第4話 なでなでしてください
「羽田、超可愛い……」
ベッドに寝転んで、スマホの画像フォルダをスクロールしていく。
羽田には絶対に言えないけれど、私は羽田の写真をかなり大事に保存している。制服や私服別にフォルダ分けまでしているくらいだ。
ちなみに一番のお気に入りフォルダは、満面の笑みを浮かべた羽田だけを集めた『幸せいっぱい羽田フォルダ』である。
「……やっぱりこれ、好きだな」
中でも特に大好きな1枚は、今年の春に羽田から送られてきた写真だ。
高校の合格発表の時の写真で、羽田の受験番号が書かれた掲示板の前で羽田がピースサインをしている。
正直羽田の成績では厳しいのではと思っていたから、合格を聞いた時は飛び跳ねて喜んでしまった。
こんなに可愛い子が私なんかを好きになってくれたのは、奇跡だ。
だけど、私がその奇跡に飛びつかない理由はちゃんとある。
簡単に言ってしまえば、過去のトラウマというやつだ。私はもう、二度と恋で傷つきたくない。
だから、これ以上羽田のことを好きにならないようにしないと。
毎日自分に言い聞かせているのに、会うたびに好きが増していく。
「……勉強しよ」
これ以上羽田の写真を見続けていたら、よくない妄想に頭が支配されてしまいそうだ。それはまずい。
私は深呼吸をして、ベッドから起き上がった。
◆
「せーんぱいっ! おはようございます!」
塾の授業が始まるまでの間、教室で自習をしていたら、羽田が入ってきた。彼女は物怖じしない性格で、上級生だけの空間にも遠慮なく入ってくるのだ。
塾でも美少女として有名な羽田は、やはり注目される。とはいえ、羽田と私の仲がいいことは、とっくに知られていることだ。
「今日のブラウス、新しいやつなんです。どうですか? 可愛くないですか?」
制服姿の羽田も可愛いけれど、私服姿の羽田も当然可愛い。
今日の羽田は胸元が大きく開いた白いブラウスを着ていた。スカートは爽やかなライトグリーンで、いつものローファーではなくサンダルを合わせている。
ボタンを1個でも外したら、谷間が見えちゃいそう。
なんて考えていることを、羽田に悟られるわけにはいかない。
「うん。似合ってると思う」
「夏鈴先輩! こういう時は似合ってるじゃなくて、可愛いって言うんですよ」
よく見てください! なんて言って、羽田が近づいてくる。彼女がテーブルに手をついて少し屈んだから、わずかに谷間が見えた。
まずい。
「羽田」
立ち上がって、彼女の姿勢を正してやる。私としてはいくらでも見ていたかったけれど、教室には他人の目もあるのだ。
「胸元、危ないから気をつけて」
他の人に聞こえないように、そっと耳元で囁く。羽田はなにか言いたそうにぱくぱくと口を動かしたけれど、結局なにも言わなかった。
「……そうだ」
鞄の中から、シンプルな黒のカーディガンを取り出す。薄手のカーディガンは、冷房対策に念のため持ってきたものだ。
「これ、羽織って。好みじゃないだろうけど」
私と羽田は、服の趣味が全く違う。フリルやレースのついた可愛らしい服装が好きな羽田は、きっとシンプルな無地のカーディガンなんて好きじゃないだろう。
でも、こればかりは仕方ない。
「……先輩」
「なに?」
「ありがとう、ございます……」
「うん。それ、別に返すのいつでもいいから」
「洗濯……いや、クリーニングしてから返します」
「いいよ、そんなの」
むしろ、洗わずに返してくれた方がありがたいんだけど、とはさすがに言えない。
羽田は私のカーディガンを羽織ると、丁寧に全部のボタンをとめた。せっかくの可愛いブラウスが見えなくなってしまったけれど、羽田はなぜか嬉しそうだ。
「お昼になったら、迎えにきますね」
「うん。授業、ちゃんと真面目に聞きなよ」
「ちゃんと聞きますよ。私、真面目ないい子ですもん」
また後で、と手を振って羽田は教室を出ていった。授業が始まる前のたった数分でも、私と話そうとしてくれるのはいつものことだ。
羽田が見えなくなってから、溜息を吐いて壁にかかった時計を見つめる。現在の時刻は午前10時。昼休憩までは、まだ2時間半もある。
早く、羽田とお昼ご飯が食べたい。
◆
「お昼行きましょう、夏鈴先輩!」
昼休憩が始まるとすぐ、羽田は私を迎えにやってきた。私の腕を強引に掴んで、そのまま教室から連れ出される。
塾の近くはいろんな飲食店があるものの、この時間はどこも混雑しているため、急がなければ午後の授業に間に合わなくなってしまうのだ。
塾を出た私達は、よく行くチェーンの定食屋に入った。店が大きく提供が早いおかげで、比較的スムーズに入店できる。
それでも10分ほど待つ必要はあるようで、私達は椅子に座って待つことになった。
「先輩」
「なに?」
「今日の英単語の小テスト、私満点でした」
「すごいね。満点って、なかなかとれないのに」
英語の授業では、毎回授業開始直後に英単語のテストが行われる。毎回、なにか1つはやたらと難しい問題が出て、なかなか満点をとれる生徒はいないのだ。
「すごいですよね?」
「うん」
「偉いですよね?」
「うん」
「じゃあ先輩。頭、なでなでしてください」
そう言うと、羽田は目を閉じて頭を差し出してきた。絶対に目を閉じる必要はないと思う。
「……髪、崩れちゃわない?」
「優しくなでてください」
厄介な注文をして、早く、と羽田が頭をさらに近づけてきた。こんな風にこられたら、拒む理由を見つけられない。
同性の友人なら、きっとこれくらいのスキンシップは普通だろうから。
深呼吸をして、そっと羽田の頭へ手を伸ばす。ストレートアイロンで整えられた髪を乱してしまわないように、ゆっくりと手を動かした。
すると羽田が、ふふ、と甘ったるい声で笑う。叫びたくなるほど愛おしい気持ちをなんとか抑え込んで、羽田から手を放した。
「もう終わりですか?」
「……結構、なでたと思うけど」
「じゃあ次も満点とったら、またなでてくださいね。約束ですよ?」
私の返事を待たずに、羽田は強引に私の小指を奪った。
「約束、忘れないでくださいね!」
「……分かった」
仕方ないな、なんて顔をして頷く。内心では、すごく嬉しいのに。
「お腹空きましたね。先輩、なに食べるか決めました?」
「まだ」
「メニュー見ときましょうよ」
本当は羽田が食べたい……なんて、普通に気持ち悪いな、私。




