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第8話 先輩、言って?

「ねえ、先輩。さっき先輩、自分がどんな顔してたか分かります? 私を誰かにとられたらどうしようって、不安そうな顔してましたよ?」

「……変なこと言わないで」


 どくん、どくんと心臓がうるさい。

 本音を暴かれそうな不安と、暴かれたいという期待が、心の中で激しく争っている。


「でも先輩、私に彼氏ができたら嫌でしょう?」


 ぐいっ、と羽田が顔を近づけてくる。汗と香水の混ざった匂いは、くらくらしそうになるほど魅惑的だ。


「私がこんな風に他の男に近寄って、こうして手を繋いだら……先輩、嫌ですよね?」


 羽田が私の手をぎゅっと握る。そしてさらに距離を詰めてきて、羽田の柔らかな胸が形を変えた。

 今、近くには誰もいない。けれどまだ教室にはかなりの生徒が残っていて、グラウンドではテスト前にも関わらず運動部が部活をしている。


 それでも今、まるで世界には私と羽田しか存在していないみたいだ。


「先輩、言って? 私が誰かの物になったら、嫌だって」


 ぎゅ、と唇を噛んで堪える。すると羽田は、小さく息を吐いた。


「お願いです、先輩。嘘でもいいから、言ってください」

「……羽田」

「お願いします、先輩」


 ゆっくりと、羽田の大きな瞳に涙がたまっていく。

 余裕そうな顔で笑っていても、自信満々に見える態度をとっていても、羽田はいつも不安がっている。

 私のせいだ。


「……嫌だよ。羽田が、誰かと付き合ったら」


 安心したように笑うと、羽田はようやく私から離れていった。その背中が寂しそうに見えて、つい、私は手を伸ばしてしまう。


「嘘じゃないから」


 振り向いた羽田が、にやりと笑った。だけどまだ、その瞳には涙が残っている。


「やっぱり! 私にはバレバレですからね、夏鈴先輩!」


 ああ、もう。

 この子はどうして、こんなに愛おしいのだろう。





「勉強会にはポテトですよね。いやでもこのカロリーはさすがに……うーん……先輩、やっぱり頼むの、シーザーサラダでもいいですか?」


 ファミレスのメニューを真剣に見た結果、羽田が選んだのはシーザーサラダだった。

 友達と勉強会をした経験なんて数えるほどしかない私でも、シーザーサラダが勉強会の定番メニューじゃないことくらいは分かる。


「……羽田、そんなにダイエットしなくていいと思うけど」

「先輩、分かってないですね。ダイエットって習慣なんです。気が緩むと、際限なく食べ過ぎちゃうんですよ?」


 そう言って、羽田はタッチパネルを操作し、シーザーサラダを注文した。私としてはポテトが食べたかったけれど、仕方がない。


「夏鈴先輩はいいですよね。別にダイエットしてるわけじゃなさそうなのに、いつも痩せてますし」

「体質じゃないかな。母親も細いから」

「あーもう、羨ましいです、それ!」


 はあ、と盛大な溜息を吐いてから、羽田はテーブルの上に教科書を広げた。

 羽田の得意科目は英語で、苦手科目は数学だ。私は数学が得意だから、教えるのに不都合はない。


「私、今回の定期テストだけじゃなくて、これからはもっと勉強も頑張ろうと思ってるんです」

「それはいい心がけだと思うけど、なにかあったの?」


 羽田は元々、高校受験のために無理やり親から塾へ入れられたと言っていた。

私と同じ高校を目指す! と必死に受験勉強は頑張っていたけれど、元々勉強に対するモチベーションはそれほど高くないはずである。


「夏鈴先輩と同じ大学、行きたいので」

「……それはかなり、無理があるような……」

「ちょっと先輩!? 酷いですよ! 可愛い後輩がこんなこと言ってるのに」

「ごめん。応援するから」

「絶対ですからね」


 私が頷くと、羽田は満面の笑みを浮かべた。頑張るぞー! なんて元気よく言って、数学の問題集とノートを広げる。

 少しだけ丸い文字は、中学生の時から変わっていない。やたらとカラフルなノートも。


「……私も勉強、頑張らないと」

「えっ!? これ以上頑張らなくていいですよ。私、どんどんおいていかれちゃうじゃないですか!」


 焦った顔の羽田も可愛い。だけどこればかりは、頷くわけにはいかない。

 だって私は、羽田にとって頼りになる先輩でいたいから。彼女に追いつかれてしまうわけにはいかないのだ。


「それより、そこ。式間違ってるよ」

「嘘!? そんなにすぐ分かっちゃうんですか!?」


 目を丸くした羽田が、慌てて公式を確認する。ころころと変わる表情はずっと見ていたって飽きない。


 ……だめだな。やっぱり羽田と一緒だと、羽田ばかり見てしまうから、勉強に集中できそうにない。

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