逡巡 プロメンテ
--- プロメンテ・シティ地区
現状のプロメンテ政府は、ボロボロである。 プロメンテ内乱を経て、軍から多くの除隊が発生している。 常備軍は、おおよそ2500に減少し、装備も先の戦闘で多数の破壊・喪失してしている。
加えて、前執政官の莫大な横領事件の発生。プロメンテの国庫も風前の灯になっている。 公務員への給与削減や公共サービスの低下。
税の引き上げなど、国民にも厳しい状況がつづいている。
政治においても通常は、3人体制の寡頭体制も現在は2人体制で実施している有様である。
完全な敗戦処理のため、誰も執政官を引受なかった。
結局、執政官選挙では、首席補佐官が選ばれている。首席補佐官との立場から出馬の圧力がかかった形だ。3人枠のところを2人だけであり、不戦勝に近い状況でもあった。
唯一の救いは、商社プロメンテのからの税の上りが好調……というよりも莫大なため収入面への不安が徐々に解消されている点である。
もっとも自分たちが潰そうした組織に生かされている状況は何とも皮肉としか言いようがない。
もう一人の執政官は、軍属から例の大佐が執政官になっており、国民の不満のはけ口となりながら、政務を行っている。 厳しい追求と連日の記者からの詰問に耐えている。
彼の責任ではないが、当時の作戦の副官であったことで、吊るし上げの対象になっている。 支持率は低調であるが、危険水域に入っていないところ見ると辞めさせる気もないようだ。
--- プロメンテ 執政官庁舎
「執政官殿。 お疲れ様です」
秘書官が、リフレッシュメントとお茶をもって室内に入ってくる。
「ああ。 ありがとう」
出されたお茶を一気に飲み干す。
「毎回、過酷ですね」
「仕方ないさ。 拾った命だ。 生贄でも国民の溜飲が下がれば私の役割にもなるさ」
政策の失敗はヒューリであり、作戦の失敗は中佐である。 大佐は関係ないが、それでも、負けた内戦の生き残りで、不満の捌け口になってしまっている。
固定の通信機のベルが鳴る。
(また、厄介事か――)
眉間に皺が寄るが、受話器を取る。
「グルジョだ」
「執政官殿。緊急事態です! 直ちに委員会室にお願いします! 」
「相分かった」
「お忙しいですね」
「全くだ」
そう言うと一息つく間もなく、また執務室を出て行く。 机の上には、秘書が置いたリフレッシュメントの焼き菓子だけが残っている。
先ほど議場が終わったばかりであり、昼食もまだ食していない状況で、次の案件に駆り出される。
最近の執政官は、このような状況が長く続いている。
(またデモが暴徒化でもしたか? )
委員会室に向かう間に考えを巡らしている。
ここ最近の暴徒発生数も増加傾向になる。 これだけ国が不安定になると国民感情も荒れるのも道理かもしれない。
委員会は、執政官と官僚を中心に事前に方針を決定する非公開会議になる。
委員会室の扉を開けると、既に文官府・武官府の全員が揃っている。
もう一人の執政官も既に着席している。
(一同勢ぞろいだと? )
彼の中に嫌な予感が走る。
全員が最後に入って来たグルジョ執政官に視線を向ける。 それを確認したかのように、彼が席に着く前に、もう一人のリーリ執政官が現状を報告してくる。
「グルジョ執政官。 大事が発生しました。 テッサリアが我々に対して、宣戦布告をしてきました! 」
一旦行動が止まるが、まずは自分の席に着く。
「……理由は? 」
「プロメンテを根城にしている“白翼の騎士団”を差し出せ。さもなければ、実力行使をして探し出す。 とのことです」
「でたらめな。 何度もいっているだろう? “白翼の騎士団”は知らないと! そもそもその騎士団に痛い目にあっているのは、我々自身だぞ! それにいるなら逆に証拠と場所の情報を提供してほしいものだ。 そうすれば、我々も捉えにもいけるというものだろ! 」
「執政官これを」
首席補佐官が提示したのは、白いコンバットスーツとプロメンテ庁舎が映っている写真を見せる。
いかにも合成の様な写真になる。
「……冗談だろ? これで一国の軍を動かすのか? 」
「そのようです。 国民からの支持も得ているようで」
「爆破テロの復讐心か。 気持ちはわかるが、プロメンテへの出兵は筋が違うだろう――
と国民に説得もできないか。 彼がやらなくとも次の執政官が実施するか」
ため息が出る。
「それで、対応策は? 」
「選択肢は2つ。 1つ目は“白翼の騎士団”を差し出す。2つ目は“抗戦”です」
もう一人の執政官が、回答してくる。
武官府側からの会話が聞こえてくる。
「テッサリア相手に戦うのか? 無理だろう。こちらは、2500の常備軍しかいないんだぞ。やつらは16000だ。 差がありすぎる」
首席補佐官は、両名の会話を取り敢えず、横に置いて話を進める。
「“白翼の騎士団”の引き渡しになるのですが……」
「奴らがどこにいるか判明したのか?」
「いえ」
首席補佐官の回答は、想定内である。
会場は静まりかえる。
「だろうな」
