第37話 線香花火
「そろそろ線香花火しましょうか」
夕方になると、栞がそう言い出した。あんなことがあった後でもちゃんと勉強をしたのだから、私はかなり偉いと思う。
庭に出て線香花火に火をつける。勝負ですからね、と言って、栞は黙ってしまった。
夏だから、まだ外は明るい。それでも花火の光が栞の横顔をオレンジ色に照らしている。
……綺麗な顔。
いつもころころと表情が変わるから、栞のことは綺麗よりも可愛いと思うことの方が多い。
けれど間違いなく栞は美少女で、小さすぎる顔も形のいい鼻も、全部が綺麗なのだ。
「わっ、先輩、私のもう消えちゃいそう……って、先輩、私ばっかり見てません?」
横目で私を見て、栞が嬉しそうに笑った。そうかもね、とクールぶって頷いてみたけれど、果たして今の返事は合っていたのだろうか。
自分でも、少しずつ栞への気持ちが溢れているのを感じる。このままいけばいずれ、全部がこぼれて栞に伝わってしまうかもしれない。
でもそれも、悪くはないのかな。
栞は、すみれとは違うんだから。
すみれは私のことを好きじゃなかった。だけど栞は違う。だってこんな風に私を慕ってくれて、同じベッドで眠ってくれて、甘い言葉で誘惑してくれて。
栞は絶対、私のことが好きに決まってる。
「あっ、消えちゃった……」
栞が残念そうに呟く。慌てて私の手元を確認すると、私の線香花火はまだ消えていなかった。
それでも数秒後には消えてしまったけれど。
「先輩の勝ちですね」
「うん」
「先輩が勝ったから、先輩の言うことを一つ聞いてあげます。先輩、なにがいいですか?」
にやにやと笑いながら栞が私の顔を覗き込んでくる。こんなに可愛いことを言って、いかがわしいことを言われたらどうするつもりなのだろう。
私の言うことなら、なんでも受け入れてくれるのだろうか。
そっと息を吐いて、軽く頭を振る。線香花火に勝利したという理由だけで、栞にいかがわしいことを要求するわけにはいかない。
「夏休み最終日、一緒に出かけてくれない?」
夏休み最終日はさすがに塾も気を遣ってくれたのか、夏期講習は休みだ。夏休み明けの定期テストのことを考えれば、一日中勉強するべきかもしれないけれど。
でも、勉強なら前倒しですればいい。
この夏の最後は、栞と一緒に過ごしたい。
「前、ショッピングに行こうって話してたでしょ? それ、夏休み最終日にどうかなって」
「……先輩、覚えてくれてたんですね?」
「記憶力は悪くないから」
「しかも、大好きな私のことですもんね?」
ね? と満面の笑みで見つめられたらもう、頷いてしまうしかないわけで。
「ふふっ、やったー! 超嬉しいです!」
素直に喜びを表現してくれる栞が愛おしい。ぴょんぴょんと飛び跳ねた栞は、楽しそうに話し始めた。
「コスメは絶対見ますよね。でも私、服も見たいです。先輩の服も選びたいし、先輩に私の服も選んでほしいな。ね、どうですか?」
「いいと思う」
つい即答してしまうと、栞がまた笑った。この笑顔は狡い。
「先輩好みの服、選んでくださいね? 私、先輩好みの女の子になりたいので!」
「栞なら、なんでも似合うと思うけど」
「だーかーら、先輩、そういう時は『なにを着ても好き』ですよ?」
再びしゃがんだ栞が、私の肩に両腕を回す。
抱き着かれるような体勢になって、心臓が飛び跳ねた。
「なにを着ても、好きだよ」
これは栞が欲しがった言葉だから。なんて、言い訳にもならない言い訳を心の中で呟く。
なにも着なくたって好きだよ、という本音はなんとか飲み込んだ。さすがに栞に嫌われてしまうかもしれないから。
「先輩にはどんな服が似合いますかね。先輩はあんまり着ませんけど、私、先輩には可愛い感じの服も似合うと思うんです!」
「……そう?」
「はい! 髪の毛もいつも下ろしてますけど、先輩はポニーテールとかツインテールとか、アップにしても可愛いと思うんです! せっかく髪が長いんですし、ヘアアクセとかも見にいきましょうね!」
どこがいいですかね。と栞が鼻歌交じりにスマホで検索し始める。ファッションにもメイクにもたいしてこだわりはないから、全部栞好みになれたらいいな、と思った。
もうすぐ、楽しかった夏休みも終わってしまう。
栞だらけの夏休みは最高に楽しかった。
「栞」
「なんです?」
「……いつも、ありがとうね」
「どういたしまして! でも先輩、忘れないでくださいね? 私は先輩が大好きなので、全力でアピールしてるだけなんです」
目を合わせて、栞が世界一可愛い笑顔を浮かべた。
「だから先輩、もっと、もーっと私のこと、だいだい、だーい好きになってくださいね!」




