ?」
「マグシアからすればあそこまでの事を言ったのですから。何もしないというわけにもいかないです。だからポーズとして討伐隊を編成し、各地域を捜索したりはしましたね」
それで合点がいった。マグシアが建国された頃私の名前は世界中に広まった。似ていないとはいえ手配書も撒かれた。これから逃亡生活が始まるのかとも思ったほどだった。
ただそうはならず思った以上に普通の暮らしをしている。誰も私がスーニャだなんて気づかないし疑いもしない。それは、そもそもスーニャという存在が本当に実在すると人々が信じていないのだ。
「誰もが真実は分からない。伝えても信じようとしない。なら都合のいいままにしておけばいい」
『貴方はマグシアにとっても恩人ですから』という彼の言葉に首を振る。私は自分の好きにしただけなのだからそんな事を言われる資格はない。
「この考えのまま世論は動いていた。そして少しずつスーニャという存在を世の中から薄めていくことを考えていました。……ただ事態は変わった」
レナードはマーニャさんの方を向いた。視線を向けられた彼女はピクリと身体を震わせる。
「突然得体の知れない冒険者がギルドに現れ、次々に高難易度のクエストをクリアしていく」
今度は私の方へと視線を変える。
「しかもその人物はどうやら赤髪で、炎を扱うらしい。……まあ世間も知るスーニャの特徴とは一致していますよね」
……何やら責めるような声色に聞こえる。
「いやでも、スーニャさんの名前も変えましたし……」
おずおずとマーニャさんが口を挟む。それに対してレナードはニコリと笑顔を見せた。
「ふざけてるんですか? そんな子供騙しで本当に隠せると?」
『いやあの、えっと……』と彼女はしどろもどろになっている。
「それに貴方がスーニャを随分とこき使っていた事は聞きましたよ? ……まったく。いい度胸じゃあないですか」
レナードはマーニャさんへと近づきその頬を撫でた。
「今度からスーニャのことで何かある時は、俺に一報ください? いいですか?」
うわーこれかなりレナード怒ってるよ。なんでか知らないけど。マーニャさんはコクコクと頷いている。ただ震えは強くなるし冷や汗も流すしで気の毒になる程の有様だった。
「では話を戻しましょう。……どうやらその話がフクローランにも伝わったようなのです」
「まあ、それは何となく想像ついたけどさ」
でもスーニャという存在を信じようとしないこの世界の人々がそんな簡単に信じるものだろうか?
「仰りたい事は分かりますよ。ただその時に少し余計な情報も伝わってしまった」
「余計な情報?」
「ええ――」
ドタドタと外から音が聞こえる。複数人の足音だ。それを止める声も聞こえる。誰かが来たのだろうか?
「……まずいですね。マーニャレスカ?」
その声を受けてマーニャさんが頷く。
「スーニャさん。こっちへ早く」
彼女に言われるがままに進む。なんだろう。邪魔しないよう部屋の隅にいてくれとか?
「すんませんが、ちょっとの間堪忍してください」
彼女は突然衣装棚を開き私を中へと押し込んだ。私は埃の匂いに包まれながら当然抗議の声を上げる。
「ちょっとちょっとどういうこと!?」
『しー! ちっとの間ですから静かにしといてください!』なんて言われたって突然にこんな中に押し込まれたら誰でも混乱する。しかも中は服が満帆に入っていてスペースはほとんどないのだ。いっそ出てやろうかなんても思うが、ドンドンと早速ドアが叩かれる音が聞こえたので、一応我慢する。
「どうぞ?」
マーニャさんの声に応じてドアが開く音が聞こえた。私はちょうどある隙間から部屋の中を見る。まったくどれだけ大切な来客なのか見てやらないと。
入ってきたのは男女数名で、みな同じ白い衣装を着ている。彼らが何者かはすぐわかった。一人の女性の首元に見えた刺青はフクローランをあしらったもの。アヌ教の象徴だった。
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