枯木逢春
--- アルゴス街中
アルゴスの綺麗な街中を通りながら、スマイル号は進んでいく。
―― 本当。こんな場所で反乱とか起きずによかったよ。
「いい街並みね。観光とかできなの?」
「アルプ。 アルゴスからの船の出向時刻は?」
時間があるようであれば、観光もいいでしょう。息抜きは重要ですし。
『夕刻ですね。 今は昼ですので、船の出向には余裕で…… 』
「どうした?」
『タツマ。 あまり良くない情報が届きました』
「今度は何よ? 」
アルプの急な豹変でタツマがイラっとしている。
―― トラブルがない時は、ないのかよ。
『スキュレス氏より、“白翼の騎士団”の正体が、一部に気付かれている可能性があるとのことです』
「ふむ……それで、サナエさんが、ピンチだと? 」
「何で私なのよ! 」
―― サナエさんでしょ? こんな変な組織作ったの?
『いえ。 タツマの方ですね。 “スキュレス”のファミリーネームが、引っ掛かっているようです。 有名人と同じ苗字ですからね。 エリスではありふれていても、それ以外は結構目立つネームなので』
――ですよねー知ってた。
「……でっ。 どうしろと? 」
『名前を変えるか、戻してください』
「何なの? 最近のこっちへの仕打ちおかしくない? 」
タツマが嘆く。
『たしかに色々巻き込まれていますが、どうしますか? 愚痴っても状況は改善しないと思いますが? 』
――ホントなんなのこのAI。 辛辣過ぎるだろ!
「――仕方ない、おいおい考えておくよ」
『残念ですが、それほど時間もないようです。そのファミリーネームでサバエア大陸渡るのは、あまりお勧めできない状況になってきています』
「……権力闘争でも始まった? 」
『流石ですね。今回のアルゴスの件でスキュレス女史は、再びの成果を上げた訳です。さらにアルゴスの執政官から、感謝表明も彼女自身に送られています』
「まさか、エリスの執政官が嫉妬したとかそんな感じ? 」
『エリスの執政官のグループといった方がいいでしょう』
――余計にタチが悪いわ。
「それで?」
『エリスは、テッサリアと友好条約を結んでいます。そしてテッサリアは“白翼の騎士団”を広域テロ組織として指定しており、まだ解除はされていません』
「待て、待て、待て。 ならあの女帝を捕まえればいいだろう!“白翼の騎士団”の元締めなんだろう」
『それは噂にすぎません。 物的証拠がない上に、彼女の功績は間違いなく事実であり大きい。 故に容易に手を出すことができない存在です。 それよりも手下と思われる方を逮捕するほうが手っ取り早く、障害も少ないとの判断でしょう』
「えっ。つまり指名手配なの? 」
『治安隊には出回っていないようですが、情報庁の工作員レベルでは動きがあります。
名前だけで、画像はまだ出回ってないようですが、イスペリアの時のデータと今回のアルゴスの反乱未遂事件より、スキュレスと名のる清掃員の名が一致したようです』
「全く大した情報網だな」
『ちなみに、スキュレス氏の結婚相手の息子は、ふらふらしている風来坊となっています。 “白翼の騎士団”の一味は、彼女の息子かもしれないとの憶測もあるようで、取り敢えず、確保してみようとのことでしょうか? 』
「何がふらふらだよ。どれだけ命がけで働いていると思っているんだ! 」
多少の怒気がこぼれる。 腹黒のおかけでどれだけの危険な目にあっているか知っているのかよ。
「まぁいい。 しかし、エリスの工作員は、基本やる気ないじゃん。 そのままサバエア大陸に渡っても大丈夫じゃない? 」
『それはこの大陸に限ったことです。 ここではポンコツであっても、彼らのテリトリー入るのは、かなり厳しかと。 それに、情報庁もスキュレス氏が掌握していますが、僅かばかりの執政官派の残党もいるようで一筋縄ではいかないようです』
たしかに、テンペ大陸の工作員が緩いのは、エリスから遠方という理由もあるだろう。 全ての工作員が緩いと考えるのは危険か。
なんか、平穏に過ごしたい。プロメンテで耕作していたあの頃に戻りたい。いいスローライフだったなー。
