道中 パボニス
パボニス山麓までは、カーゴ車で3泊の旅路である。 運転はアルプとオーソン嬢とセレンの三交代制で安全に運転中。 男性のタツマは、運転席の後ろの簡易荷物台に押し込められることが多い。
テンペの大陸の交差路。 都市国家フォーチュナで一泊して、本日から西に進むため、幹線ルート57にのり移動する。
運転席は、サナエさん・オーソン嬢がいるため、華があり休憩場所では、彼女達へのナンパが、絶えない。
―― 彼女たちをプロデュースして一儲けでもするか?
とタツマに疚しい気持ちも芽生えているが、実際にそんなことをしたらサナエさんからの強烈な折檻が待っているのでするはずもない。
それにしてもオーソン嬢の“ねーさん”呼びですっかり姉と妹の関係になっている。
仲が良いことは結構だが、タツマの居場所は狭い。
カーゴは、順当に進んでおり現在の車道の周囲は、水田地帯と用水路が広がっている。 この地域は、温暖な地域のため水稲栽培に適しているようだ。
――プロメンテは麦だが、こちらは稲か。まだまだ植えてばかりで、苗がまだ小さいが、成長すれば圧巻の風景になるだろうな。
自分の生まれた故郷もこんな感じだった。
しばらく田園の中の車道を走るとパボニスの市街地が見えてくる。住宅や商用施設が、多いことが遠目からでもわかる。 鉱山としての繁栄を築いているようだ。
その光景をみて思わずタツマが叫ぶ。
「おお、相変わらず、農地と都会の対比が映えるねー」
それに釣られサナエさんも感想を漏らす。
「中々栄えているじゃない。シメリアより大きそうね」
「いやいや、姉さん。今のシメリアは、こんなもんじゃないですよ。高層建築物が立ち並び、企業の大型施設まであるんです。 鉄道の駅も巨大になって、道路も区画整理が進んでいるんです。規模が全く違います」
何故か張り合うようにオーソン嬢が反論してくる。 南部の誇りが、すっかり板についてしまっている。
パボニスは、ティファー大陸との鉄道路線もあるため、物資の配送エリアとしても中々有望である。
個人的な感情として最近のタニアに良い印象がないため、タニアと繋がっているのは、あまりいい気分ではない。 心情と経済規模は一致しないものである。
「アルプ聞こえる。 トークンの送り先の“グリーンレイク交通”は、どのあたり?」
『このまま幹線ルート57を西に進んでください。 都市郊外にあります。 都市観光は少しお預けですね』
少し残念な気持ちが横切るが、まずはお仕事しましょう。
都市中央部のオフィスビルや商業施設を横目にカーゴは進んでいく。幹線ルート57は、パボニスの中心部を突っ切る形で進む。
もともとは、鉱石を運び出す道路であり、並行して鉄道も走っている。 流石に街中は交通量が多いが、渋滞までにはなっていない為、運転のストレスもそれほどなさそうだ。
駅前は、繁華街もあり、人も多い。
ルート57の道沿いには、街路樹が整然と植わっており、春季のため街路樹の緑が青々としている。幹線だけあってよく手入れがされている。
遠方の方にはテンペのタルシス山脈の大山の一つ、パボニス山の峰が霞掛かって見える。
山脈の遥か向こうには、マールスで最も高い山オリンポス山が位置している。
おとぎ話では。マールスの空が、落ちてくるのを英雄が巨大し落ちてくる空を止めたとのこと。 英雄は、オリンポスの山となり、マールスを守っているとか。 タルシス山脈は英雄の従者であり、彼を支えているとのこと。 故にオリンポス山は、ある種の霊山的な存在になっている。
―― 何処の地域でも天に届く頂きは、山岳信仰の対象になる。といっても手前のタルシス山脈の大山も小さくはないんだけどね。
そうそう、オリンポス山の麓にかつて巨大な施設があり、そこでマールス人類の進化や宇宙航行の開発を人工知能により研究していたとか。
霊験あらたかな場所ということと、電力確保のため地熱発電も利用して、電力を補っていたとのことらしい。 個人的には後者が主な理由だと思われる。
