【1-3-3】
でも幸せな時間というのは長くは続かないものです。
さっきまで私の目の前にいるのは人族の方々でしたが、今は亜族の方々がいます。
あの後すぐ私たちは亜族の野盗と思われる方々に襲われました。人族の方々は容赦なく殺されました。先程まで私と話していた人達は、無惨に身ぐるみを剥がされ地面に転がされています。優しい笑みを讃えていた表情は死ぬ間際の恐怖に引き攣り、光を失った瞳は何も映していません。
亜族の彼らは私を見て何やら話していました。みんなが話しているので細かく聞き取ることは出来ませんでした。でも『女か……。金になるか?』『良いツテがある。連れてってみるか』なんて言葉が聞こえました。私は売られてしまうんでしょうか。けしてそんな高くは売れないように思うんですけども。
私は彼らに担がれ荷車の一つに納められました。彼らは粗暴ではありましたが乱暴ではありませんでした。この先どこに行くのか私には分かりません。ただどこか遠くへという当初の思いは叶えられそうです。甘いものや美味しいもの、フカフカのお布団はどうやら難しそうですが。
それから彼らとはさらに数日を共にしました。最初私に話しかけて来る人もいました。早速私は自分が話せない事を説明しました。そうすると彼らは私に関心を示さなくなりました。
ふと私はどこかで降ろされてしまうんじゃないかと不安に思うようになりました。だってこんな私を誰が買うというんでしょう。お金にならないなら私を連れて行く必要はありません。売られた後の事よりも、今は捨てられてしまう事の方が心配でした。
ある夜のことです。私は荷車の中でいつも通りに座っていました。かろうじて外に見える月をボンヤリ眺めていると突然荷車が止まりました。今日はここにテントを張るのでしょうか。でも何やら雰囲気がいつもと違います。普段と違う小声に、何を話しているのかわかりません。
ただきっと私には関係のないことなのです。私はまたボウっと月を眺めます。なんだか眠くありません。昼間に寝過ぎてしまったのでしょうか。
彼らはどうやらここに荷物を置いてどこかへいってしまったようでした。置いていかれてしまったのかとも思いましたが、何名かは見張りで残っていたので違うようです。何か別の用事があるみたいです。
少しした後、怒号と金属音、鈍い音が聞こえました。見張りの人達が何かと争っているのだと気づきました。
彼らが殺されてしまうのなら私も殺されてしまうでしょうか。でも荷車の外側に鍵が掛かっているので出る事も出来ません。
やがて音は止まり知らない人達の声だけが残りました。『金目のものはあるか』『どれくらいやられた』と話しています。
今度は亜族の人達がやられてしまったのでしょうか。ひとまず捨てられることはなかったのに、今度はどうなるかわかりません。こういう時に神様にお願いするのでしょう。助けて。救ってと。私も手を合わせて祈ります。どうか次に私を見つける人も良い人でありますように。
扉が開かれて誰かが入ってきます。私はとうとう来たと、身を強張らせてしまいます。
「――えっと? 貴方は?」
男の人? 女の人? どちらにも見えます。
「怖がってるのかな? 大丈夫だよー。危なくないよー」
ただどうやら怖い人ではなさそうです。でも身体は血で汚れているみたいです。亜族の人達と争ったのでしょうか。
「ーーね? 私はリムって言うんだ。貴方のお名前は?」
名前。盲点でした。喋られない説明は何度もしてきましたが、さてどうやって伝えましょうか。
「あーやっぱり難しいよね。でも大丈夫だよ。何か悪い事をするつもりはないからさ」
違うんです。怖がっているわけではなくて。いえまずは自分の事を説明しないといけませんね。私はまた自分の口を開き、そして手でバツを作ります。
「もしかして、喋れない、のかな?」
ようやく一つ伝わりました。やっぱりこの説明の仕方が一番伝わりやすいみたいです。でも名前を何とか伝える方法を考えます。――あ、早速一個思いついたものがありました。
「そっか。じゃあ名前を聞くことはまた今度だね。ひとまず――」
私はこの人の手を取ります。少し驚いた表情を浮かべていましたが、すぐに手を預けてくれました。私は自分の指で手のひらの上に文字を書きます。
「り、い、ざ?」
よかった。もしかして通じないかもとも思いましたが、無事通じました。
「そうか。リーザっていうんだね」
自分の名前を久々に聞いた気がします。私は可笑しいのと嬉しさから笑ってしまいました。私の様子を見てその人も笑顔になっていました。
私はこの瞬間の事を忘れる事はないと思います。この時から私の人生は動き始めたのですから。
――これがリムさん、いやスーニャさんとの初めての出会い。私の、運命との出逢いでした。
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