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【百合】天笠夏鈴は堕とされたい~健気で一途な後輩に堕とされる百合の話~  作者: 八星 こはく
幕間(中学時代回想) 初恋の人

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第29話 すみれの恋

 私とすみれは、二年生になっても同じクラスになった。

 きっと、他に友達のいない私に教師達が気を遣ってくれたからだろう。


「本当夏鈴って変わったよね」


 笑いながら、すみれが私の髪に手を伸ばした。彼女の言葉に従って伸ばし始めた髪は、既に胸下まで達している。

 髪がサラサラになるのだというヘアミルクも、髪を傷めないというドライヤーのやり方も、全部彼女に教えてもらったものだ。


「……すみれのおかげだよ」


 相変わらず私はお洒落に興味がないし、時間をかけてまで髪のケアをすることを無駄に感じてしまう時もある。

 けれどこうして彼女に褒められるために、私は毎日欠かさずに髪のケアをしているのだ。


「やっぱり? アタシもそう思う」

「すみれ、調子乗り過ぎだって!」


 ぎゃはは、と笑う何人かの女子は、彼女と同じグループに属する子達だ。

 一人ぼっちだった私はいつの間にかすみれがいるグループの子とも行動を共にするようになった。


 本当は、すみれと二人がいいんだけど。


 さすがに、そんな我儘は言えない。それにすみれは、私を親友だと言ってくれた。

 すみれは人気者で、男女問わず友達が多い。みんなに愛されているすみれが、私を一番の友達だと言ってくれているのだ。


 誇らしくて、照れ臭くて……幸せだな、と思う。

 彼女にそう言ってもらえるなら、苦手なノリのグループにいることだって苦じゃない。


「そういえばアタシさあ、昨日告白されて。見て、三組の男子」


 ほら、とすみれが見せてくれたスマホの画面には、知らない男子とのトーク画面が表示されていた。

 付き合ってほしい、という告白を、すみれがあっさり断っているものだ。


 今年の夏くらいから、校内にはカップルが増えた。それに伴ってすみれもよく告白されるようになったらしいけれど、すみれに彼氏ができたことは一度もない。


「本当すみれって理想高いよね」


 友達に指摘され、すみれは頭をかいて笑った。


「だってさあ、アタシらってまだ別に、全然彼氏いなくても生きていけるじゃん? なのに、妥協して付き合う必要なくない?」


 すみれの言う通り、カップルが増えたとはいえ、まだ交際相手がいない人の方がずっと多い。

 彼女がこんな言葉を口にするたび、私はなぜか安心する。


「付き合うなら、イケメンで優しくて、アタシのことお姫様扱いしてくれなきゃ無理」


 周りから高すぎると笑われる理想を改めて宣言した後、すみれは私に話を向けた。


「夏鈴は相変わらず、恋愛に興味ないの?」

「……まあ」


 少し前に、私も知らない男子に告白された。話したこともない相手を好きになる理由は分からなかったし、私は好きじゃなかったから断った。

 正直なところ、私は誰かを恋愛的な意味で好きになる、ということがよく分からないのだ。


「夏鈴ってピュアだよねぇ。あっ、でも、もしお互い彼氏ができたらさ、絶対ダブルデートしよ? 絶対楽しいって!」


 私とすみれがお互い彼氏を連れて、一緒に遊んでいる姿を想像する。すみれのように、楽しそうだな、とはあまり思えなかった。


「……そうかな。私は、すみれと二人の方が楽しいと思う」


 つい本音を口にしてしまうと、すみれは目を丸くして黙り込んだ後、大口を開けて笑い始めた。


「夏鈴って本当、アタシのこと好きだよね!」

「……うん」

「ははっ、アタシも夏鈴のこと、超好き!」


 はしゃいだすみれが、私に勢いよく抱き着いてきた。出会った当初はしなかった甘い香りに、少しだけ心がざわざわする。

 恋愛的な好き、なんて私にはよく分からない。両親の離婚のせいで、恋愛や結婚に憧れたりもしていない。

 だけど、すみれのことが好きだ、ということは自覚している。それが恋愛の好きとどう違うのかは、あんまり分からない。


 好きな人ができた、とすみれから聞かされたのは、それから三ヶ月後のことだった。





 すみれが好きになった相手は、中学二年生の秋、という半端な時期にやってきた転入生の男子だった。

 整った顔立ちとノリのよさであっという間にクラスに溶け込んだ彼―――宮野みやののことを、すみれはすぐ好きになってしまったのだという。


「……すみれは、宮野のどこが好きなの」


 学校帰りに寄ったコンビニで、そう尋ねたことを覚えている。

 すみれの話はどんどん宮野のことばかりになっていって、退屈さを感じるようになっていた時のことだ。


「最初は顔! だって格好いいじゃん。あとはなんだろ? ノリがいいけど、他の男子よりちょっと大人っぽくない?」

「それはそう……かな?」

「そうだって。あとは笑顔! なんかさあ、宮野の笑顔見てると、いいなーって思うんだよね。幸せっていうか。それってもう、かなり恋じゃん」


 私は、すみれの笑顔が好きだよ。


 そう言えなかったのはどうしてだろう。

 無意識のうちに、私はペットボトルを握り潰していた。


「ちょっとは脈あるんじゃないかなって思ってんだよね。なんかアタシに優しい気がするし、雑談も続くし」


 ほら、とすみれが見せてくれたトーク画面では、確かに雑談が繰り広げられていた。

 何のドラマやアニメが面白いかとか、新発売のお菓子が美味しかったとか、隣のクラスの先生が休日に映画館にいたとか。


 ……もしかして最近すみれからの連絡が減ったのって、受験勉強のせいじゃなくて、宮野のせい?


「あっ! 見て、当たった!」


 唐突にすみれが大声を出した。どうやら、食べていたアイスの棒に『あたり』と書いていたらしい。

 すみれはすぐにスマホでアイスの棒を撮影し始めた。


「宮野に送っちゃお」


 そう言って笑う顔は相変わらず眩しくて、可愛くて、でも、私に向けられたものではなくて。

 なんだかそれが、涙が出そうになるほど悲しかった。

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