当時の火星での人工知能理論は、他の惑星を遥か先を行くものだったらしい。
2500年も前の話だ。
しかし繁栄は長くは続かず、オリンポス山の磁場変化とユピテルからの放射線の影響で施設内のAIが誤作動をし、電子機器の大反乱がおきたらしい。
通称“ノーマンズ・ライジング”。 こちらでは、そのように呼ばれている。
そして“ノーマンズ・ライジング”発生原因であるユピテルからの放射線影響説には、無理があるとの意見は、今もくすぶっている。
しかし、事実がどうであれ、大昔過ぎて今ではその原因に興味を持つのは、限られた人間程度だろう。
その界隈では陰謀論的な考察はあるが、陰謀論の域をでていない。
実際、オリンポス山麓の旧施設跡地は、基礎を残すのみで何もない。
観光名所程度の意味合いしかなくなっている。
そして向かい先の都市国家パボニスは、パボニス山のふもと近くの鉱山街として栄えている。 パボニス鉱山とその手前の“パボニス・麓街”が鉱石買付けによく立ち寄った場所だ。
ヒルベルト商会もオガネソンを始め、希少金属を買い付けていた。 オガネソンに関して、シメリア鉱山開発により多少は値崩れしたそうだが、それでも1gで100万マリベルは、中々の金額である。
カーゴ車は、都市中心部を抜け郊外に抜けていく。再び周囲は耕作地や住宅が多くなってくる。低木が多くなり。パボニス山がより大きく見えてくる。
「いつ見ても壮観だな」
「シメリアとは違った趣ね。タルシス三山の実物は初めて見たかも」
―― マールス育ちでも見たことがない地域があるのか――って当然か。
『そろそろ、目的に到着します。近くに目印がありませんか?』
アルプから報告がある。
―― 大きな看板がある。 あれか……。
「ありましたよー。 大きな看板が見えましたー」
オーソン嬢の元気のいい声が室内に響く。
看板に従い、会社の駐車場に入ると、広大な敷地に大型の旅客車両が2台並んでいる。
駐車場の空きが多い。 となるとほとんど出払っているのか。
―― 儲かっていて何よりだ。
入場した車両を見たのか、事務所から一人の男が出てくる。こちらに近づきサナエさんに話しかけてくる。
「ヒルベルト商会さん? 」
「ええ」
「おお。やっぱり。えらい美人さんがいると聞いていましたが、本当ですなー」
――サナエさん。いつの間に看板娘になったのよ。
「ふふふ。まぁねー」
――そして直ぐ調子にのる。
「やっぱり姉さん! 人気者ですね」
――今は、太鼓持ちもいるのかー。
サナエさんが、カーゴを降りて荷台の扉を開ける。
「商品をもってきたわ。確認して」
ズラリと並ぶトークンが荷台に犇めきあって格納されている。
「おお、テラ産をこんなに。 助かりますー。マールス産は、メンテナンスが大変で困っていたんですよ。これでガイド不足も対応できます」
「観光業は好調なの? 」
サナエさんが聞いている。商売に感心でもあるのだろうか?
「それはもう。ここはリゾート地ですからね。パボニスの農場からとれる乳製品と合わせて観光よし食事よしですから」
複雑だなー。こっちは、重労働ばっかりで華やかさも欠片もないのに。
「ささ、事務所で納入手続きと受取書も発行しますので」
事務所は2F建てになっており、2Fは全面ガラス張りになっている。
ミラー状のため中は見えないが、イベントスペースか?
屋上にも四阿のようなものが見える。
事務所に通されるが、1Fは外見から比較すると簡素なつくりである。
本当に事務所という状況だ。
「いやーサクラメンサからでは、大変でしたでしょう」
責任者らしき男は、そう言いながら腰をソファーに下ろす。
「どうってことないわよ。優秀な運転手もいるし」
「姉さん、そんなことはないですよ」
本当にワイワイやっているな。
「お嬢さん方、2F、屋上は、展望ラウンジがありまして、ここから出発する際に、お客様にくつろいでもらうスペースになっているんです。 ご覧になります?
