辛苦筆頭
イスペリアの治外法権撤廃の少し前まで時計を巻き戻そう。
テッサリアの議会は紛糾していた。特に治安維持庁に対しての当たりが非常に強い。 あの“白翼の騎士団”が、テッサリア内で大いに暴れていながら、捕らえることができないためだ。
問題を一層拗らせたのは、彼らの標的があくどい企業を中心に内部情報の暴露であり、結果、不正や税金逃れの情報を次々と明らかにしていく。
一部の議員の辞職も発生している。
これが市民に大いに受けてしまっている。 しかし、治安維持庁としては、面目丸つぶれであり、加えて議会から連日のつるし上げにあっていた。
“なぜ捕まえられないんだ”
“仕事をしているのか? ”
“都市の治安は大丈夫なのか? ”
などなど。 治安維持庁の長官も連日の議員からのつるし上げられる日々が続く。
しかし、白翼の騎士団への確固たる策も浮かばない。
そんな手を拱いている中、白翼の騎士団の活動は、ピタリと止み、その姿を見せなくなっていた。
~テッサリアの日常~
--- 治安維持庁の庁官執務室
そして現在。 嵐は去り平穏な時間が流れている。 その平穏を享受することなく庁官であるフォシンは、執務室で一人ヤケ酒をあおっている。
「くっそ。なんなんだ。あいつら! 暴れるだけ暴れて。急に姿を見せなくなるなんて」
執務室で、強い酒をあおっている所を見ると、だいぶストレスを溜めているようだ。
「議員から議会で突き上げられたり、執政官に呼び出しくらったり。おまけに市民は“白翼の騎士団”の味方。 全然、情報が集まらねーし」
ロックで飲んでいるが、ペースが早い。 そして誰に聞かせるまでもない愚痴の量も多い。
「だいたい。 執政官だって自分の支持率低下をぼかす為にこっちに当たるって、どうなんだよ。 自分の政策を見直せっつうんだ。 悪事を暴露されているのにこっちに当たるな! 」
かなりの荒れようである。
ドアがノックされる。
「はいれー! 誰でもいいぞー」
室内に入ってきたのは治安隊の上級職の青年だった。
「失礼します……庁官飲み過ぎです」
「へん。周囲は俺のことを見下しているんだろ? クッソ。やってられるか」
「執務室でのこれ以上のお酒はおやめください。それと資料が、まとまりましたのでお持ちしました。“白翼の騎士団”の報告書です」
青年は酒のボトルを取り上げ、書類を渡す。
「今更だ。酒を寄越せ」
「ダメです。 因みに、イスペリアで治外法権が撤廃されましたよ」
「……はぁぁぁ? 」
フォシンの酔いが一気に覚める。
「イスペリアが、本国と掛け合ってやり遂げたそうです」
「……実際のところはどうなんだ。 タニアがあれを撤廃する利点がないだろう」
「白翼の騎士団が動いていたとの報告があります」
「馬鹿な。今までこっちにいた奴らは……もしかして囮? 」
「そうです。 こちらに“白翼の騎士団”が出現した際に、イスペリアからタニアの独立作戦局の指揮官が、テッサリア内で暗躍している情報がありましたよね。 あの指揮官は、かなりの切れ者です。
そのイスペリア内の作戦に指揮官が邪魔になり、餌を吊るした。 指揮官も何らしらの理由でそれに食らいついた。 そう考えるとこちらでの彼らの行動にも納得がいくんです。
“白翼の騎士団”が、対象にしていたのは企業のみで、政府機関は狙われていない。 テッサリアの政府転覆なんて狙ってなかったんですよ」
「白翼の騎士団の囮部隊……」
「というのが、この報告書の中身です。 お酒も結構ですが、報告書も中々興味深いものになっていますよ。 それでは。 それとこのお酒は、私が頂きますね」
青年は、酒瓶と共に執務室を退室していった。
(弄ばれたのか? キンメリア大陸の盟主テッサリアの治安隊だぞ)
青年は、白翼の騎士団の意図が分かり、テッサリアに害をなすものでないことで安堵していたが、庁官の考えは違っていた。
弄ばれた上に、只の囮だった。
キンメリアの最大都市国家の治安維持隊のメンツに泥を塗られたのも同然だった。
まさに屈辱的な敗北であった。
「……」
--- テッサリア執政官 執務室
彼は、非常につらい立場に立たされている。
