物憂げな日々
--- エリス スキュレス事務所内
エリス・テッサリア平和条約締結式から帰路について数日後。 スキュレス女史は、自分の事務所おり物憂げに外を見ていた。
執務室のドアがノックなく開く。その音に気づき、彼女はドアに視線を向ける。
「トリフィナ。 入るぞー。 例の兵器の様子がわかった」
「まったく。 相変わらずあなたノックをしないのね」
彼女から呆れたと声での反応がある。
「……ああ。すまん。報告書を読んでいて気付かなかった」
ダイゴの手には、それなりの厚さの報告書をもっている。
「まったく……それで? 」
しかし、その声には覇気が少しない。 いうなれば、元気がない。
「どうした? 」
「はぁー。 みんなから敵視されるってなんなのよー」
そう言って背もたれ椅子に体を預ける。 先の平和条約締結式が堪えているようだ。
「……」
「まぁあ、色々動いてみたけど、ただの助言よ。 兵を動かしたわけでも、ましてや恫喝外交をやった訳でもない。 あそこまでの敵視ってある? 」
裏で動いて言葉だけで、領土問題をひっくり返したんだ。
相手は、面白くないに決まっている。
「タツマ君からも脅迫めいたメッセージが届くし、何なのよ! 私、何か悪い事している? 」
<第三者であるサナエさんを巻き込んだ代償。 安くないと思えよ>
スキュレスが、端末に届いたタツマからのメッセージを見てため息をつく。
「だまし討ちのようにテンペ大陸に飛ばせばそうなるさ。 それにサナエさんも巻き込ませたんだろ? 」
「仕方ないじゃない。 途中で作戦を放り投げられても困るし。 お目付け役は必要でしょ! 」
相手にとっては十分悪いことだと、思いながらダイゴは話を続ける。
「それで、タツマに何をやらせるんだ? トークンの配達であれば、わざわざチャーター便は必要ない。 テンペ大陸にタツマを配置した理由は知りたいところだ」
「まだ状況が流動的なの。 取り越し苦労なら、そのままエリスに戻ってきても問題ないんだけど」
言葉から察するに保険を掛けたといったところか。 保険のために本人の同意なく、勝手に動かしているようだ。
自分勝手とも見えるかもしれが、実際そのぐらいではないと、議員が務まらないのも事実である。
「それに折角、情報庁を掌握したのに――テンペの地域の工作員は、地元に根付きすぎて対応悪いし。 売上を気にする工作員ってなによ!
※1第三セクター作っているんじゃないのよ! 何で報告書が、売り上げ報告になっているのよ! 」
工作員の報告書は見せてもらったが、順調に利益が出ているようだ。 確かに支店売り上げ報告書のようになっている。
隠れ蓑のダミー会社が、利益を上げているよくわからない状況になっている。 とは言え、何故か上納金のような形でエリスの国庫に入金があるようで、かなりの額らしい。
(弊社で雇いたいぐらいだな)
ダイゴの感情がよぎる。
「なので、優秀な工作員たる息子に白羽の矢を立てた訳。 エリスの繁栄にも頑張ってもらわないと」
「無茶苦茶な。 それに継続的な活動は無理だぞ? 」
「そこは大丈夫よ。それほど長期間にはならない……と思う」
「おい」
「仕方ないでしょう。 私の息子でもあるんだから少しくらい手伝ってもらっても! 」
(だから脅迫めいたメッセージが届くんだよ)
ダイゴも呆れながら、彼女の言い訳を聞いている。
「現在、情報庁内の執政官の勢力を排除を進めているの。 情報庁の完全掌握までのつなぎってところ。 それが終わればテラにも戻れるわ」
彼女はやはりタツマ達を体の良い駒程度に使う感じである。
「まったく。 それと私設武装集団への対応もしないといけないだろ? そのうち追及されるぞ? 」
「それよ! それ。 どうして私が、“白翼の騎士団”の元締めにみたいになっている訳? 詳細なんて知らないわよ。 まったく、なんなの“白翼の騎士団”って恥ずかしい名前! 誰がつけたのよ 」
(“白翼の騎士団”に関しては、たしかに彼女は関係ない。とばっちりになっているが。
まぁその方が、都合がいいところもある。
今回の合同軍事演習も、執政官は費用が掛かりすぎるため止めたがっていたが、彼女からの申し入れで合同演習の規模や期間が決定した。それもタツマ要望だが。
そうでなければ、虎の子の空母を含めた12隻の艦隊をイシディス海に派遣することはなかった。
傍から見れば、執政官を動かし、“白翼の騎士団”を使ってテッサリアを弱体化し、手を汚さず和平条約への転換。この一連の流れは見事としか言いようがない。
エリスのフィクサーと憶測まで飛び交い、他の議員からも一目置かれる存在になっているのも通か )
