第7話 焦っちゃいました?
「先輩。今日の放課後、一緒に勉強会しません?」
いつものように一緒に昼食を食べている最中に、羽田がそう言い出した。
「勉強会?」
「はい。ほら、ファミレスとかで! どうですか?」
期末テストがすぐそこまで迫っているから、勉強会をしよう、という提案自体は自然だ。
しかし、ファミレスでの勉強会がテストの結果に繋がるのかと問われたら、かなり怪しい気がする。
ファミレスみたいなうるさいところより、塾の自習スペースの方が絶対に集中できる。それに私も羽田も、二人より一人の方が勉強は進むはずだ。
「それ、本当に勉強する気ある?」
「ありますよ! ほらその、分からないところがあったらすぐ先輩に聞けますし! 先輩的には、邪魔かもしれませんけど……」
どんどん、羽田の声が小さくなっていく。それでも提案を撤回することはせず、羽田はじっと私を見つめ続けた。
「……分かった。いいよ」
「本当ですか!?」
「うん。まあ、私はテスト勉強、一通り終わってるしね」
「やったー!」
立ち上がった羽田が、飛び跳ねて大袈裟に喜ぶ。さらさらの髪が揺れて、本当に可愛い。
「今日の放課後、絶対迎えにいきますから!」
◆
……なんて言ったのに、羽田がこない。
ホームルームが終わってもう10分も経つのに、羽田がやってくる気配はゼロだ。
スマホを確認してみても、羽田からメッセージは何も届いていない。いつもならこんなこと、絶対にあり得ないのに。
もしかして、忘れて帰ったとか?
いや、羽田に限ってそんなことないよね。ホームルームが長引いてる? こんなに?
考えたところで、答えが出るわけでもない。仕方なく立ち上がって、私は羽田の教室へ行くことにした。
これは約束をしているから、当たり前のことだ。別に、羽田のことが大好きで会いたいから行くわけじゃない。
心の中でいつもの言い訳をしつつ、一年三組の教室へ向かう。中には何人かの生徒が残っていたけれど、羽田の姿はなかった。
でも、羽田の席にはまだ荷物が残っている。
どうしたものか、と考えていると、一人の男子生徒が立ち上がってこちらへきた。
「もしかして、羽田を迎えにきたんですか?」
男子生徒はきちんと敬語を使ってくれたし、上級生に対して失礼な態度をとっているわけではない。
それなのに、羽田、という名前をこの男が口にしただけでどうしようもなくイライラしてしまう。
「……そうだけど」
「すいません、実はその、羽田は今……」
男子生徒が口ごもると、彼の背後からにやにやした笑みを浮かべた男女数名が近寄ってきた。
そして、坊主頭の男子生徒が笑いながら口を開く。
「さっき羽田、隣のクラスの奴に呼び出されたんですよ。絶対告白で。で、今俺ら、羽田が告白を受けるかどうかにジュースかけてたんです」
「……へえ」
醜悪で、聞くことすら嫌になる賭けだ。
にやにやと笑っているこの連中は、人が人に告白する、ということの重さを考えたことがないのだろうか。
それとも賭け事の対象にされても笑って許せる程度の気持ちで、誰かに愛を伝えてきたのだろうか。
「先輩はどっちだと思います? ちなみに羽田を呼び出した奴、サッカー部のレギュラーで、結構イケメンなんですよ」
「……羽田は絶対、断る」
つい断言してしまうと、全員が驚いたように目を見開いた。
やってしまった、と後悔する。私は今、絶対に間違えた。せめて、分からない、と答えるべきだった。
なにか言葉を重ねようかと悩んでいると、背後から聞き慣れた足音が聞こえる。
振り返ると、そこには息を切らした羽田がいた。
「夏鈴先輩!?」
クラスメートもいるのに、羽田は真っ先に私の名前を呼んで、私だけを見て、大きな瞳をきらきらと輝かせた。
「迎えにきてくれたんですか!? 先輩が先に帰っちゃったらどうしようって、私、走って戻ってきたんです!」
駆け寄ってきた羽田が、私の手をぎゅっと握る。すると羽田のクラスメート達が呆れたように笑った。
「お前、マジで天笠先輩のこと大好きだよな」
「そうそう。でも栞、女子にすら天笠先輩のこと紹介してくれないんですよ? 私のだから、とか言って」
クラスメート達にからかわれ、うるさい! と羽田が怒鳴った。同級生と話す羽田を見るのは初めてではないけれど、それでも新鮮だ。
「もう私帰るから。先輩、荷物持ってくるので待っててください」
「……羽田」
「なんです?」
軽く深呼吸をして、羽田を見つめる。
「……告白、だったの?」
人前でこんなことを聞くなんて、告白の結果を賭けていた連中を軽蔑できないような行為だ。
でも、つい聞いてしまった。二人きりになってこの質問をしたら、そこにある意味に気づかれてしまいそうで。
「もしかして先輩、こいつらに聞けとか言われました?」
いい加減にしてよ、と羽田がクラスメートを注意する。ごめんって、と彼らも頭を下げたから、私が気を遣ってこの質問をしたのだと勘違いしてくれたのだろう。
「告白でしたよ。で、断ってきました。……ああもう、詳しい話は明日! 私は先輩と帰るの!」
ぎゃあぎゃあとうるさいクラスメート達に叫び、羽田は慌てて荷物をとってきた。
帰りましょう、とやや強引に私の手を引いて廊下を進む。
そして靴箱で二人きりになると、羽田は急に立ち止まった。
「夏鈴先輩」
「なに?」
背の高い靴箱を背に追い詰められ、壁ドンの形に追い込まれる。
羽田が、私をからかうように笑った。
「私が告白されたって聞いて、焦っちゃいました?」