第30話 絶望の始まり
「アタシさあ……宮野に告白しようと思うんだけど、夏鈴はどう思う?」
すみれがそう言ってきたのは、三年生になった直後のことだった。
宮野とすみれはどんどん仲良くなっていったけれど、なかなか宮野が告白してくれることはなかったからだという。
「……どう、って?」
「上手くいくかな……」
不安そうに呟いたすみれの頬は赤く、彼女が決して私には向けてくれない顔をしていた。
そのことにはもう慣れたけれど、慣れたからといって、私がなにも感じないわけじゃない。
「……宮野が告白してくれるの、もうちょっと待ってもいいんじゃない?」
私がそう言ってしまったのは、すみれが宮野と付き合うことが嫌だからだ。
今でさえすみれは宮野に夢中だ。付き合い始めたらきっと、もっと宮野しか見えなくなる。
すみれが、私を見てくれなくなってしまう。
「そう? 待ってたら、してくれるって思う?」
「うん。すみれ、可愛いし、明るいし……。私が男子だったら、絶対、すみれのこと好きになってる」
すみれのことが大好きなのに、私は嘘をついてしまった。
男子じゃなくたって、今の私だって―――。
その先の感情に踏み込んでしまうのが怖くて、頭を横に振る。
「ありがとう、夏鈴! アタシ、もうちょっとだけこのまま頑張ってみる!」
「うん」
応援してる。その言葉は、嘘でも言えなかった。
◆
「俺、天笠さんのことが好きなんだ」
私が宮野にそう言われたのは、夏休みに入る直前。
期末テストが終わって浮かれ始めたみんなを『受験をもっと意識するように』と担任が諫めていた頃だった。
委員会の仕事で遅くなったすみれを待っていた私を呼び出し、誰もいない空き教室で宮野がいきなりそう言ったのだ。
「だから、俺と付き合ってほしい」
「……嘘」
「嘘じゃない。その、ずっと天笠さんともっと仲良くなりたくて。それでいろいろ頑張ってたんだけど……伝わってなかったかな」
恥ずかしそうに言って、宮野は頭をかいた。ふわふわの髪の毛は、すみれが好きだと言っていたものの一つだ。
私と宮野は友達じゃない。すみれを介して話したことはあるし、グループ単位でなら一緒に出かけたことはあるけれど、その程度の仲だ。
そんな宮野が、私を好き? どうして?
「……でも、すみれのこと……」
二人は付き合っていないけれど仲が良くて、クラスメートもいつも二人の恋を噂していた。
連絡を頻繁に取り合っていたことだって、私は知っている。
「もしかして天笠さんも、俺が佐伯を好きだって勘違いしてた?」
「勘違い?」
「うん。その……佐伯って天笠さんと仲いいから、佐伯を通せば天笠さんと仲良くなれるかなって、俺、最初からそう思ってたんだ」
どんな顔をしたらいいか分からなくなって、俯いて顔を隠す。
そうなんだ、と呟いた私の声は震えていた。
どうしよう。私、どうすればいい?
すみれと宮野が両想いじゃなくてよかった。すみれを宮野にとられなくてよかった。
でも、宮野が私に告白したことを知ったら、きっとすみれは傷つく。
―――違う。
私が怖がってるのは、すみれが傷つくことじゃない。すみれが、私を嫌いになってしまうことだ。
「……私、宮野とは付き合えない」
そっか、と頷いた宮野の顔は意外にも晴れやかだった。薄々、私が頷かないことを知っていたのかもしれない。
「気持ち、聞いてくれてありがとう。……高校は違うところになるだろうし、今のうちに言っておきたくて。これから忙しくなる時期だし」
「……うん」
私は宮野のことは好きじゃないし、宮野が私を好きになった理由もよく分からない。
けれど他人を好きになって、その気持ちを本人に伝えることは簡単なことじゃないだろう。
だから精一杯の気持ちを込めて、ありがとう、と頭を下げた。
「あ、あの、こんなこと言うの、失礼かもしれないけど……」
「なに?」
「このこと、すみれには言わないでもらえると……嬉しい」
私の一方的な願いで、宮野には関係ない事情だ。それでも宮野は、分かった、と穏やかな笑顔で頷いてくれた。
「誰にも言わないよ。っていうか、振られた話とかしてもダサいだけじゃん」
ははっ、と明るく笑うと、教室に戻ろうか、と宮野が言ってくれた。
「うん」
「……あ、これからも、友達としてはよろしく。気まずくなってると変じゃん?」
「分かった」
これからも、という言葉にちょっとだけ申し訳なくなった。私は宮野を友達と思っていなかったわけだから。
「……これから、よろしく」
でもきっと、宮野はいい人だ。
だって宮野は、すみれが好きになった人だから。
◆
そして、それから2週間後。
宮野に振られた、というすみれが、泣きながら私の家にやってきた。