本日は一段と晴れて、よくパボニス山が見えますよ。 飲み物や軽食もあるので楽しんでいただければと。 屋上にも自由にあがれますので」
「良いわね。タツマ後の処理おねがいね」
「はい。 はい」
サナエさんたちは、2Fへ上がっていく。 ワクワクしている顔になっている。
―― 楽しんでいてなによりだよ。
「アルプ、お嬢さんたちについて行って」
『了解です』
アルプが2Fに上がっていったのを確認した後、タツマが大きくため息を着く。
「まぁ。腹黒年増からの指示だから、なんとなくそんな気もしたけど。我々がサクラメンサから来たってどこ情報よ」
「……さすがですね」
「エリスの工作員か? でっ。このトークンは工作員用かい? 」
タツマの雰囲気が、急に海賊殺しのヒルベルト商会になる。
「そんなところですかね。 表向きは工作員用ですが、実際は業務用ですね」
「裏と表が逆のようなきもするけど 業務用? 」
「はい。観光業を仮の姿、裏ではエリスの工作部隊っと言ったところです。 ですが、最近は観光業の方が忙しくて。 久々の工作員活動ですよ。 いや商売は面白いですね。商売も顧客のニーズに合わせることで喜んでいただけますし」
ここでタツマの緊張が切れる。
「……」
――いるじゃん。 工作員いるじゃん。 こいつら使えよ
「業務用って。 このトークンどうする気? 」
「ああ。これは1~5人の小規模旅行者への対応ガイドが欲しいとの要望がありましてね。 人のガイドだと、グループとの距離があり、気を使わないトークンがベストなんですよ。 サービス向上ですね」
――何ふつうに商売しているの? ってかトークンへの忌避感があるんじゃないの?
「いやー。会社も大きくなって地域の雇用に貢献しているから、今度、商工会の役員にならないかって打診があるんですよ」
――もう、工作員でもなんでもないじゃん
「はい、受領書ですね。 代金はヒルベルト商会に振り込んでおきますので」
「確かに受け取りました」
金額も適正価格だよ。いや、いいけどさー。腑に落ちない。
「それとこれを」
工作員の男が一枚のIDカードらしきものを渡してくる。
タツマの写真が印刷されており、グリーンレイク観光の添乗員との記載がある。
「……これは? 」
「スキュレス様からの要望ですので、残念ながら我々の知る領分ではないようです。 どうかお持ちください」
「了解だ。もらっておくよ。 ところで、パボニスの方もアンタら関係者?」
「そちらは、違うと思います。といっても行ってみないと分かりませんが」
「わかった」
「2Fでしばらく、くつろいでくださいな。 観光客に好評なんですよ」
2Fに上がるとサナエさん達が、ガイドのトークンの話を聞きながらサンドイッチを食し、キャッキャしている。
なるほど、トークンをこう使うのか。考えたなー。
――いや。おかしいだろう、立場が逆だろ!
我々が絡むなら、工作員を支援する立場じゃないの。
展望台は観光客に好評というだけあって、景色は最高である。
「タツマ。 これ美味しいよ。 それにこの風景!! 」
「いやーこんな風にパボニス山見るの初めてですよー。 凄いっすねー」
社員証の件が非常に気になるが、妙なことを押し付けられそうになれば逃げればいいだけのこと。もう気難しく考えないようにしている。
軽食を食し、腹ごしらえをする。
ひとしきりガイドを楽しんだ後、次の目的地に向かう。
カーゴの荷台は、荷下ろししたためガランとしてる。アルプとセレンも荷台に寝そべっている。この状態の方が、骨格への負担が少ないとのことだ。
「そうだ。タツマ。 社長に連絡お願い」
「はいはい」
端末からビャーネさんに連絡を入れる。
*** ☎ 通話中***
≪タツマさんですか。お久しぶりです。調子はどうです? ≫
≪何とかやっていますよ≫
≪連絡を頂いているということは、パボニスに無事についたんですね? ≫
≪ええ。なんとか≫
≪それはよかった。 ギャップリバー社経由で“スキュレスさん”から配送依頼がありまして、商社プロメンテもちょうど同じ地域への対応があったもので、一緒に依頼したのですよ。
何でもスマイル号での配送の依頼でしたので、ヒルベルト商会に依頼を出してきたようです。
ギャップリバー社より、商社プロメンテから配送のために一人長期間、貸し出してほしいとの要望もありまして、彼女を付けた次第です。
おなじテンペ大陸出身で道も知っているようでしたし。運転が上手でしょう≫
≪ええ。安心して乗車できていますよ≫
となると、乳製品のくだりは商社プロメンテからの依頼か。
そうなると、サナエさんがいるのもあいつの仕業か。
しかし、サナエさんを付ける目的がわからないな。
こちらの思考中もビャーネさんは、話を続ける。
≪アルプさんに明細は渡していると思いますが、それでパボニス地域の酪農協同組合からの乳製品を買い付けて欲しいのです≫
≪飛び込みですか? ≫
≪事前アポイントは取っております。詳細の日時のためのコンタクトを取っていただけたらと思います≫
話が通じないわけでもなさそうか?
