前猫後狼
まずは、戦局を有利に進めているテッサリア。
この都市国家は、軌道エレベーターと共にイシディス海に面している都市国家であり、その経済力はキンメリア大陸随一と言っていいほどである。 その威勢は、先の戦で落としたとしても、それでもキンメリア大陸でその立場に変化はない。
そんなテッサリが、大陸内部への攻勢に忙しい中、周辺海域監視レーダに不穏な影が映り込み、衛星からもその状況が判明する。
--- テッサリア 北部地区キュリオ・シティ
テッサリアのイシディス海向けのレーダ基地がある場所であり、複数の海上エリアを集中管理する北の要所になる。
オペレーターが、管理者に報告を上げる。
「イシディス海の公海上にエリスの艦隊の出現を確認……監視塔からの報告。 空母艦隊を確認。巡洋艦・駆逐艦・揚陸艦も確認」
「……この忙しい時に。 いや忙しい時だからこそか」
管理者は暗澹たる感情に支配される。
「空母艦隊から航空機の発進を確認。 我が領空に向かっています」
「警戒機を上げろ! ――スクランブルだ」
現場の管理者は、レーダを見ながら状況を憂う事しか出来ない。
(お偉方は、プロメンテを早急に叩けばいいと考えているかもしれが、我が国はエリスと停戦条約のみだ。 平和条約や不可侵条約すらない状況。
我々が内陸部に視線を向ければ海洋はがら空き。そして今のテッサリアに二方面作戦の余力はない)
感情が洩れる。
「どうして、後背に猛獣を抱えて進軍を決定する……戦を、相手を、舐めているのか? いくら弱っているからと言って国家であることに変わりない。 猫と思ったら、虎の可能性を考慮し止める役目が、議会ではないのか……」
その声は、内部の機械音にかき消されるほど小さなものだった。
レーダーでテッサリア機が、エリス機体と接近したの後、エリスの機体は、引き返していった。
まずは、一安心である。 と言っても管理者の眉間の皺は、取れていない。
(おおよそ、これで終わるとは到底思えない。おそらく例年の軍事演習の一環。加えて去年よりも規模が大きくなっている。 上層部は落としどころまで考えているのだろうか)
--- テッサリア 執政官庁舎
首席補佐官から周辺状況の報告が上がって来る。
「エリスを中心としたサバエア共同軍事演習が、イシディス海で始まりました。今年は例年より大規模のようです。主力の第一艦隊を中心に第三艦隊までの空母を含めた総勢12隻です」
フォシン執政官は黙って報告を聞いている。
「武官府からの報告です。現状は凌げているが、プロメンテへの航空戦力をこのまま維持するのであれば、テッサリアは非常に望ましくない状況になる。 優先順位を決めて欲しいとのことです」
ここでフォシン執政官が口を開く。
「望ましくない状況……エリスとしては、つけ入るには絶好の機会だからな……随分と奮発した軍事演習だな」
「はい。 当初は、テッサリアの全力でプロメンテを叩くとの方針ではありました。しかし、イシディス海の今回の軍事演習規模では、プロメンテに傾倒しすぎると、処理できないとのことです」
ここで秘書が口を挟む。
「通常であれば、警戒機と併用で対応できるのですが――」
「……だろうな」
首席補佐官の報告は続く。
「武官府の予測では、このままいくと領空を侵犯される可能性もあるとのこと。 それと、テッサリアのプロメンテ機撃破数は多いものの、こちらも無傷という訳にもないようです」
フォシンは、忌々しそうに報告書に視線を落とす。
「まさかプロメンテにアイギスシステムがあるとはな。 それにヘスベリアにまで! 」
「我々が前回の戦役で奪われたものを改修したものと思われます」
「エリスが、我々に再度侵攻する可能性は?」
