鉱山都市国家 シメリア
鉱山の爆薬を届けにシメリア都市国家に到着したタツマ一行。
ここでも何かに巻き込まれそうな不穏な香りが漂っている。
―― シメリア 郊外
「つーいーたー!! 最高! 涼しいじゃない!」
翌々日の朝。
シメリア郊外の開けた高台にカーゴを停めると、サナエが飛び降りるなり歓声を上げた。
前夜は途中で宿が取れず、夜通し走行となったため、車内で体を硬直させていたタツマもゆっくりと車外へ出た。
「ふぅ……空気が清々しいな」
高標高の山岳地帯だけあって、湿度が低く風が心地よい。平原の穀倉地帯の酷暑が嘘のようだ。
途中、緑豊かな傾斜地に放牧されたマールスの牛や羊の群れが見え、サナエどころかタツマ自身も少々テンションが上がってしまっていた。
「さて! 目的地への搬入はいいとして、私たちのキャンプ地(宿)はどうするの、タツマ?」
サナエが腰に手を当てて尋ねてくる。
「どうするもこうするも、荷物を納品したらすぐ帰る予定だけど? 長居する理由がない」
「はぁぁぁ!? 冗談じゃないわよ! こんなに遠くまで来て、荷物置いてトンボ帰りなんてありえない! 却下、即却下! 最低でも1ヶ月はバカンスよ、バカンス!!」
「1ヶ月!?」
「プロメンテの農作業だって今はAIで順調に回っているんだからいいじゃない! たまには羽を伸ばすの!」
サナエの剣幕に押され、タツマは溜め息をついた。
「はぁ……分かったよ。アルプ、シメリアのシティ部で長期滞在できそうな宿はあるかい?」
『……郊外に安価なモーテルが存在します』
―― またモーテルかよ……!
と心の中でツッコミを入れつつも、プロメンテの経費節減のためには贅沢は言えない。
「……そこへ向かってくれ」
まあ、これまでの激務と命がけの交渉を思えば、山岳避暑地での数日間の休養くらいはバカンスとして許されるだろう。
農業でのスローライフがダメなら、山でのスローライフを楽しめばいい。
タツマの気分も少しだけ軽くなった。
カーゴが再び走り出し、シメリアの街並みへと入っていく。旧時代の鉱山都市らしく、道幅が狭く複雑に蛇行した坂道が続く。
大型カーゴで進入するには酷な悪路だったが、アルプは異次元のドライビングテクニックで軽々とカーブを曲がっていく。
「ちょっとアルプ!! ハンドル切るのが急すぎるのよ!!」
『道が蛇行しているのです。 諦めてください! 』
「丁寧な運転はどうしたのよ! 」
『細い道は、学習外です』
絶叫するサナエの声とタイヤの摩擦音を響かせながら、カーゴは街中を進んでいく。
郊外からシティ部に入り、また郊外に抜けていく。 ざったな街中のを通り抜けけると車窓の視界が開け、郊外の緩やかな傾斜地に建つモーテルが見えてきた。
港町ヘスベリアの薄汚れた安宿とは違い、鉱石取引や鉱脈管理にやってくるビジネス客や技師が利用するためか、外観は小奇麗で、大型カーゴが余裕で停められる広い駐車場も完備されていた。
フロントで店主に長期滞在の空きを確認すると、愛想のいい笑みと共に快諾された。
サナエに部屋の鍵を渡し、自分の部屋へと入る。
「……ふぅ、落ち着く」
どれほど設備が質素な安宿であろうと、硬いカーゴのシートで体を丸めて寝るよりは遥かにマシだ。
手伸ばしでベッドに倒れ込める空間があるだけで、精神的な疲労がスッと引き引いていく。
一息ついたところで通信端末を操作し、ビャーネ社長が共同所有する『シメリア鉱山開発社』へ連絡を入れる。
応答した担当者によると、今日の午後に小型運搬車でこのモーテルまで荷を受け取りに来るという。
「……約束の時間まで、まだ少しあるな」
昨晩は完全な車中泊だった。シーツの冷たさとベッドの程よい反発力が心地よく、まぶたが重くなってくる。浅い微睡みの中に落ちかけていた、まさにその時――
――コンコンコン!
