第36話 触って、確かめて?
塩をかけて食べたスイカは、甘じょっぱくて美味しかった。私としてはそのまま食べるよりも好みだったのだけれど、どうやら栞は違うらしい。
「うーん……これ、正解ですか?」
「私は美味しいと思うけど」
「わっ、私もやっぱり美味しいと思います!」
栞はスイカに大量の塩をかけて、がぶっ、とかぶりついた。どう見ても美味しそうな表情はしていないのに、美味しいと言い張る栞が可愛い。
別に味覚が揃っていなくたって、私は栞と一緒に食べるスイカが一番好きなのに。
「だから来年も、一緒にスイカ割りして、塩をかけて食べましょうね!」
「……うん」
「約束ですからね、約束!」
栞が強引に私の小指と自分の小指を絡めた。指切りげんまん、と笑った後、栞が悩み始める。
「嘘ついたら……うーん……」
栞がじっと私の目を見つめる。真っ白な頬を赤くした後、栞は私から目を逸らした。
「私とキス! な、なーんて、どうですか……?」
スイカの中身みたいに、栞の顔が真っ赤になっていく。
そして栞は潤んだ瞳のまま、私に言った。
「い、言っときますけど、冗談じゃないですし、わっ、私だってこういうこと、夏鈴先輩にしか言いませんからね!?」
どうしよう。栞との約束は絶対に破りたくないけれど、キスはしたい。
という正直な欲望を口にできるはずもなく、私は黙ってじっと栞を見つめ返した。
冗談じゃない、か。
そう言われちゃったら、前と同じように対処はできないのに。
「夏鈴先輩は私とキスするの、嫌ですか?」
「……約束を破った罰の内容には不適切だと思う」
「それってつまり、私とのキスがご褒美になっちゃうってことですか?」
身を乗り出した栞の唇に、いっそ噛みついてやろうか。
いや、だめだ。
……本当に? 栞は、こう言っているのに?
なんで、だめなの?
「先輩? どうなんですか、ねえ?」
頭の奥がちかちかする。私はさっさと栞に落とされたくて、きっと栞は私を落としたいはずで。
もう、落とされてしまってもいいんじゃないだろうか。
でも、でも……もし、栞がいなくなっちゃったら、私は……。
答えの出ないもやもやが頭の中を支配して、上手く言葉を紡げなくなる。面倒臭い女だと自覚しているけれど、どうしたらいいのかも分からない。
「もう、先輩、なんで答えてくれないんですか? 傷ついちゃったので、これはお仕置きです」
真っ赤な顔のまま笑って、栞が私の額にキスをした。
栞の唇、柔らかかったな……。
「先輩、顔真っ赤ですよ」
「……栞だって」
「はい。だって私、どきどきしてますもん。確かめてみます?」
栞はそっと私の手を引っ張って、胸の前に誘導した。
「私の胸、今すっごくどきどきしてるんです」
ゆっくりと、栞が私の手を引く。あとちょっと近づくだけで、私の手が栞の胸に届く。
想像の中で何度も揉みしだいたものに、あと少し手を動かすだけで触ることができるのだ。
「ねえ、先輩」
栞が身を乗り出して、私の耳に口を寄せる。さらさらの髪が私の頬を撫でた。
まずい。これは、非常にまずい。
「触って、確かめて?」
栞はどんどん、大胆になっている気がする。きっとそれは、私が彼女を一度たりとも拒んだことがないからだろう。
だって、拒めるはずがない。こんなに大好きなんだから。
「夏鈴先輩」
右手の指先が、ブラウス越しに栞の胸に触れた。たいして感触も分からないのに、栞の胸に触れているという事実だけで興奮して頭がおかしくなりそうだ。
「そんなんじゃ、全然分かんないですよ? もっとちゃんと、確かめて?」
これは鼓動の速さを確かめるためのもの。決して、それ以外の目的はない。
誘導されるがまま、胸の間に手のひらを埋める。二つの柔らかな膨らみに挟まれて、わずかに重さを感じた。
どくん、どくん、どくん。
栞の鼓動は、どんどん速くなっている。
「……先輩」
「……なに?」
みっともないくらい、私の声は震えていた。
「は、恥ずかしすぎるので、もうだめです……」
急に離れた栞が、真っ赤になって俯く。私の手にはまだ栞の胸の感触がはっきりと残っている。一生、忘れたくない。
「夏鈴先輩。さすがに今の、忘れてください」
真っ赤な栞に早口で言われても興奮するだけだ。
だからつい私は、正直に返事をしてしまった。
「一生忘れないと思う」
しまった、と思った時には遅い。
「……先輩のえっち」
反論する根拠を持たない私は、そんなことを言う栞がえっちだな……なんてことを、つい思ってしまったのだった。