彼女自身もその旨はもっていたが、まさか、ここまではまるとは思っていなかっただろう。 そして今回の一件で彼女には、とんでもない名声が付いてしまっている。
“女帝トリフィナ”現在の彼女の2つ名である。
彼女にとっては、まったく気に入らない2つ名が付いてしまっている。
そして今まで抑圧されていた感情が爆発しているようだ。
クールに装っていた彼女の姿はない。
「はー。どしてこうなったのよ。フィクサーの予定ではなかったのに」
「プロメンテ内部からのタニア工作員の炙り出しが、失敗というか、まさか執政官が工作員とは思っていなかったからな。 その後の内戦から執政官暗殺までいくとはね。 結果、プロメンテに潜り込んだタニアの影響力を一掃することが出来たわけだ」
「……」
「イスペリアでのレジスタンス支援もタニアへの嫌がらせのためなのに、治外法権撤廃まで進んだ。
その結果、テッサリアに火をつけてキンメリア南北動乱に発展。 最終的に懸念事項になっていたテッサリアとの平和条約を苦労せず手に入れたわけか。 傍から見ればとんだ策士だよ」
「……知らないわひょ」
かんだな。 机につっぷし、頬を膨らましている。 リラックスしている姿はかわいい。
「よくもまぁ――ここまでできたもんだとは思う。 とはいってもタニアとの一戦は避けるべきだと思うがね」
「……」
ダイゴからの一言に、彼女の顔からコミカルさがなくなる。一転冷たい表情になる。
「気持ちはわかるが、復讐心もほどほどにな」
「……」
「気づかないとでも思っていたか? 相互食料備蓄を目指す共生同盟によるマールスの広域平和は、理解できる。 同盟参加者を増やして、タニアを囲い込み懐柔するのもわかる。 でもタニアを滅ぼすのは別だ。 無理だよ」
「……あなたに何が分かるのよ」
トリフィナから冷たい視線がダイゴに向けられる。
「わかるさ。俺も戦争で家族を失っているからな。 タニアを滅ぼすことと第二のトリュフィナを産むことは同じことであることぐらいわかっているだろ。 個人的な復讐は、一時的には痛快かもしれんが、規模が大きくなれば連鎖が止められなくなるぞ」
「……出ていって」
その言葉を合図のようにダイゴが、目を通していた報告書をトリフィナの机に置く。
「了解だ。 報告書は置いておくぞ。 報告書の内容を簡潔にいっておく。 タニアがTF-1型を開発し手中に収めた。 これでやり合わない世界を願うよ」
ダイゴが部屋から出ていった。事務内には彼女一人である。 デスクから、男性と若かりし頃のトリフィナが映っている幸せそうな写真を見つめる。
「わかっているわよ。そんなことぐらい……でも……夫と子供を失ったこの怒りはどうすればいいのよ! 私は一人なのよ」
悲しみと怒りの混じった呟きだけが、広い執務室に響いている。
ダイゴと彼女の間にあるのは、マールスの平穏との共通目的のために一緒にいる、職場の同僚に近い状態である。 少なくとも彼女はそう思っている。
ではなぜ、婚姻なのか?
マールスへの長期滞在を安定しておこなうため、いわば偽装婚に近い。
エリスの報道陣も駆け出しの議員の配偶者が誰であるか、あまり興味ないことが幸いしており大して話題にも上っていなかった。
--- パボニス地区 スパリゾート
スプリングバレー、ここはスパリゾートの大温泉地帯。自然の地形を利用しての多くの宿泊施設が共同して運営している大浴場になる。
混浴であるが、残念ながら、期待するような温泉シーンは望めない。
なぜなら、水着での混浴温泉するタイプで、大型温水プールのような状況であるからだ。
「おお、ねーさんスタイル凄いっすね。モデルに転職してもいけるんじゃないですか? 」
「ふふん。まーね」
相変わらずの絵面になっている。トークンは、流石に温泉には近づけないでいる。ある程度の腐食加工はしてあるものの、自ら腐食地帯に踏み込む必要もないとの判断だ。
このような、オープンな場所は、揉め事が多いため係員の巡回している。故にサナエさん達へのナンパもない。
しかし、その容姿からどうしても衆目を集めるのは、仕方のないこと。
「タツマは、どうしたのよ。私の威光を見せつける絶好の機会なのに」
「業務があるからって、室内の浴槽で済ませるそうですよ」
「……まったく。こんないい温泉があるのに」
「そうですよねー。ねーさんの姿に圧倒されるのを恐れているんじゃないですか? 」
ワイワイしながら2人がお湯に浸かる。湯の温度は、おおよそ36℃である。
かなり温いが、この温度であればゆっくり長居ができる。
「ああー。なかなか快適な温度ね」
僅かな暖かさが、徐々に気持ちを解かしていく。
そうなれば女性2人の会話も深いものになるもの。
「……ねーさんとタツマさんってどんな関係なんです? 」
まずはイーノからの質問になる。