ドアを慌ただしく叩く音が、微睡みを不躾に引き裂いた。
「……マ。……タツマ!」
「……ん……?」
寝ぼけ眼をこすりながら体を起こし、重い足取りでドアへと向かう。
「タツマー! どこか行こうよー!」
ドア越しに響く、聞き覚えがありすぎるハキハキとした声。
―― 元気過ぎるだろ……初めての街に来てテンションが上がるのは分かるけどさ
彼女の底なしの体力と活発さに半ば呆れつつ、ロックを解除してドアを開けた。
「はいはい……どうしました、サナエさん」
「遊びに行こう! 街の散策に行きましょうよ!」
身を乗り出してくるサナエに、タツマは苦笑しながら釘を刺す。
「気持ちは分かりますけど、積み荷を置いて出かけるわけにはいきませんよ。ブツがブツですから」
「そんなのアルプと護衛のトークンに任せればいいじゃない! そのために積んできたんでしょ? それにここ、治安良さそうだし全然問題なしよ!」
「……どちらにせよ、あと数時間で発注元から連絡が来ます。少し待ってください」
「じゃあ、この宿の周辺だけでも! ね?」
サナエが露骨に肩を落とし、上目遣いでしょんぼりしてみせる。
こういう顔をされると、どうにも弱いのがタツマの悪い癖だった。
「……はぁ。まあ、宿の近所を一周するくらいなら……」
「やった! そうと決まれば出発!」
一瞬で笑顔を取り戻したサナエに引っ張られるようにして外へ出る。 アルプと護衛用トークンにはカーゴの厳重な警戒を指示し、2人はモーテル周辺の散策へ繰り出した。
鉱山都市の宿場町だけあって、中心街ほどではないものの、通り沿いには飲食店や個人商店が所狭しと並んでいる。特に目立つのは、仕事終わりの作業員たちが集まりそうな酒場だ。
―― 寂れているかと思ったが、案外活気があるな
目を輝かせてショップのショーウィンドウを覗き込むサナエの横顔を見ながら、タツマも周囲を観察する。
「へぇー、ヘスベリアに比べると随分活気があるのね!」
「そうだね。山の活気が街全体に波及しているのかな」
サナエがふと不思議そうに首をかしげた。
「そういえばさ、発注者は午後に来るんでしょ? 私たちが直接に本社や鉱山とかに届けるんじゃないの?」
「ブツが危険物だからね。向こうの受け入れ態勢の確認や、検品を先に向こうの都合でやりたいんじゃないかな」
「ふーん」
興味が薄れたのか、サナエはすぐに視線を街並みに戻した。
山あいの街ゆえに空気が澄んでおり、背景にそびえる山々の斜面を覆う緑が、日光を浴びて燃えるような鮮やかさを見せている。
しばらく歩くと、サナエが「お腹がすいた!」と主張し始めたため、通り沿いにあった小綺麗なカフェに入ることにした。
メニューを開くと、なぜか乳製品を使ったメニューが異様なほど充実している。
「ここ、乳製品推しなのかな?」
サナエさんが、メニューを見ながら話しかけてくる。
「さっきアルプが『高地での牧畜が盛ん』って言ってたから、その影響だろうね」
「なるほどねぇ……」
サナエは写真を食い入るように見つめ、目を輝かせた。
「この濃厚チーズケーキ美味しそう! あっ、こちらのバタークリーム・ラザニアも捨てがたいわね……バター爆弾サンドとか凄そう! もあるんだ! ……すませーん!」
店員を呼んで手際よく注文を固めていくサナエ。タツマの注文も同時に入れる。
そういえば、早朝に着いてからまともな朝食をとっていなかった。 ブランチとしては少々重そうだが、たまにはいいかとタツマもサナエさんに付き合う。
料理が届く待ち時間の間、背後のテーブル席から、低くくぐもった男たちの話し声が聞こえてきた。
“……おい、また本坑で小規模な崩落事故があったらしいぞ”
“またかよ。最近、怪我人が多すぎないか? 幸い死者は出てねぇみたいだが……労働組合が安全対策の改善でオーナーと激しく揉めてるって話だ”
―― なんだ? 嫌な気配がするな。まさかネス社長の鉱山じゃないだろうな……?
背中に嫌な汗が伝うのを感じながら、タツマはさりげなく耳を澄ませた。
“今日、そのオーナーと組合の緊急話し合いがあるんだろ?”
“あのペテン師みたいな奴がか? どうだか調子のいい嘘で誤魔化されて終わりじゃねぇか?”
「……ねえ、タツマ。大丈夫なの?」
向かいの席で、サナエが声を潜めて聞いてきた。彼女も隣の会話に気づいたらしい。
「こちらの任務はあくまで“爆薬の輸送”だからね。 現場の労働争議に巻き込まれる筋合いはないよ……そう信じたい」
「そうよね! 気にしても始まらないわ!」
そんな会話をしていると、テーブルに続々と料理が運ばれてきた。 香ばしく焦げた乳製品の香りが一気に鼻腔をくすぐり、先ほどの不安は直ぐにどこかに飛んでいく。
―― しかし、味が濃そうだな……
「いただきまーす!」
サナエさんは、特に気にせず早速料理に手を付けている。
見た目通りの超ハイカロリーなブランチになる。 宇宙食の薄くカロリー計算された食事ばかりであり、プロメンテでも野菜系が多かったタツマには、少々重い料理になる。
といっても、味の濃い物は美味しい。