「停戦条約はありますが、それを信じるかどうかにかかってきます。武官府からもイシディス海の艦隊が全力で動き、かつ我々がプロメンテに傾倒しすぎた場合、テッサリアのシティ地区が、非常に危険な状態になるとのことです」
「力が拮抗していればこその条約――。“白翼の騎士団”を確保してもテッサリアが落ちては意味がない。テッサリアの守りを固めろ。
プロメンテの制空権は奪取できずとも航空機の性能はこちらが上だ。プロメンテ空軍が出撃した際の威嚇で対応しろ。武官府に制空権確保できない場合の侵攻計画の再検討を実施させろ」
「了解しました」
--- テッサリア中央司令部
シティ地区からの情報はいち早く届くことなる。
「わかった。地上部隊に進軍の指示を出せ。衛星画像から、プロメンテ・シティ地区北部に防衛線がある。砲撃ポイント到着後に野戦砲で戦列を破壊しろ。航空隊には、プロメンテ空軍への出撃への警戒とする。 無理な出撃をさせるな」
「友軍を危険地帯に進ませるんですか! 制空権が確保できません」
「上からの命令だ。 それにシティ地区に入ればプロメンテ空軍から空爆はおそらくない。自からの地を焼くことはしないはずだ。 エリス艦隊がイシディス海に展開している以上、地上部隊を迅速にシティ地区に入れないと、こちらが消耗して自滅だ」
「……」
テッサリの前線部隊に命令が下される。
--- テッサリア軍 前線部隊
「了解した。各師団に通達。前進だ」
「了解です」
8000の兵力が、ヘラス南北街道を動き出す。キンメリア大陸を背骨にように貫くこの街道は、南北の流通の要になっている。特に航空機の移動手段が乏しいキンメリアでは重要な移動手段の一つだ。
この街道は多数の都市国家の敷地を通っているが、敷設に当たっては、テッサリアが多くの資金を出しているため、戦時の利用も可能にしている。
各国もテッサリアの開戦理由に一定の理解を示すものの、武力をプロメンテに使用することへの反発もあり、領空の航行や移動のみ認めた形となった。
「周辺諸国からの支援は乏しいですね」
「まぁな。長期のキャンプ地の設営は断られている。食料・燃料も購入できるが、値段は吹っ掛けられるな。街道使用と航行権があるだけましさ」
「あの演説が効いているんですかね」
「たぶんな。やってくれたよ。あんな、いかにも演技の涙まで。 あいつは女優か? 中途半端に顔が整っているから余計にタチが悪い。 完全にこっちが悪者じゃないか」
「確か……前首席補佐官でしょう? 」
ある部隊の部隊長と副部隊長が、移動中の車両内での会話をしている。
「まぁいいさ、空軍が徐々にプロメンテ空軍を弱体化しているようだ。何とかなるだろう」
車両は揺れながら、街道を南下していく。
様々な思惑が渦巻くなか、戦局は動いていく。
--- 開戦から数日後
イシディス海の軍事演習もあり、テッサリアの航空隊からの圧力も徐々に弱くなっている。一方で、テッサリ地上軍は問題なく進行を続け、ついにプロメンテ・シティ地区北部の防衛隊との交戦に入る。
流石に突撃戦の模様はなく、遠方からの砲撃で相手戦力を削ることになる。
“砲撃! ”
爆音が辺りに響き渡る。
前線からでは着弾も確認できないが、司令部のからの指示で角度や方向を変えている。
そして司令部の情報では順調に砲撃でターゲットを破壊できているようだ。
しかし、プロメンテ側からもそれなりの反撃がある。いつ頭上に砲弾が飛んでくるか不明下での作戦。前線の部隊は、精神的にきつい。
数日間続いた砲撃は、テッサリア側の優勢で幕を閉じることになる。
「司令部より、防衛線からプロメンテ軍が撤退を開始しております。進軍の命令です! 」
「了解だ! 足の速い部隊を優先にプロメンテ北防衛線を抑えに掛かれ! 」
--- プロメンテ北防衛線