グルジョは、分かっていた回答であっても、落胆の色を滲ませる。
「我々としても、この状況を放置はできませんので、“白翼の騎士団”の事情に深そうな、商社プロメンテのネス氏に回答を求めたのですが……」
「どうした」
「“知りません”との回答でした」
「妥当だな。 我々の手で打ち取られそうになった際に助けてくれた命の恩人だ。 あの社長は絶対に口を割らんよ。しょっ引いて拷問にでも掛けたら両方から狙われそうだな」
「ただ……」
「続きがあるのか? 」
「テッサリアと戦うなら加勢はするとの回答も得ています」
「あの爺さん。 見かけで騙されると痛い目に合うタイプの筆頭だな」
武官府側から多少の笑い声が聞こえてくる。
「それと未確認情報ですが。ヘスベリア、シメリアにアイギスシステムがあるのではないかとの噂があります」
「アイギスシステム? どうしてそんなものが……」
「恐らくこの事態を見越しての対応かと思われます」
「馬鹿な! そもそも両国家ともそんな金のかかる設備を容易く導入できる予算など――“白翼の騎士団”か? 」
「おそらく。この情報も意図的にこちらに漏らしている節があります。 我々とヘスベリア、シメリア両国家の関係を考慮した場合、確認は取れていませんが、偽情報とは思えません」
「つくづく、あいつ等が、嫌になってくる」
グルジョ執政官が呆れたような表情を見せる。
首席補佐官が対応を求めてくる。
「いかがしましょう? グルジョ執政官」
結論を求められる。グルジョ執政官は大きく深呼吸して自らの意見を述べていく。
「私は無条件降伏を提案します。今のわが軍に戦闘能力はありません。いたずらに被害を出さずに、対応するしかないと思います。そもそも勝ち筋がない。リーリ執政官はいかがですか」
もう一人の執政官に意見を打診する。
本来であれば、執政官3名で回すはずの会議も現在は2名である。
全員の視線がリーリに向けられる。 彼女がそれに対して口を開く。
「私は、抗戦を主張する」
会議に出席している役人たちからどよめきが起きる。
しかし、グルジョ執政官は冷静に会議を廻していく。
「理由をお聞きしても」
「確かに我々は、いまどうしようもない国難だ。 しかし、だからと言って、他国の侵略を許していい通りはない。言われなき理由で他国から蹂躙されるのは、筋が通らない。執政官としての矜持もある」
「その矜持のために国民を犠牲にするのですか? 戦闘で人が、亡くなる悲惨さを十分に味わったでしょう」
過去の自分に対して、そして当時、首席補佐官で多くの内戦処理を実施したリーリ氏への言葉になる。
「……」
「失礼。 分かりました。 執政官の意見は分かれました。 国民投票で意見の集約を図る案件だと考えます。 降伏か戦争か」
「いいでしょう」
彼女も同意する。 議事録が取られていく。 会議は密室であるが、議事録の公開は、状況によっては加持されることになる。
過激な発言を丸くして内容を公開することで委員会の意図を知らせる。
そしてその情報を基に国民投票により国の進路が決められる一大投票が行われることになる。
過去の執政官は、重大で懸案であり国民間で協議をしてもらう必要があると考えた場合、国民自らに進むべき道を決めさせる。
自らの国の有り方とその後の責任まで国民が負う仕組みが、この準直接民主制のありかたの根本になる。
国民投票の公布がされた後、プロメンテ内では、戦争に対しての抗戦か無条件降伏かで世論は真っ二つ別れた。
“白翼の騎士団”に身内をやられた人間は、もちろん奴らを突き出せと息巻いている。
しかし、どこにいるか分からない人物を突き出せはしない。
また、自分達を窮地に立たせた“白翼の騎士団”に力を貸すなど、愚かなことだと主張する団体もいる。
一方で、彼らのおかげで助かった住民は、次は我々が助ける番だと捲し立てる。また、ヒューリの圧政からプロメンテを救ったのは、“白翼の騎士団”であり、彼らと共に進むことこそが正義であると主張する人もいる。
*
数日が経過する。 国民投票で国内が騒いでいる中、商社プロメンテの入口に秘書官を連れ、グルジョ氏が密かに訪れることになる。
急なVIPの登場にガードマンはあたふたしている。
「し……執政官殿。 あの……」
「ネス殿に会いたい。 予約はない。 我々の連絡に出てくれなくてね。 直に来たよ。 取り次いでもらえると助かる」
本人の口から直に要望が伝えられる。
ガードマンが、本棟に連絡をいれる。
「はい。はい。わかりました。 ……どうぞお通りください」
門扉が開き、執政官を乗せた車両が商社プロメンテ内に入っていく。
「過去の画像より、整備されているんだな」
同乗者に秘書官もいる。
「ええ。オガネソン鉱山が動き出しましたからね。穀物輸出も順調のようです。特にテッサリと共にレーベへの販路は、大きな利益を産んでいるようです。食料品工場もあり、加工品を鉄道での近隣都市へ輸出は好調とのこと」
「土地の収奪法案からここまで大きくするとは。 我々は誤ってばかりだな」