キンメリア・サバエア紛争でテッサリアの国力は、かなり落ちてしまっている。
3年間で、紛争後から10回ほど執政官の変更と政情も落ち着かない中で、戦争の傷跡は中々癒えない。
戦時国債の償還、戦傷者への補償、部隊の再編成の実施。それに伴う税金の値上げと徴兵活動。どれも市民には厳しいモノばかり。
テッサリアは常備軍16000を抱え、航空機や戦車など多数保有している。
巨大戦力の維持費の追加で国家予算が圧迫され、それが住民サービスの低下を引き起こす悪循環に陥っていた。
今回の執政官で軍の改編や議員の定数削減を通して、ようやく財政再建にこぎ着けたわけだが。
「白翼の騎士団……やってくれたな」
椅子の背もたれによりかかり、天井を見上げ独り言が漏れる。
強権を用いて、強引に改革を進めた結果、多くの歪も出ている。
ワイロにより根回ししていた議員。 企業からの裏金での買収工作。 政治は綺麗ごとでは務まらない。
それを”白翼の騎士団”が、暴露してしまったのだ。
財政再建は軌道に乗ったが、彼の支持率は、軌道から急降下になってしまっている。
支持率は危険水域に入り、数か月が経過している。
「ようやくここまでやってきた――これから安定した政策運営の目途がついてのこれか……」
目の前の大量の書類を処理する気も起きていないようである。
「ここまでか――後は、リコール待ちか……」
ドアがノックされる。
「開いているぞ」
「失礼します」
首席補佐官が資料をもって入室してくる。 天井からドアに視線を向けて権威だけは落とさないように心がける。
「どうした? 」
首席補佐官の怪訝の表情に気づき相手に質問する。
「いえ。だいぶお疲れのようなので」
「いつものことだ。それで」
「はい。イスペリアで治外法権の撤廃が決まりました。タニアが承認したとのこと。その報告書をお届けに上がりました」
「……はっ? 」
首席補佐官は、執政官に書類を渡す。彼はそれを勢い良くとり、中を確認し始めている。 そして確認しながら、質問を首席補佐官にぶつける。
「なぜ? あり得ないだろう」
「ええ。普通であれば、ありえません。 治安維持庁からのその解析をした報告書になります」
「主犯は誰だ? 」
「状況証拠のみですが、おそらく“白翼の騎士団”が絡んでいる線が最も濃厚との結論になっております。私も確認しましたが、筋は通っております」
「……こっちで暴れた連中は! 偽物か? 」
「いえ、囮との結論になっております」
「……囮だと? 」
執政官の言葉に怒気がこもる。
「はい。 タニア第三方面独立作戦局の指揮官陽動のため、こちらで暴れたとの結論になります。 テッサリア政府の転覆などの意図はないとのことです」
最初の怒気も諦めへと変遷していく。この状況に怒りをぶつけても改善は見込めない。
「転覆の意図はないね――こっちは、リコール寸前で転覆させられそうだがな」
「……以上です」
首席補佐官は、執務室から退室していった。
たしかに、イスペリアで麻薬密輸業者を拘束した映像が流されていたのは、確認した。
その後、レジスタンスへの献金も増えたとのこと。
その事実から、当時は奴らが、金欲しさに”白翼の騎士団”をでっち上げたのだろうと思っていた。
結果から言えばその憶測は間違っていたことになる。
レジスタンスの能力は確認しているが、治外法権を撤廃できるほどの能力も技量もない。
しかし、バックに“白翼の騎士団”がいれば納得のいく結果と言える。
そうなると状況証拠のみに基づいているこの報告書の信ぴょう性が、大いに高まってくる。
白翼の騎士団の行動は、可能な限り調査済みである。
レーベやヘスベリアの恋愛がらみのいざこざの解消や悪徳街金の退治から始まっていた。
いわゆる三文芝居の常道ネタといったところだろうか。
それが、プロメンテ軍の撃破と急にその牙をむき出しにしてきた。
本当に同一部隊なのだろうか?
そして今回のテッサリアを巻き込んだイスペリア騒動。
巷で言われているよな、ただの義賊なのだろうか?
どう考えても政治的意図を持った武装集団と見るべきだろう。
もしそうだとしたら、私は、“白翼の騎士団”と同対峙するべきだったのだろうか?
