【1-8-6】
私達は要件も終えたので荷車に乗り帰路へと着いた。バルディアで早速報告をあげた際、マーニャさんはさして驚いた様子もなかった。
『またよろしく頼んますー』なんて言っていたがきっと毎回こうなのだ。確かにこの二人なら並大抵な相手では歯が立たないだろうし、ギルドにとっても最高戦力の一角であることに間違いない。失敗することなど微塵もあり得ないだろう。
マーニャさんから『報酬はいつも通りに』と言われ私達はその場を後にする。はてどういうことだろうか?
「あーそれは、普段は預けさせてもらってるんですよ」
曰く、ジー達はお金を使う機会があまりなく持っていても仕方ないのだとか。だから都度報酬を受け取っているのではなく、必要な時に必要な分だけを預けていたお金から卸しているらしい。……いったいどれだけお金が溜まっていることやら。
「あははー。それなら私の借金も全部払ってくれたらいーじゃんねー? なんてー。流石にそれは無理かー。ね? ジー?」
私の言葉にピクッとジーが反応している。ピューピューと下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしている。あれ? 思った反応と違うけれど。
「まあ、あはは。ご主人もあれはちょっとした意地悪といいますか……」
「え? ……え? どういうこと?」
「いやー、ほら。あははは。……どうなんでしょう。あはは」
いやおいコラちょっと待て。……あの悪魔。もしかして支払ったところで痛くも痒くもないのでは。
「まあまあ、ちょっと、ね? この話はもうやめましょ?」
目の前で困っているジーであるが、いやでもだって放り出されてからは中々途方に暮れたわけで。
「ほらリーザちゃんも困ってるでしょ?」
確かに隣にいるリーザはクイクイと私の裾を引きウンウンと頷いている。いやまあ、ね? 確かにあの時の事がなければ今こうしてリーザとも会えてはなかったんだけれども。
「ね? だからもうこの話はやめて本題に入ろ?」
むー。釈然とはしないが仕方ない。ジーを責めたところで彼女が悪いわけでもないのだから。
「ふー。わかったよ。じゃ改めて。ジー、リーザに魔法教えて貰えるかな?」
私の言葉にコクリとジーが頷く。
「ええ。では改めてひとつずつ見ていきましょう」
隣にいたジーはピクリと身体が強張った気がした。
『バルディアについたら魔法を学んでみましょうか』と、帰りの馬車でジーは唐突にそう言った。それはあの時に否定したリーザに魔法を教えるという話であり、何故そのように考えが変わったのかと尋ねると『だってリーザちゃん、本気なんですもん』と言っていた。
それがどういう意味なのかは私は汲み取る事ができなかったが、ただリーザは魔法を教えて貰えるという事を喜んでいた。
そしてギルドへの報告も終わりようやくこの時間がきたわけだ。
「では改めて手を前へ」
ジーの言葉通りに手を前に出す。その手をジーが握る。以前にも見た光景だ。リーザの持つ魔素を観察しているのだ。しばらくの間二人は手を握り合っていた。
「……うん。やっぱり魔素量自体は戦闘に使用するほどの量ではないですね」
それ自体は以前にも聞いた内容だ。
「この量で私達と同じような魔法を発現させることは難しいでしょう。するとしたら自分の生命活動に充てがっているエネルギーを削ることになります」
ジーの言葉はリーザにとって聞くに苦しい言葉のはずだ。ただ彼女は淡々とそれを聞いていた。
「それでもなお魔法の使い方を知りたいですか? 例え上手く発現しなかったとしても。……たとえ自分の命を消費する事になろうとも」
リーザはコクリと頷く。その動作には一切の躊躇いはなかった。『わかりました』とジーは答える。ふうと息を吐き改めて彼女と向き合う。
「……リーザちゃん。少しだけ我慢してくださいね?」
ジーがリーザへそんな言葉を投げる。何事かと分からず彼女はキョトンとした表情をしていた。
「……貴方に魔法の使い方を教えます。ただ貴方は言葉を介せない。呪具もない。であれば多少粗いやり方で覚えて貰う他ないです」
俄かにジーの身体が仄かに光始める。
「まず貴方は自分が持つ魔素を知覚しなければなりません。普段はごく僅かだから気づいて無いのでしょうが」
その光が徐にリーザへと移り始めやがて全身を包み込んだ。
「今私の魔素を貴方に流しています。分かりますか?」
リーザは興奮した様子でコクコクと頷いている。
「いいですね。……そろそろ始まりますよ」
リーザが疑問の表情を浮かべるとと同時に彼女は自分の身体を抱えうめき始めた。私は慌ててジーへと視線を向ける。
「普段よりも何倍もの魔素が身体を駆け巡っているんです。……当然何も無いはずもないでしょう?」
目の前では明らかにリーザが苦しんでいる。ジーは驚いた様子も無くただ冷静に彼女を見つめていた。
「リーザちゃん? 身体に漲っているそれらを次は魔法にしていきますよ」
ジーはただ淡々と話を続ける。
「いいですか。大切なものはイメージです。貴方はどんな魔法を扱いたいですか?」
リーザはただひたすらに集中していて、私はその様子を見つめることしか出来なかった。
「敵を倒したい。仲間を守りたい。自分を強化したい。なんでもいいです。魔法はその人の願いを実現するために生まれました。改めて考えてください。……貴方は何を望みますか?」
ジーはリーザから手を離す。それと同時にリーザは地面に膝をついた。
「強く、強くイメージしてください。意識をそれだけに集中して。具体的であればあるほどいいです」
ジーは『ほら手を伸ばして。そう。ではあの岩に向けて放ってみましょうか』とリーザに声を掛けている。言われた通りにリーザは前方に手を伸ばした。
「いいですよ。自分の中に溜まった力を放ってください。どんな形でもいい。炎、氷、風、土。イメージはなんでもいいです」
ジーはクルリとリーザの背中の方へと移動する。そして肩にポンと手を置き耳元で囁いていた。
「そう。少しずつ、自分のイメージが現実に移り変わっていきますよ。いいですね。とっても上手ですよ。――ほら、見てください」
ジーの言葉に従うように私は岩の方へと目を向ける。そこには氷の礫のようなものが宙に浮いていた。それを見たリーザは嬉しそうな表情を浮かべたが、途端にそれは砕け散ってしまう。
「集中力が切れましたね。もう一度やりましょうか」
もう一回、もう一回と、訓練は何度も何度も続いた。




