アルゴスへの道中
車内には、この地方の民族音楽のような独特のリズムが、ラジオから車内に響いている。
タツマは、その音楽に耳を傾けながら特に話すこともなく、車両から流れる風景を座席で眺めている。 オーソン嬢はドライバーのため、運転に集中している。
サナエさんと言えば、相変わらずタブレットを弄っている。 車内では三者三様の時間が過ぎている。
「ところで、タツマさん。 アルゴスで何するんですか? 」
イーノが、沈黙が飽きたのか、何気なくタツマに話題を振ってくる。
「さぁな」
タツマは、チラリとサナエさんの方を見る。
何か、思っている風なのは、マールス人でないタツマでも感じ取れる。
「なんですかーそれ?」
イーノは運転に集中しながらも、半笑いしながら回答し続ける。
「どっちにしろ、また、おいしい物が食べられるといいんですけどねー」
イーノにとっては、それが重要なのだろう。確かにパボニスの料理は、上出来だった。
一頻り緩い会話が続く中、急にサナエさんが重い話題を放り込んでくる。
「……反乱の阻止よ」
サナエさんがポツリと呟く。
―― えー 何か不穏な言葉が聞こえたんですけど?
「サナエさん? 」
タツマが、恐る恐るサナエさんに視線を送る。
「あのーねーさん? 」
運転中のイーノも若干不安げな表情を浮かべる。
「元軍人の反乱の阻止が、案件よ」
きっぱりと言い切る。
「……」
「いやいやいや。 ヒルベルト商会って商社ですよね? 」
オーソン嬢が、運転をしつつもチラリとこちらに視線を向けてくる。
「まぁね。 そうありたいと常に思っている」
なぜか、いつもそうならないんだよね。
「アルゴス内で食料備蓄同盟への参加の是非が分かれているの。 報道でもやっていたでしょ。エリス-テッサリア平和条約」
「ありましたねー報道とかでは、聞いていますけど」
「あの条約の中に食料融通に関する項目があって、不作時の食料融通へのルールがあるの。通商や軍事と違い緩い縛りだから、参加国の負担も少ない。
実際に主要4カ国の内2か国が批准しているの。結果、周辺国も参加への協議に入っているわ。
それで、以前に増して、アルゴス内でのキンメリア・サバエア大陸との協力関係を求める意見が強くなってきているの」
「まぁその程度の条約であれば負担も軽そうだし、入りやすそうですね。 通商系の関税政策とか面倒そうだし」
「現在、アルゴスはタニア連合王国側での食料政策下に入っているの。 でも、近年のタニア連合王国の動きに危機を感じて、エリス-テッサリア同盟による食料政策に切り替えるべきとの動きがある」
「それとクーデターもどきに何の関係が? 」
タツマが疑問を呈する。
「条約批准派の文官府とタニアとの関係維持の武官府に割れているらしいわ」
「それだけで反乱とは、飛躍すぎじゃない」
タツマが指摘を入れる。
サナエさんが続ける。
「武官府とくに軍務庁は、タニアと組むことで色々といい思いができるのよ。 既得権益と言うやつかしら」
「それを手放したくないと」
「一方で文官府は、武力がないものの議会対策は秀でているの。ほぼ、議会内は条約批准でまとめあげている」
「ほほ、優秀ですなー」
運転しながらも、ちょくちょくオーソン嬢が会話に加わってくる。
「このままでは自分たちの地位が危ないと思った軍務庁の一部が、反乱工作を画策しているとの情報があるわけ」
「それだけで? それに国民からの支持がえられないでしょ」
「厄介なのはここからで、別に打倒政府って訳ではないようなの」
「まさか、政府を脅すためだけに反乱を起こすの? 」
「そうよ。 成功しても、しなくてもいい、政府に圧力をかけるためだけの反乱よ」
「無茶苦茶な! でも誰がその反乱を実行するの? そんな私利私欲まみれでは、住民ですら扇動できないでしょう? 」
「退役軍人と傭兵を焚きつける算段のようね」
「そう簡単に行くのかい? 」
タツマの眉間に皺が寄る。
「行くと踏んでいるようよ。 そして反乱が実行された場合は、政府にも影響があるので回避したい。 それが今回の要望よ」
「じゃぁ、反乱の先導者の排除がミッション? 」
「そうね。 簡単に言えば。 しかし、先導者も退役軍人や現場に絶大な信頼がある人物。 できれば、アルゴス政府としても何も起こさず手を引いて欲しいらしい。 生け捕り確保ね。 計画段階であれば、どうとでも握り潰せるし」
「随分と温情的ですな」
「そうね。 もし彼が死亡した場合は、それこそ本当のクーデターになりかねないの」
それだけ、現場からの信頼が厚いのか?
そんな人物が、なぜにこんなバカな茶番に身を投じるのか疑問が残る。
しかし、それ以上にエリスがこの問題に介入する意図が見えない。
「……これって反乱が起こると何か問題なの? 所詮はアルゴス内部の内輪揉めでしょ? エリスがわざわざ介入する必要がない案件に思えるんだけど? 」
タツマからの指摘が入る。 所詮は、他国の内輪もめ。他者が汗や血を流す必要はないはずだ。
「そうですよねー。 確かに他国の話ですし、プロメンテとしても関係ないですし、 同じ大陸といえどアルバテラにも影響はなさそうですし。 冷たいようですが、ほっといてもいいんじゃないですか? 」
その意見にオーソン嬢も追従してくる。
「今回の介入は、さっき説明した食料備蓄同盟にアルゴスを加盟させることが目的よ。 ここで反乱の目をエリス主導で摘むことで、アルゴスに恩を売り、食料備蓄同盟に加盟しやすい環境をつくることなの」
「なるほど」
「アルゴスを本同盟に組み入れることで、食料備蓄同盟を軸に3つの大陸にまたがる緩やかな対話の窓口を設け、もめ事が起きても直ぐに相談できる体制を作ることが、この戦略の目的。
そのために、アルゴスの加入は必須。アルゴスが加われば、周囲の他の国の参加を促すことができる。
食料を通じたマールスへのネットワーク構築ができる訳」
「戦が起きる前に対応する窓口ですか。いいかもですね。 それに戦とか最悪ですよ。勝手に生産品持っていかれるし、おまけに師匠もいなくなったし」
オーソン嬢のテンションが落ちている。先の戦いで色々あったのだろう。
「……」
タツマは黙っている。
―― 奴の計画だよな。 これ。 完全に吹き込まれているな。 サナエさんにとって食料備蓄同盟の有無は、危険を冒してまで遂行するほど重要なものじゃない。 あのやろー完全に巻き込みやがって。
タツマが、サナエさんに視線を向ける。
「なによ」
「なんでも……とりあえずアルゴスに向かいますか? また、フォーチュナで一泊だな。 アルプー」
『なんでしょうか』
「宿の確保。 お願いねー」
『了解です』
さてさて、どんなことになるのか。




