第27話 普通の女の子
「そろそろ花火の時間ですね」
スマホで時間を確認し、羽田がそわそわした表情を浮かべた。
あれからたこ焼きと冷やしパイン、そして焼き鳥を食べた私達は、花火を見るために近くの高台に移動してきたのだ。
といっても、絶好の穴場スポット、なんてものじゃない。
周囲は一目でも花火を見ようと押し寄せた人でいっぱいで、気を抜けばすぐに羽田とはぐれてしまいそうだ。
だから今も、こうして羽田の手を握ってる。
「夏鈴先輩」
「なに?」
「花火と私、どっちが綺麗だと思います?」
「普通そういうのって、花火が上がってから聞く質問じゃないの」
「だって答え、もう決まってるかなって」
羽田がそう言った直後、花火が空に打ちあがった。距離があるから、正直なところよく見えない。スマホで検索すれば、これよりもずっと綺麗な映像をすぐに見られるだろう。
でもきっと私は、今日の花火を一生忘れない気がする。
「羽田の方が綺麗だよ」
「えー、聞こえません、もっと大きい声で言ってくれないと」
「聞こえてるじゃない」
溜息を吐いて、少しだけ身を屈める。羽田の耳元にそっと唇を寄せた。
「この世のなにより、羽田が綺麗だよ」
すぐに羽田から離れ、視線を花火へ戻す。横目でちら、と羽田を見ると、羽田は顔を真っ赤にして私を見つめていた。
「そ、そうやって先輩はいつも、私の予想以上のことを言うんですから……まったく……」
緩みきった顔で、羽田も花火を見始めた。
花火が終わるまで、約15分。楽しかった花火デートも、それで終わりだ。
◆
羽田と別れて最寄り駅に到着すると、なぜかお母さんが立っていた。迎えにきて、なんて言っていないのに。
「おかえり、夏鈴」
「ただいま。……どうかした?」
「ちょうど仕事が終わったから。夏鈴、そろそろ帰ってくる時間かなって」
帰る家は同じなのだから、別々に帰る理由はない。私はお母さんと並んで、慣れた道を歩き始めた。
下駄の私に合わせてお母さんはいつもよりゆっくりと歩いてくれている。
偶然なんていうのは口実で、浴衣姿の私を心配してくれたのかもしれない。
「お祭り、楽しかった?」
「楽しかったよ」
「よかった」
お母さんの笑顔には、色濃く私への愛情が滲んでいる。卒業までちゃんと中学校へ通うことができたのは、間違いなく母のおかげだ。
プレッシャーをかけられたわけじゃないけれど、母に悲しい思いをしてほしくなかったから。
「今度また、栞ちゃんのこと家に呼んだら? たいしたおもてなしはできないかもしれないけど、美味しいケーキくらいは用意できるから」
「……うん」
「私も、栞ちゃんに会ってみたいな」
羽田のことを、私はお母さんになんと紹介すればいいのだろう。
後輩? 友達? それとも……。
私の悩みを見透かしたかのように、母が柔らかく笑った。
「栞ちゃんに出会ってから、夏鈴がすごく楽しそうで嬉しい」
ああ、確か昔―――すみれの話をお母さんにした時も、同じ顔をされた。
そして彼女に嫌われてしまったのだと話した時、お母さんは怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった顔で、必死に私を抱き締めてくれた。
私もお母さんも、今はもうすみれの話なんてしない。
けれど、もし、私がすみれのことを、本当になんとも思わなくなる日がきたら。
私は、どんな顔ですみれの名前を口にするんだろう?
◆
部屋着でベッドに寝転んで、今日の写真を確認する。浴衣姿の羽田は最高に可愛くて、今すぐ待ち受けに設定してしまいたくなる。
ふとイソスタを起動して羽田のアカウントを確認すると、今日の写真が既に投稿されていた。
もちろん、私の顔はどれも加工で隠されている。羽田はきちんとこういう配慮ができる子なのだ。
軽く深呼吸をして、久しぶりにすみれのアカウントを検索する。相変わらず名前と誕生日で構成されたアカウントは、検索履歴のせいですぐに見つかった。
最近、やたらとすみれのことを思い出すのは、きっと羽田への恋心が日に日に強くなっているからだろう。
私にとって恋は、すみれが教えてくれたものだから。
『バイト終わり!』
最新の投稿の本文はそれだけで、車内でホイップが大量にのったジュースを持っている写真だった。
そして、写真にはどう見ても彼女のものではない、日に焼けた大人の手のひらが入り込んでいる。
私が初恋を捧げた特別な女の子は、女子高生に手を出すようなしょうもない男とくだらない匂わせをする普通の女の子だった。
「……また、男、変わってる」
前回見た時、すみれと一緒にいる男は車を持った年上の男ではなく、同じ高校に通う色白の同級生だった。
その前は、サッカー部の先輩。
目を閉じると、初恋の記憶が強烈に蘇ってくる。
忘れてしまいたいような、絶対に忘れたくないような記憶だ。
「……すみれより先に、羽田に出会いたかったな」