≪ビャーネさんとして先方の感じは、どうです? ≫
≪こちらの要望を口頭ので伝えてありますが、あまり良い感触は得られていない状況です≫
―― タフな交渉になるのか?
≪わかりました。内容はアルプからの情報が全てですよね? ≫
≪その通りです≫
≪やってみます≫
≪ありがとうございます≫
*** ☎ 終了 ***
「次の会社のお話ですか?――どうでした? 」
オーソン嬢が、少し不安げに聞いて来る。
「訪問会社の酪農協同組合に対しては、印象はあまり良くないとのことだ」
「早速、難航しそうですか? 」
「わからん。 それに交渉は、常にこちらの要望が通るものじゃない。 まずは相手の要望を聞いてからだな」
タツマがオーソン嬢に回答した後、マイクからアルプに話題を振る。
≪アルプ。パボニスの“酪農協同組合”ってどんな感じ? ≫
『パボニス産の乳製品の出荷量や卸先を一手に取り仕切っている組織です。 パボニスの乳製品は高品質ですが、基本パボニス周辺のみに卸しているようで、外部からの介入はなかなか難しそうですね』
「取り仕切っているのが1社とは、独占企業ですね。うーん、切りくずしは難しそうですね」
オーソン嬢が心配そうに投げかけてくる。
「とにかく、まずは、直接話してみないとな」
タツマとしては、やはり実際あってみないと何も分からないといったところだろう。
とりあえず、パボニスの酪農地帯に向かいますか。
「オーソン嬢。 酪農地帯にお願い」
「……何ですか? その呼称」
「いいじゃん。かわいいじゃない」
「……まぁいいですけど。りょうかーい」
なぜか特殊なあだ名を付けると、サナエさんからの視線がこちらに刺さる。
カーゴ車は、駐車場から幹線道路に出て、再び西を目指す。
パボニス山エリアには複数の火山帯があり、その手前のパボニス麓地区に向かう。
パボニス麓地区全体は、カルデラ地形の中に存在している。
外輪と内輪に分かれており、外輪内は牧草地帯が広がる巨大な牧草地で対規模な酪農がおこなわれている。
内輪の内側は、それなりの規模の丘になっており、カルデラ内全体が見渡せるハイキングコースになっている。パボニス山手前の聖地にもなっている。
鉱物の買い付けは、パボニス・シティ地区での商談がほとんどであっため、この麓地区の事情や状況は、情報で知る程度しか知らない。
≪アルプ。これからの予定はどんな感じ?≫
『おそらくパボニス・麓地区への到着は、日が暮れるでしょう。 宿を取ります。面談日程の最終調整として明日の午後が最適と思われます』
「ああ、それでお願い」
タツマが日程の最終決定をする。
「おお、麓地区で一拍ですね。スパ・リゾートじゃないですか。役得役得」
―― げんきんな娘だな。
スマイル号は、ルート57を更に西へ移動中。
パボニス山の頂を車両からとらえられなくなるほど、その大きさを感じられる。