奴らの目的は一体なんなのだろうか?
多くの疑問が彼の中に渦巻く。
しかし、もはやそれを追求する力は、今の彼には残っていない。
一週間後、執政官のリコールが可決されてしまった。
--- 新執政官
リコールに伴い、新執政官選挙が実施されることになる。
テッサリアは、規模がある都市国家であるため、議員はいる。 しかし、この地はリコール制度が残っている。
厳しいながらも何とか立ち直りつつあるテッサリアのかじ取りを決める重要な選挙。
立候補は2名。首席補佐官と治安維持庁のフォシン庁官であった。
彼らは述べる。 新しいテッサリア、強いテッサリを取りもどすのだと。 過酷な状況下で、如何に市民に夢を見せられるか、少しでも明るい明日を見せられるか、それを弁舌でしめし、納得させる。 この技法だけは、時代、場所問わずに変わらない。
首席補佐官は、自身のキャリアを根拠とした、財政の健全化とさらなるテッサリアの飛躍への道筋。
一方、庁官は、強いかつてのテッサリアの回帰とテッサリアの民としての誇り、愛国心による苦境からの打開を民に求めた。
選挙は接戦であったものの、治安維持庁の長官が当選となった。
本来であればこの重要な時期に行政を行ってきてない人物が当選するとはあり得ないことである。
テッサリアは、他の都市の寡頭政治ではなく、都市規模が大きいため議員と執政官で都市国家の運営を行っている。
そして、議員の後ろ盾を得るdと執政官に当選がしやすい状況がある。
庁官は、今回の選挙で白翼の騎士団のとばっちりで辞職した議員団を仲間に引き込んでいた。
彼の目的は、公約の「テッサリアの再建」などはなく、「白翼の騎士団」の殲滅を目論んでいる。実際にその目論みを辞職した議員達に焚きつけ、選挙協力を取り付けた。
これが事の顛末になる。
*
新執政官が決定し、1ヵ月が経過する。
閣僚人事は、再任の形をとり、大きな変化を起こすと事無く、安定した船出実現することになる。 メディアからは、前例踏襲だの、変化がないなど叩かれたりするが、それも有名税として一環として割り切っている。
新執政官の椅子に座り、それらの記事を見るとかつては、”白翼の騎士団”を確保できない際には随分と叩かれたものだと、思い返すことになる。
「さてと迎えに行くか。 おい車を廻してくれ」
--- 一般住宅地の一角
普通の住宅街に似つかわしくない高級車が、走っている。
勿論、搭乗者はフォシン執政官と秘書そしてドライバーになる。
住宅街ということもありそれほど人どおりは多くない。 ここまでバタバタで過ごしてきた故、感慨にふける時間もなかった。 しかし、こうして車両の後部座席という狭い空間に閉じ込められると色々考えさせられるものがある。
「まさか、本当に当選するとはな」
そんな呟きが車内に響く。
室内は静寂であり、車両からのロードノイズも少ない。
新執政官は、窓からの風景を眺めている。
「執政官殿。 まだ首席補佐官の命名が終わっておりませんが? 」
車両助手席に座っている秘書から確認が来る。
「ああ。 認識している。それをこれからお願いする為に車両を出しているんだ」
「……先の選挙を戦った相手のところですか? 」
「ああ」
「すんなりと受け入れるとは、思えませんが」
「理解はしている。 相手にもプライドもある。 しかし、彼以上の逸材がいないのも事実だ」
車両は目的地の一軒家の前で止まる。 大きくも小さくもない。 周囲と同化している家屋である。
秘書官が車両から降りようとするが、執政官から制止されることになる。
「君はここで待っていてくれ。 ここからは、私のみが彼と話し合う」
「了解しました」
執政官が呼び鈴を押し、2言、3言話すと家主が出て来る。
高くない腰位の高さの門扉を挟んで、両者が向かいあう。
首席補佐官の風体は、役人といったところだが、それは見る人かれみればであり、一般人と区別はつかない。
最初の会話は、意外にもかつての首席補佐官からであった。
「本日はわざわざ。 当選おめでとうございます。 フォシン殿」
室内に招かないところを見ると、フォシンに気を許していないことが分かる。
「たまたまさ。 本来ならこの地位は、君であってもおかしくない」