テッサリアの前線部隊が、プロメンテ・シティ地区北部の防衛線に到着すると破棄や破壊された野戦砲がある。ここで確かに戦闘があったことが感じられる。
ある部隊の副官が指揮官に尋ねる。
「意外にあっさりと引きましたね。 市街戦でしょうか? 」
「そう考えるのが筋だな。平地での戦は、数がモノを言うが、市街戦で地の利を生かした戦闘になる。 それに奴らの庭であればそちらで攻勢を仕掛けるのは常道だな」
指揮官は、無線通信機のマイクから指示を出す。
≪設営班は、警戒を厳としこの地に陣地を設営。ここは既にプロメンテ領内だ。周りに敵兵がいると思え。地雷探査で周辺の確認も怠るな! ≫
指示と出し終わると、副官にも支持を出す。
「歩兵戦闘車を中心に市街戦部隊を整えて、進軍の準備だ」
「了解です」
*
陣地設営後、数日が経過する。徐々にシティ地区に近づいていく、テッサリア軍。
前衛に装甲師団を配置して周囲に警戒を払っているが、攻撃が全くない。
徐々にシティ地区が見えて来る。都市国家の首都だけあってそれなりの建物がある。
目視領域まで障害もなく部隊は近づけている。
「司令官。どう思います? 」
「罠か? それとも市街戦を望んでいるのか? 市街戦である場合、我々がここにくる前にこちらの戦力を削りたいはずだ。 であれば道中の攻撃も考えられるがそれが全くない」
「となると、降伏ですか? しかし、降伏宣言が出ていませんが? 」
「ああ、故に状況が不明過ぎる。それに事前の威力偵察部隊の報告もあるが、組織的反抗は皆無。反撃は民間人のいわゆるレジスタン程度のことだ――」
「……」
プロメンテの目視のエリアで装甲部隊が停止し、機械化歩兵部隊により市街戦のため本格的にプロメンテ・シティ地区陥落に動きだす。
--- 庁舎攻略小隊
まだ夜が明けきらない早朝。 テッサリアの部隊が、シティ地区に侵入する。
事前情報より、総司令官のリーリ執政官は、庁舎内にいるとの情報を基に彼女の身柄の確保とシティ地区陥落を目指し部隊が動く。
各隊長の緊張も上がり、ヒリヒリした空気が人員輸送車内に満たされる。
無線が飛ぶ。
≪シティ地区制圧に入る。事前の情報では組織的反抗はないとのことだが、各員気を緩めるな。建物全てに敵がいると思え!
それと一般市民への殺害・暴力・略奪は厳しく制限されている。発覚した際には軍法会議による厳罰があると思え。 レジスタンスなど武力を使った奴らは構わん。 行動開始! ≫
歩兵戦闘車へ部隊長が進む。やはり報告通りシティ地区は静まりかえっている。 ビルディングも夜明け前ということもあり、灯がともっている箇所が少ない。
極度の緊張感の中、運転席に運転手と助手席の僅かな会話が、響いている。
「静かですね」
「ああ。 我々テッサリア軍が来ると知っているからな。 市民の多くは避難したと聞いている。 それにここら一帯は、行政区だ。 夜の一般人は少ない」
「戦闘には最適ですね。 最初に庁舎を抑えろとは、象徴みたいなものですか? 」
「だろうな。 庁舎を抑え、プロメンテの反抗の意思を挫くつもりだろう。 それに司令部も焦っているんだ。イシディス海にエリスの大艦隊がいる。早急に片を付けたいのだろう」
・
・
・
庁舎前に、攻略部隊が勢いよく歩兵戦闘車や装甲車を横付けしていく。
部隊長らしき人物から攻略部隊へ無線が入る。
≪行動開始! ≫
歩兵戦闘車からコンバットスーツに身を包んだ兵士が下り、瞬く間に庁舎を取り囲み、そして一部は庁舎内に侵入する。総勢100名余り。
動きに無駄がない。テッサリア軍の精鋭部隊だけあって練度が高い。
「クリア! 」
各部屋の安全を確認していく。
「クリア!!」
(敵兵が見えない)
(おかしい)
(罠か?)
