表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

第3話 狡すぎます!

「ていうか先輩、いい加減その『羽田』って呼ぶのやめてくれません?」

「……なんで?」

「前から何回も言ってるじゃないですか! 私、下の名前で呼んでほしいって!」


 羽田のことは、出会った時から羽田と呼んでいる。そして今に至るまで、こうして何度も文句を言われてきた。

 その度に首を横に振ってきたのに、それでも羽田は何度も同じ要求を口にするのだ。


「今さら、呼び方を変えるのって難しくない?」

「最初から栞って呼ばない先輩が悪いんです!」

「……最初の話を今されても」

「じゃあいつ栞って呼んでくれるんです!?」


 そう言って、羽田は名前で呼ばれたい理由を話し始めた。

 苗字で呼ばれるのは可愛くないとか、仲が悪いみたいだとか。合理的な理由なんて1つもないのが羽田らしい。

 だって彼女は結局のところ、私に下の名前で呼ばれたいだけなのだから。


「私の友達だってみんな、私のこと、栞とか、しおりんって呼ぶんですよ? 羽田なんて可愛くない苗字で呼ぶの、先輩だけです」

「そう? 羽田って苗字、可愛いと思うけど」


 苗字で呼ぶな、と主張するくせに、苗字を褒められても羽田は嬉しそうな顔をする。

 それはそうかもしれないですけど、なんて言いながら、彼女は俯いてしまった。


「……だって先輩、みんなのこと苗字で呼ぶじゃないですか」

「まあね」

「なんか、私がその他大勢扱いされるなんて、あり得なくないですか? この私がですよ? 絶対、おかしいです」


 勢いよく顔を上げた羽田が、私の手を掴んだ。冷房の効いた部屋にいるとは思えないほど熱い手のひらは、羽田の心の中を表しているのだろうか。

 黙っていると、ぎゅ、とそのまま強く手を握られた。


「……夏鈴先輩」

「なに?」

「夏鈴先輩にとって私って、その他大勢なんかじゃないですよね?」


 羽田の言葉は、いつだってストレートすぎる。

 女同士だからだろうか。それとも羽田はいつだって、好意を抱いた相手にはこんな風に振る舞うのだろうか。

 彼女の知りもしない過去を想像する度に、胸の中に黒い煤のようなものがたまってしまう。


「羽田くらいだよ。私なんかに構うのは」

「それって、私が特別、ってことで合ってます?」


 今日の羽田の真っ直ぐさは、いつも以上かもしれない。夏が近づいてきているからだろうか。夏の暑さは、人をおかしくしてしまうから。


「合ってますよね?」

「……羽田は、どうなの」


 動揺を悟られないように、余裕ぶった態度でコーヒーフロートを口に運ぶ。

 羽田は、覚悟を決めたような顔で頷いた。


「特別ですよ。だから私、毎日先輩と一緒にいるんです。私のこと誘ってくる友達も、男子も、いくらでもいますけど、私は先輩を誘うんです」


 宝石みたいに綺麗な瞳が、いっそ、私の心を全部暴いてくれないかな、と思ってしまう時がある。

 そうすれば、何も考えずに、今すぐ羽田のことを抱き締められるかもしれないのに。


「先輩は友達とかいないから、気づかないのかもしれないですけど……私って相当、先輩のこと好きなんですよ?」


 私だって好きだよ。

 初めて羽田の笑顔を見た時から、ずっと。羽田が私を好きになるより、私が羽田を好きになったのが先って知ってる。


「……私も、羽田は特別。私のスマホ、羽田と家族しか連絡先登録してないし」

「さすがにそれは、ちょっと引きますけど」


 なんて幸せそうに笑いながら、羽田は言葉の続きを期待するような目を向けてくる。

 でもだめだ。これ以上は、言えない。


「それより、そろそろ帰らないと。門限あるでしょ?」

「……はーい」


 がっかりした顔で荷物をまとめる羽田を見ながら、いつか羽田が私に飽きてしまうことを想像して辛くなる。

 いつまで経っても欲しい言葉をくれない相手のことを、羽田はあとどれくらい好きでいてくれるのだろう。

 羽田が私から離れてしまいそうになったその時、私は、みっともなく羽田に縋ってしまうのだろうか。


「羽田」

「なんです?」

「……土曜の昼、外で食べようと思ってるんだけど」


 羽田は数回まばたきをくり返した後、にや、と口角を上げた。


「もしかしてそれ、一緒にお昼ご飯食べよう、って誘ってます? 先輩、そういうのってちゃんと言った方がいいですよ? 私じゃなかったら、気がつかないかもしれませんから」


 本当に先輩はしょうがないですねぇ、と羽田が私の頬をつついてきた。やめてよ、と言っても、羽田は全くやめない。


「先輩って素直じゃないですよね。私みたいに可愛い上に察しがいい子じゃないと、先輩の相手はできないですよ?」

「……羽田に伝わればいいから」


 つい、本音が口からこぼれてしまった。一瞬で顔を真っ赤にした羽田が、口をぽかんと開けて私を見つめる。


「レジ行くよ、羽田」


 伝票を持って立ち上がる。歩き出した瞬間、狡すぎます! という羽田の叫び声が背後から聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