まずは、定型的挨拶から入る。
住宅街だけあって、静かである。
「それで、わざわざ自宅までお越し頂き、私に会いに来たのは如何なる理由でしょうか? 」
首席補佐官も馬鹿ではない。 かなり警戒心を持って会話をしている様子が伺える。
「正直って私には、あまり……いや違うな。全く文官側に後ろ盾がない」
「……なるほど。 私にその文官側の調整をしろと? 貴方の権力が有れば、人材など自由に集められるでしょう? 事実、組閣は円滑に進んだ。 問題ないでしょう」
「表向きはな。 私も奉公勤めは、貴殿と同じで長い。 故に現場の苦しさも身に染みて感じている」
「……」
「私はそうゆう人間に文官側の上下の繋がりの役目をして欲しいと考えている」
「私にどうしろと? 」
「首席補佐官に戻ってきて欲しい。 首席補佐官は執政官命名の特権のところ。 問題ないはずだ」
「……」
「分かっている。 かつての選挙の相手の命令を聞く。 確かにプライドへの配慮がないことも分かっている。 しかし、ここで君が政治の中枢からいなくなるのは非常に惜しい。 私も君の政務能力をよく知っている。 出来れば私に力を貸してほしい。 再びテッサリを取り戻そう」
言葉を言い終わると、フォシンは、その場で首席補佐官にかしずいた。
「ちょっと、執政官やめてください。誰かに見られたらどうするんですか! 」
「私にとって威厳やプライドなど、そんなものはどうでもいい。 君が、満足するまでいくらでも傅こう。 今日がダメなら、明日、明後日と了解をえるまで続けるつもりだ」
ある種恫喝に近い口説き文句である。
「……わかりました。引き続き役目を謹んでお受けします」
「ありがとう。 これからこの国の発展に尽力してくれ。 私も努力していくよ」
執政官は首席補佐官の手を取り何度も感謝を示し、車両に戻りその場を去ることになる。
(これで内政の役人レベルの問題点は、奴に丸投げで対応できる。 こっちは、“白翼の騎士団”殲滅の策を練らんとな……。 いつまでもこそこそ動けると思うなよ。 まずは、情報収集と議会で問題を公表して仲間を増やす必要があるか)
執政官は、私怨をはらすため、動き出す。
--- テッサリア 新執政官 所信表明 演説
議会での新執政官所信表明が、彼の最初の公での仕事になる。
議会の演壇に立ち彼の所信表明が始まる。
まずは前執政官の成果として、現状までの財政再建計画を軌道に乗せたことへの謝辞と賞賛を送ることになる。
その後は、自身の組閣した組織と意図、目標とそれを実現する為の政策を述べていく。
前執政官の意図を汲み取っている為、フォシンが話す内容は、目新しいものはなく、従来の政策を踏襲した内容を淡々と説明し進んでいく。
時は4半時を過ぎようとしたことである。演説もそろそろ終盤に近づき、誰もが演説の終了を感じた頃、今までとは違うトーンの主張が入ってきた。
「さて、多くの国民の方がご存じのように、私は前治安維持庁の庁官をやってまいりました。ここにいる議員の皆様、国民の皆様にも“白翼の騎士団”と呼ばれるテロ集団を捉えられず大変ご迷惑をおかけした次第でございます。
私の不甲斐なさで前執政官も道半ばで退任の運びになったこと、痛恨の極みであり、誠に申し訳なく、今も慙愧に堪えない次第です。
私はテッサリアの再建には、テロ組織である“白翼の騎士団”なる武装集団の殲滅こそが必要であると考えています。
今後、議会にてテロ対策基本法により“白翼の騎士団”の広域テロ組織の指定とその殲滅に対してお力を頂ければと思います。 以上を 執政官フォシン・ビルネの所信表明とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」
拍手と共に困惑の表情も見受けられる。 “白翼の騎士団”の名は、それになりに広がっており、あるところでは、義賊とまでの評価がある。
今回の発言も“白翼の騎士団”に煮え湯を飲まされたフォシンを含む多くの高官による、復讐的行動と推測された。
しかし、一方でその実力は確かであり、軽々しく手を付けるのは、危険すぎるとの思う政権内部や官僚の思惑も存在する。
そしてこの不穏な発言は、多くの場所に飛び火をしていくことになる。