不安の中、各人が各部屋のクリアリングが進んでいく。
--- 執政官執務室
「あけるぞ」
ドアを蹴破ると執政官が、ただ一人執務机に座っていた。
周囲を確認する兵士達。 武器を携えた兵士が、執政官に近づく。
「リーリ執政官殿ですね」
執政官は生け捕りにしろとの命令が下っている。 あくまでも紳士的に接する。
加えて反撃が無いのであれば、攻撃をするなとの命令も出ている。
「ええ。ノックもなしに入室とは、粗暴なのですね」
「……」
隊長らしき人間はいったん沈黙し、そして再び口を開く。
「我々と共にテッサリアに来てもらいます」
「如何なる理由で? 」
「広域テロ組織を保護・隠匿し、テッサリアへの破壊活動の罪です。罪に対しての法的な裁きを受けてもらいます」
「弁護士は、付けて頂けるのですよね」
「……ああ」
意外な問答にあっけにとられる部隊長であったが、直ぐにもとの調子に戻し、執政官に話し続ける。
「それと、降伏宣言をお願いします。我々もこれ以上、同じ民と戦いたくない」
「いいでしょう」
リーリ執政官から降伏宣言がその日の内に発布され、メディアを通してプロメンテの陥落の知らせが直ちに広まる。
シティ地区には、テッサリア軍8000が駐留することになる。
--- テッサリア執務室
テッサリア内はお祭り騒ぎになっている。 戦争での勝利。 これ以上ない美酒である。
「やりましたね。 執政官。 勝利ですよ。被害はわずかです。完勝です! 」
秘書官は浮かれている。
「ああ。確かにそうだが……」
一方で、フォシン執政官は、どうしても不安が拭いされていいない。
(あの“白翼の騎士団”が付いていると噂され、困難に打ち勝ってきた都市国家がこれほど容易に陥落するものだろうか? )
「どうしました」
「……プロメンテ軍はどうした。 投降したか? 航空部隊の基地のそのままだろ? 」
「逃走じゃないんですか? 実際に最初の砲撃戦の後交戦したとの記録もありませんし。我々に恐れをなしたのでしょう! 」
嬉々として応える秘書官である。
(キンメリア大陸内の都市国家であればその可能性も十分に考えられるが、あのプロメンテが、そんなことをするだろうか? 諜報機関からの情報では、7000近い軍がいたはずだ。 砲撃戦のみで、その姿を見たものがいないのも気になる……)
眉間にしわを寄せながら考え込んでいる。
その様子を察するように秘書官が追い打ちをかける。
「それに航空部隊の基地も最後のあがきでしょう。イシディス海の軍事訓練が終われば猛攻に晒されるのは分かっているはずでし。そもそも執政官が降伏宣言したのです、時間の問題です。 他国への戦線の拡大は禁じておりますが、状況で変わるものですよ」
楽観的な観測を述べながら、思い出したように言葉を継いでくる。
「それとリーリ執政官はどうします? 」
「陥落した都市国家のであっても執政官だ。 礼儀を持って対応しろ。 我々の矜持に傷をつけてはいかん」
「了解です」
テッサリの内部は舞い上がっているが、エリス艦隊の演習は終わっていない。
(エリスは何を狙っている)
フォシンの疑念と不安は膨らんでいく。
--- タニア連合王国 ネクタリス地方 ヴィノグラードフ
キンバリーもプロメンテ陥落の情報を得ることになる。
「プロメンテが降伏したか」
意外に残念そうである。 いや。もう少し楽しめると踏んでいたため、あっけない幕切れに少し苛立っていると言った方がいいだろう。
「はい」
中央方面部内務局の局長が返答する。
「以外に脆いな。“白翼の騎士団”も出てこなかった。テッサリアを前に逃げ出したか? 」
「一応7000の軍がいることは確認しましたが、敵前逃亡でしょう」
「少しは、骨のある連中かとおもったが、存外期待外れか――まあいい。次の案件は、テンペ大陸のこれか? 第一方面部もあまりパッとしないな」
自分の中での勝利条件が満たされない。 内容こそ満足しているが、煮え切らない状況であるが、次の仕事に目を向けることになる。
--- テッサリア 高級ホテル
「負けおったか」
「そのようですね」
「お前さんはどう考える? 」
「“白翼の騎士団”です。これで終わりではないでしょう……それに」
「それに?」
「執政官が一人というのも気になります。 なぜ2人いないのか。 かの地の執政官を全て手中に収めてこそ都市国家の陥落です。 故に法律的にはプロメンテは陥落していないことになりますがね」
「ふむ……」
--- プロメンテ
プロメンテ内は意気消沈している。自分達が戦闘を選んで負けたのだ。
やはり我々は弱かった。そんな思いがある。シティ地区には、テッサリア軍が、うろつき経済活動は大幅に制限されている。
プロメンテの執政官がテッサリアに連れていかれたため、臨時で首席補佐官が代理を務めている。 が後任には、テッサリアの次席補佐官が来ることになっている。
一方で、耕作地域はいつも通りに経済活動を実施している。
今は秋季の収穫時期。忙しい真っただ中。
それに、彼らには確信がある。戦闘には、“白翼の騎士団”がいる。
我々には、我々にできることを実直にやるしかないと。
内戦を潜り抜けた地域はたくましい。




