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【百合】天笠夏鈴は堕とされたい~健気で一途な後輩に堕とされる百合の話~  作者: 八星 こはく
第2章 栞は、世界で一番私のことが好き

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第34話 偉くて、可愛くて……それで?

「夏鈴先輩」

「なに?」

「名前呼んでください」

「……栞」

「もう一回! いや、あと一万回言ってください!」


 先程から、かれこれ30分くらいはこのやりとりを続けている。私が『栞』と呼ぶたびに、羽田は―――栞は、幸せそうに笑う。

 私に名前を呼ばれることの、なにがそんなに嬉しいのだろう。


「栞」

「ふふ、はぁい」


 甘ったるい声で返事をして、羽田が私の手をぎゅっと握る。冷房の効いた部屋で二人きり。わざわざ隣に座って、こんな風に手を繋いで。


 ずっと、こんな時間が続いたらいいのに。


「……あっ!」


 そう思っていたのに、いきなり栞が大声を出して立ち上がった。バタバタと鞄が置いてあるところへ行って、がさごそと鞄の中からなにかを取り出す。

 立ち上がって栞の手元を確認すると、彼女が持っていたのは線香花火だった。


「これ持ってきてたんです! 言うの忘れてました」

「……花火?」

「はい。夏っぽいじゃないですか。線香花火なら、お庭でしても問題ないですよね……?」

「うん。ていうか、よほど派手なやつじゃない限りはいいと思うよ」


 お母さんと二人になってからは、庭で花火をしたことはない。けれどもっと幼い頃は、家族で一緒に花火をしたこともある。


「……線香花火って、ちょっと意外」


 栞はなんとなく、派手な花火を好むものだと思っていた。華やかな物が好きだし、実際、栞にはそれがよく似合うから。

 しんみりとした雰囲気を持つ線香花火と栞は、正直なところあまり結びつかない。


「まあ、確かに、普段はあんまり好きじゃないですよ。なんか地味ですし」

「普段は?」

「はい。でも先輩と一緒なら、線香花火が一番、くっついて楽しめるかなって!」


 栞と二人で、身を寄せ合いながらする線香花火。

 想像するだけでにやけそうになるのを必死に我慢しつつ、そうかもね、なんてクールぶった返事をする。


「もー! 先輩はいっつもそうなんですから! あっ、線香花火、どっちが長持ちするか勝負ですからね!?」

「……勝負、ね」

「あっ、もしかして先輩、自信ないですか!?」

「そういうわけじゃないよ」


 ただ、栞に夢中で花火なんて見てないだろうなって、そう思っただけだ。





「そろそろスイカ、冷えましたかね?」


 冷蔵庫を開けて、栞が持ってきてくれたスイカを取り出す。スイカはひんやりとしていて、持っているだけで気持ちいいくらいになっていた。


「ちょっと待ってくださいね、えーっと……」


 見てください、と羽田がスマホを見せてくる。画面には、スイカ割りのコツについて書かれたサイトが表示されていた。


「固定するために、空き缶とかの上に置くのがいいんですって! 確かに丸いと、たくさん転がっちゃいますもんね」

「……そうなんだ」


 言われてみれば当たり前のことだが、今まで意識したことはなかった。そもそも私は、生まれてから一度もスイカ割りを経験したことがないのだ。


「あ、それから、向きも大事らしいですよ! ヘタが下の方がやりやすいみたいです。先輩、これ知ってました?」

「いや、これも知らない」

「ですよね! 私もです。スイカ割りって、実際にやるのは初めてなんですよね。意外とやる機会なくないですか?」


 栞も、スイカ割りしたことないんだ。


 つまり、私達はこれから初めてを共有することになる。将来栞はスイカ割りをするたびに、私と二人でした初めてのスイカ割りを思い出すかもしれない。


 嬉しいな、すごく。


「あと、切り込みを入れてた方がいいみたいですね! これはなんか、聞いたことある気がします」


 スマホから顔を上げた栞が、私を見て不思議そうに首を傾げた。

 さらさらの髪が揺れて、いい匂いがする。


「先輩? どうしたんですか?」

「え?」

「めちゃくちゃ嬉しそうですけど……そんなにスイカ割り、楽しみになってきました?」


 慌てて口を手で覆う。けれどそんなことをしても、栞を喜ばせるだけだった。


「やっぱり! ねえ先輩、今日のスイカ割りは私のおかげですよね。先輩がそんなにわくわくできるのは、私のおかげってことですよね? ね? だから、いっぱい褒めてください!」


 言いながら、栞が頭を差し出してくる。撫でろ、ということなのだろう。

 私は別に、スイカ割り自体がすごく楽しみなわけじゃない。初めてのことを、栞と共有できることが嬉しいだけだ。


「ほーら、早く、先輩」

「……偉いよ」


 褒めて、そっと頭を撫でる。えへへ、なんて幸せそうな声をもらしながら、栞は私の手のひらに頬を寄せた。

 このまま彼女にキスができたらいいのに。


「もっと」

「偉い」

「偉いだけですか?」


 私の目を見つめながら、栞がゆっくりとまばたきした。大きな瞳に吸い込まれそうになって、理性を保つために大きく息を吸う。


「……偉くて、可愛い」

「それで?」

「え?」


 彼女の求める言葉を口にしたと思ったのに、追加をねだるように問われて戸惑ってしまう。

 栞はわざとらしく溜息を吐いた。


「偉くて可愛くて大好き! ですよ、先輩!」


 調子に乗り過ぎ。

 そう返した私の声には、どうあがいたって、栞への愛情が滲んでいた気がする。

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