車両の窓越しであるがその不屈の精神による成果を眺めている。
中央ロータリーで、自動車を降りて歩いてオフィス棟に向かう。
入口正面にネス氏の姿は見える。
「よくおいでくださいました。執政官殿がここに見えるのは、2回目ですかね」
「……」
皮肉であることは、承知している。
「さぁ。こちらへ」
ホールを抜け、奥のゲストルームに執政官一同を通す。
こじんまりとした室内には、観葉植物もあり、リラックスできる環境になっている。
一般的なローテーブルとソファーとまさに典型的な応接室といったところだろう。
ビャーネさんが、手を出し座るように促すと、執政官はソファーに座る。室内には、ビャーネ氏とグルジョ執政官。そして秘書の3名だけである。
「良い茶葉が、手に入ったんですよ」
既に用意されたティーポットから集めのお茶がカップに注がれる。
注いだ瞬間のお茶の香りが室内に充満し、本人の言う良い茶葉であることが分かる。
ビャーネ氏が、目の前でお茶を入れ振舞う。
「さぁどうぞ」
「いただこう」
彼は、特に気にせず一気にお茶を飲み干す。
最近味わってお茶すら飲んだことがない。
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか? 」
ビャーネ氏が穏やかな表情で確認をしてくる。
「こちらからの質問に関して、お聞きしたい」
「“白翼の騎士団”を差し出せですか? それは無理な要望というもの。 そもそも私共もどこにいるか知らないのですから」
ネス氏からの個々の揺らぎは感じ取れない。
「いや。 そちらではなく、加勢するとのほうだ」
ビャーネ氏が目を細める。
「……ほう。 戦う気概があると? 」
「国民投票の結果によるが、戦争が選択されたならば、その道は避けられない。どうか力を貸して欲しい」
「……」
ビャーネさんは黙って、グルジョ執政官の次の言葉を待っている。
「勿論、力を貸してもらう手前、私も銃後でふんぞり返る気はない」
「ほぅ。 執政官殿自ら戦場に立ちますか? 」
「そのつもりだ。 “戦争”が決議されたら、私は執政官を辞して、私も前線で戦う。 執政官としての最後の責務を全うする」
「……それで、本日の内容は? 」
「加勢勢力に“白翼の騎士団”は、いるのかの確認だ」
「……いるとしたらどうするおつもりです? 」
「私は“白翼の騎士団”に従う。 我々では到底テッサリアに勝てない。状況を打開できる方法が、それしか思いつかないのだ」
「執政官殿、待ってください! 辞職とか軍に復帰とか簡単に……」
秘書管が急な提案に慌てている。 最高指揮官がいきなり前線にでるとは聞いたことがない。
「私はもう死んだ身だ。 気にするな。 誰も気には留めないさ」
その発言には、自分の存在を顧みていない感情が乗っている。
ビャーネ氏は、その言葉で目が細くなり、厳しい口調で語りだす。
「残念ながら死にたがりのために、加勢する気はありません。 我々は常に明日が欲しくて戦ってきたのです。 この滅びかかったプロメンテの耕作地域の復活も内戦の大きな傷も、常に明日を見てやってきたのです。
今回の戦いもあなたの死に場所を提供するためのものではありません。 正直に言って不愉快です。 お帰りください。 ヒューリの欲望まみれの提案の方が、まだましです」
明らかなグルジョの考え方に対しての拒絶である。
「……そうか。気分を害してすまなかった。お茶は美味しかった」
執政官は席を立ち、退室していった。
応接室には、ビャーネ氏が一人残される。
「……」
悲しそうな顔して、彼が去ったドアを見つめている。
「言い過ぎじゃない?」
扉からタツマが姿を現す。
言葉を聞き直ぐに我に返ったのだろう、いつもの顔に戻る。
「死にたがりでは、戦には勝てません。 守る気概が、生き抜く気概があってこそ、敵対勢力にも立ち向かえるのです」
「まーね。執着心は、勝利に絶対に必要な要素だからね」
しかし、プロメンテ軍がいないとテッサリアへの勝利はきびしい。どうしたものか。
*
自動車には、秘書官と執政官が後部座席で揺られている。
「久々に叱られたな。 新兵以来だ」
車両窓から外を眺め、思いに耽っている。
畑はよく手入れが行き届いている。まさに穀倉地帯との言葉がぴったりだろう。
「本気で死ぬ気なのですか? 」
「どうだろうな? でも最近、命を落としても良いと思えているのは事実だ」
「……」
「それに私がいない方が、上手く回るのではないかと思うことさえある。 先の内乱の戦犯者だしな」
執政官は自虐的に笑って見せ、言葉を続ける。
「まぁ、どちらに転んでも、民意に従うよ。 君も戦になったら逃げたらいい」
「執政官は、どのように」
「私は言ったとおりだ。 もし開戦したら一兵卒の志願兵で軍に入るよ。 弾除けぐらいにはなるさ」
自動車は、プロメンテ・シティ地区に向かい進んでいく。 周囲の畑は両名の心境に反して実りが多く、ここが豊な穀倉地帯であることを示している。