「同僚よ。前も言った通り」
「ふーん。 最初の出会いはどこだったんですか? 商社プロメンテ? 」
リラックスした環境では、色々な秘密が漏れていく。
「彼には内緒にしてね。彼がヒルベルト商会の社長よ。本人は雑用ばかりだと。ブツブツ言っているけど。隠していたのは恐らく、変に距離ができるのを嫌がってのことだと思うから」
「おお。やはりタダモノでなかったですね。ネス社長がやたら、尊敬しているのが不思議でしたが、そうゆうことですかー。納得」
「彼との出会いは、宇宙海賊に襲われて、助けてくれたところから始まるわ」
「おお! なんか憧れますね。 ピンチに助けに来てくれる場面ですね」
「そんなんじゃないわよ。本当にギリギリだったんだから。海賊の目当ては、恐らく私だったんだし」
「美貌目的ですか? 」
「私の開発品だと思う」
「開発品? ねーさん、科学者かなにか? 」
「そんなところ」
「ふーん。それで惚れて、くっついて来ちゃったの? 」
「そんなわけないじゃない! べ……べつに。そう。仕事繋がりだけよ」
衆目が、美人2人が水着姿でわちゃわちゃと恋愛談議にふけっている姿に、集まっている。雰囲気だけでかなり目立っている。
--- タツマの客室
『よかったのですか? スプリングバレーに行かなくても』
自室で仕事にいそしんでいるタツマとアルプが隣にいる。
「いいんだよ。仕事も溜まっているし、それに貧相な体だからね。あまり見せられたモノじゃないのさ」
サナエさんの部屋にはセレンが待機しており、アルプがこちらに来ている。
いつの間にか使用するトークンが逆になっているが、あまり気にしていないようなのでそのままである。
『マスターのスタイルなら福眼と思いますが』
「だろうな」
『社長の立場も大変ですね』
「もう慣れたけどね。ほとんど、セレンがやってくれるからね。出納や税金関連は任せられるから以前よりも格段に楽にはなっているけどね……」
タイピングの音が室内に響く。暫くすると大きなタイピング音が響く。どうやらきりが、良いところまで行ったようだ。
「ここまでやっておけば、いいだろう」
端末への打ち込みが終わり、ノート端末を折りたたむ。
商社プロメンテからの上りやギャップリバーからの仕事で、自分たちが動いていないとことでもキャッシュの動きは発生している。
それらをセレン経由でまとめてあるが、最終チェックはどうしても人間がする必要がある。
「室内は、通常仕様なのが残念」
『温泉は、掃除に手間がかかりますからね』
おもむろに衣服を脱ぎ始める。
『あまり気にならないと思いますけど』
「アルプは、見慣れているからだろう? 周囲の人は、そうならないんだよ」
体には多数の銃痕、切り傷がある。
古い傷から、新しいそうものまで身体に刻まれた戦闘の証。 コンバットスーツを着ているが、装甲を銃弾に破られることもある。
装甲のおかげで致命傷は避けているものの、やはり傷跡が生生しい。
宇宙海賊相手に船内の狭いエリアでの入り乱れての銃撃戦、負傷がない方がまれである。
『“海賊殺しのヒルベルト商会”……その2つ名の証ですか』
「そんな、かっこいいものじゃない」
『タツマの器量であっても無傷は、無理なのですね』
「戦場は理論だけでは成り立たない。いくら本を読んで陣形・戦術・戦略を頭にいれても、実戦で役立つかは別だ。 頭がいい、知識があるというだけで戦闘に勝てれば苦労しないさ」
己の頭脳を過信して、戦に大敗した例は枚挙にいとまがない。
『その代価がその傷跡ですか』
「そう。 努力や経験なしで、あれだけの戦略や戦術なんか建てられるわけないだろう」
膨大な実戦経験と知識に裏付けられた戦略と戦術眼。
“キンメリア南北動乱”のような大掛かりな戦闘もやってのけたことも筋が通る。
「実際、これ見せちゃうと、引かれるし、モテなくなっちゃうからね。 平和なスプリングバレーには、私は不釣り合いだよ」
苦笑いを浮かべながらシャワールームに消えていく。
アルプは、ただのAIである。 与えられた情報から現状を把握するのみ。
殺すということは、殺されると同義。
であれば、この人はこの年でどのくらいの修羅場を超えてきたのだろうか?
海賊の殲滅・早期の学位取得・業務の手伝いを考えれば、異常な年少期を過ごしていたことになる。彼には、恐らく青春などという期間は、なかったのだろう。
戦闘と学問、相反する2つの事柄を同時に実施していたとなれば、精神がよく耐えている。 通常であれば擦り潰されそうであるが。
『適応、進化したテラ人類、故に可能なことなのでしょうか』
アルプから言葉が、誰もいない部屋に響く。
※1:第三セクター:自治体と民間企業との共同出資法人




