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【百合】天笠夏鈴は堕とされたい~健気で一途な後輩に堕とされる百合の話~  作者: 八星 こはく
第1章 羽田は、世界で一番可愛い

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第26話 私を落として

「ふふ。夏鈴先輩、目が真っ赤です。可愛い」

「……羽田」

「ほら、先輩、あーん。出会えてよかった後輩からのあーんですよ?」


 調子に乗りまくった羽田が、満面の笑みでかき氷をあーん、と差し出してくる。

 羽田は先程言っていた通りレモン味のかき氷を、私はブルーハワイ味のかき氷を頼んだ。そして、大混雑の休憩スペースで、なんとか空いている席を確保したのである。


 私が羽田のかき氷を食べると、羽田が嬉しそうに笑う。大きく開けた口から見えた羽田の舌は、鮮やかな黄色に染まっていた。


「ねえ先輩」

「なに?」

「私、先輩のこと大好きです」


 真剣な表情で言うと、だから、と羽田は言葉を続けた。


「誰かに嫌なことを言われたりとか、嫌なことをされたりしたら……私に言ってください。先輩が怒れない時は、私が変わりに怒ってあげますから」


 ね? とにっこり笑った羽田は、やはり先程のことは聞いてこない。きっと中学時代の話をしても、羽田は私を気持ち悪がったり、馬鹿にしたりしないのだろう。

 たぶん羽田は、私のためにちゃんと怒ってくれる。


「……羽田は優しいね」

「はい。私、可愛い上に優しいんです。でも、こんなに特別扱いするのは夏鈴先輩だけですよ?」

「ありがとう」

「こんなに可愛い私にこんなに好かれるなんて、夏鈴先輩は幸せ者なんですからね!」


 私にも一口ください! と羽田が口を開けた。かき氷をプラスチックのスプーンですくって、羽田の口に運ぶ。


 羽田の言葉は正しい。羽田に好かれるという幸福と比べれば、中学時代の不幸なんてちっぽけなものなのかもしれない。当時の私にとっては、世界が終わってしまうほどの絶望だったけれど。


「この後、ご飯系も食べます? たこ焼きとか焼きそばとか! 花火は……あんまり見えないでしょうけど」


 有料席を買っておくべきだったかもしれませんね、と羽田がぼやく。確かに来年は、そうしてもいいかもしれない。


「……たこ焼きがいいな」

「了解です。じゃあ、かき氷食べ終わったら一緒に買いにいきましょう!」

「うん」

「お祭り、楽しいですね!」

「うん」


 素直に頷くと、羽田が目を丸くした。今日の先輩は素直ですねぇ、とにやにやしながら言って、私に擦り寄ってくる。

 夏祭りにきたのは中学の時以来だ。すみれに誘われて、近所の夏祭りに参加した。


 あの時は……すみれ、赤い浴衣着てたな。


 すみれに誘われて、私は有頂天になった。今日とは違う浴衣を着て、お母さんに髪をお団子にしてもらって、浮かれて待ち合わせ場所へ行った。

 けれど、人混みの中で手を繋げるかも、なんて淡い期待はすぐに打ち砕かれた。

 待ち合わせ場所にはクラスメートの男子もいて、すみれの浴衣姿は私のためのものじゃなかったから。


「……羽田は、私のためにその浴衣を選んでくれたんだよね」

「当たり前じゃないですか。今日の私、ていうかいつもですけど、先輩ウケばっかり考えてますからね? ちゃんと分かってます?」


 むすっとした表情で羽田が顔を覗き込んできた。

 瞼の上のラメも、ピンセットでしっかりと束を作った睫毛も、全部私のため。

 メイクをする時も、浴衣を着る時も、ヘアセットをする時も、羽田はずっと私のことだけを考えてくれたのだろう。


「ねえ、羽田」

「ちょっと! 話逸らさないでくださいよ。……で、なんです?」

「……可愛い」

「へっ?」


 いきなり褒められるとは思っていなかったのだろう。羽田は白い頬を真っ赤にして私を見つめた。


「本当に、可愛い」


 生まれた時から、可愛い、なんて言葉は呆れるほど聞いてきただろう。それなのに私の言葉で、羽田は瞳を潤ませた。

 羽田はこんなに可愛くて、真っ直ぐで、優しくて、強くて。

 ただでさえ羽田のことが大好きな私は、日に日に羽田の沼に落ちてしまっている。


 お願い、羽田。

 早く沼の底まで、私を引きずり込んで。理性なんて壊して。

 臆病な私は、羽田がもっともっと私を落としてくれるのを待っているから。


「一個、頼みがあるんだけど」

「な、なんですか……?」

「羽田のこと、抱き締めてもいい?」


 返事は聞かない。戸惑った羽田をいきなり抱き締める。

 さっきみたいに知り合いに見られるかもしれない。その危険性を頭の隅っこで認識しているくせに、気づかないふりをしてひたすら羽田を抱き締める。


 たぶん今、私の身体はドーパミンだらけだ。


「ちょ、ちょっと夏鈴先輩……」

「お願い。あとちょっとだけでいいから」


 傷ついているふりをする。本当はただ、羽田を抱き締めたいだけだ。

 こんなに愛おしい存在を腕の中に抱いている時に、くだらない過去のトラウマのことなんて考えられない。


「……別に、ちょっとじゃなくていいですよ」


 羽田が、そっと私の腰に手を回してくれた。とんとん、と心地いいリズムで背中を叩いてくれる。

 きっと私が過去の不安から、人の温もりを求めたのだと勘違いしているのだろう。


「ありがとう」


 会うたびに、言葉を交わすたびに、触れ合うたびに羽田への気持ちが積もっていく。

 重くなり過ぎた気持ちが私の身体を沼の底に引きずり込んだら、たぶん、私はなにも考えられなくなる。


 そしてなにも考えられなくなった私は、きっとようやく、羽田に伝えることができるのだ。


 羽田に、恋をしていることを。

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