「名前を変えるか、戻すのかー裁判所? 」
タツマがアルプに相談する。
「……。 ……! 」
その提案に反応したのは、アルプだけではなかったようだ。
『そうです。 できれば、中小規模な都市国家が最適です。 アルゴスでは、足が付く可能性がありますので』
「なんか、犯罪者になっていない? 高飛びする犯人じゃないんだけど。 で、この周辺でのお勧めは? 」
『都市国家フォーチュナを勧めます。 交通の要所であり、人の出入りが多く流動性が高く、規模によらず独立性もあります』
「わかった。サナエさん。 エリスに行くのは遅くなるけどいい? それとも先に行く? 」
「仕方ないわね、付き合ってやるわよ。社長がいないとヒルベルト商会も動かないし」
意外にも乗り気な感じで回答してくる。
スマイル号は反転し、テンペ大陸の交差路、都市国家フォーチュナに向かうことになる。
---都市国家フォーチュナ
テンペ大陸の交差路と呼ばれており、南部と北部を結ぶ結節点になる。
概ねの主要都市、アルゴス・サクラメンサ・アスクレウス・アルバテラ・バポニス等々などがテンペ大陸の主な都市国家になるが、そのため、交通量が多い。
加えて陸路の場合、多くがここで一泊するため宿泊施設も充実しているのが特徴になる。我々も今回で3回目の利用になる。
周囲は既に暗くなっているが、大陸の交差と呼ばれるだけあって交通量が多くそれなりに華やかな都市である。しかし、3回目も同じ都市の到着にタツマも少しうんざりしている。
「ようやくフォーチュナか。本当に今回はよく来るな」
多少愚痴った後、
「なぁアルプ。 名前って簡単に変えられるの? 」
『裁判所の対応ですので、現在のデータを提出した後、1~3ヵ月かかりますね。内容によります。相談してからですかね』
「そーだよなー。長期休暇だと思ってゆっくりするか。サナエさんはどうする?」
「そこは、おいおい決めるわ。ここかー。 って、以前に泊まったところじゃない」
『はい。 泊まりなれたところが、よろしいかと』
「まっいいわ。じゃぁ先に行くわね。 セレン行くわよ!」
やけに張り切っているが何かあったか?
---2日目
流石に高級ホテルとすると見劣りがするのは仕方ないか。 同じところに何度も宿泊しているので、朝食のメニューもあまり代わり映えしないな。
サナエさんが、いつものぶかぶかの服装で現れる。 両手を伸ばしくるっと一回転をする。
「どうよ」
ポーズを決めている。
「よく似合っていますよ」
もう30近いのに意外に幼いのが、男性受けが良いとこだろう。
「何泊するの?」
「とりあえず、3泊で予約をしている。今日の裁判所しだいかな。1ヵ月以上の長期滞在も考えないといけないし」
「もっと早く名前変えたくない?」
「それはー。 まぁ早いに越したことないけど」
「じゃぁ決定ね。朝食をとったらさっさといきましょう! 」
―― サナエんさん何かテンションが高いな。
---フォーチュナ シティ地区 支所
連れてこられたのは、裁判所ではなくシティ地区の支所。いわゆる役所になる。
豪華でもなく、ただの面白味もない大きな四角い建物になる。
都市の規模もそれなりに大きいので、人も多い。
待合所らしきところで、一時的に待っていて欲しいとのこと。
サナエさんは窓口に方向に行き、係の人と何かを話している。
戻ってくると何か紙を持っており、こちらに渡してくる。
「……これは?」
「名前変えるんでしょ? ささ。 ここに記入すればすぐに変わるわよ」
<婚姻届>
「なんかこういうのって、人生で重要な決断だと思うんだけど?……偽装結婚しろっ
ていうこと!? 」
「えー良いんじゃない? あなたの親父さんもそんな感じでしょ? 業務上、名前を変えるだけよ。それに、地球に戻るときに変更すれば万事問題なしでしょ? 気楽に考えればいいじゃない」
「……サナエさんのファミリーネームにするの? 」
「そうよー。キャミャエルね。まさか女性のファミリーネームに変えるのが嫌だとか、前近代的なことは言わないわよね?
それに、この方法なら数日で変わるわよ。 これで正式なマールスの民ね。 マールスでは、重婚も可能な都市国家が多いけどやったら切るから」
早口で、まくし立てるサナエさん。
―― 何か最後に嬉しい言葉と不穏な言葉が混じっていた気がするんだけど。
「そっ……そういうものなの? 」
「そうなの! 」
――親父もしていたからいいのか?
「まー。 変更が、できるのであればいいか。タツマ・キャミャエル……っと」
記入し終えた途端、サナエさんが書類を持って行ってしまった。
―― はやっ……なんかとんでもないことをしているような気がしてきた。
タツマの思いとは裏腹に状況はどんどん進んでいる。
サナエさんは窓口に書類出す。窓口係の人と2,3言葉を交わしてこちらを見る。その後も何か楽しそうに話している。
―― 流石。 コミュニケーション能力が高いねー しかし、そんなに話す内容なんてあるか?
タツマが、会話の話題に疑問を持っていると、話終わったのかサナエさんがこちらに颯爽とこちらに歩いてくる。
「さっ次にいきましょう! 」
「次? 」
「そう! いい情報聞いちゃったから」
サナエさんが、“こっちこっち”と言われるまま付いていく。
目抜き通りだろう、多くの人が行き交い、車道も車両がひっきりなしに走っている。
大陸の結節点の2つ名は、その名の通り、人、物の流れに活気があることが分かる。
もっともこれを慌しいとみるか活気があるとみるか、人それぞれであろう。
そして人が多く流れれば金も集まってくる。 都市には店舗も多く、薬・食料・雑貨総合小売店、衣料品店、家電化製品大衆店などが建ち並ぶ。
店舗の規模も種類もプロメンテやシメリアを超えている。
「都会だね~」
サナエさんの後ろを歩きながら、タツマが呟く。
サナエさんが、とある店舗の前で指をさし宣言をする。
「ここよ!! 」
自らの存在を示すように掲げる看板の中で、特に何も掲げていない
周囲からするとひときわ落ち着いた佇まいの店舗がある。
黒を基調にエメラルドグリーン縦線が入った、落ちついた、外観のイメージカラーの店舗であり、表には何ないが、店舗内を覗くとキラキラ輝く宝飾品がある。
表には警備員もいる。
見るかに高級そうな宝石店である。
ネックレスなどの宝飾が店内に展示されているのが分かる。
---貴金属・宝石店
店舗の前で立ち止まり、建物を見上げる。
「……ここに何用……何かを買えと? 」
この時点で何か予感が、タツマにまとわりつく。
「リングよ。 リング」
「……リング……リング! えっと……マールスにもリングの風習あるの? 」
「テラ由来に決まっているじゃない!同じものを身に着けるってロマンチックとのことで、浸透したのよ。 大々的な広告もあったし」
「ヘ……ヘー」
腰が引けてくる。 最初は軽いファミリーネーム変更から、徐々に大事に物事が動いているように感じられる。
「テラではダイヤモンドらしけど、こっちはルビーなのよ。あの赤い色が情熱的よね」
「ほ……ほー」
「ささ。 入りましょう」
されるがまま、背中を押され宝石店へ
結局、おそろいのリングと宝石入りリングをご購入。
50万マリベルほどが飛んでいく。
男性ばかりで枯れた現場が多いタツマに、思い掛けない春が来ることになる。 しかし、本人にはその自覚がない。
―― どうしてこうなった?……どうしてこうなった!




