第22話 忠告を兼ねたお仕置き
冗談言わないでよ、と笑い飛ばすには羽田の顔は真剣すぎた。
赤くなった可愛い顔でじっと、羽田は私の目を見ている。
『ちゅー、してみます?』
確かに羽田はそう言った。私の聞き間違いでもなければ、都合のいい幻聴でもない。
そして羽田がこんなことを言うのは初めてだ。
「羽田」
悩んだ私が結論を出すより先に、羽田が口を開いた。
「な、なーんちゃって! ほ、ほら? お家で二人っきりですし? ベッドの上ですし? なんかこう……ちょっとふざけちゃったって言うか!」
早口でまくしたてながら羽田が起き上がる。腕の中からなくなった温もりが寂しい。
私も起き上がって羽田を見つめると、羽田はすぐに俯いてしまった。
「羽田」
そっと羽田の肩に手を置く。ゆっくりと顔を上げた羽田の瞳は涙でいっぱいになっていた。
「そういう冗談、言わない方がいいよ。羽田は可愛いんだから、危ないことになる」
なにかを言いかけた羽田を制するように、羽田の額にデコピンをした。
「だからこれは、忠告を兼ねたお仕置きだから」
これは羽田への言い訳なのだろうか。それとも、私自身への言い訳なのだろうか。
分からないまま、そっと羽田の額にキスをする。
「……先輩」
「ピザくるまで勉強するよ」
くるりと羽田に背を向けた瞬間、勢いよく抱き着かれた。そのままバランスを崩した私は、羽田に押し倒される形になってしまう。
「先輩、だーいすき!」
◆
結局ベッドで戯れている間に、ピザの宅配員がやってきた。
玄関先でピザとコーラを受け取り、リビングのテーブルに広げる。散々ベッドの上で動いたせいで、私も羽田も髪がぼさぼさだ。
「先輩。あったかいうちに食べましょ!」
「うん」
「あっ、でも先に乾杯ですよね!」
紙カップだけど、と思いつつ、コーラで乾杯する。熱々のピザに手を伸ばすと、思っていた以上にチーズが伸びた。
笑顔でピザを頬張る羽田は、リスみたいで可愛い。さっきまで羽田と同じベッドにいたんだよね……なんて思い出すだけで、羽田には見せられないほどにやけそうになる。
さっき、本当にキスしてたらどうなってたんだろう。
羽田にキスをして、そのまま押し倒していたら? 羽田の柔らかそうな胸に、思いっきり手を伸ばしていたら?
羽田は今日、どこまでを覚悟してあんなことを口にしたのだろう。
ピザを食べながら、もしものことを想像してしまう。羽田はどこまで許してくれるのだろうか。
羽田を傷つけたくない。嫌われたくない。幻滅されたくない。
だって私、羽田のことが本当に大好きだから。
「先輩、見てください。このピザ、めちゃくちゃチーズ伸びます」
羽田がシーフード系のピザを手に取り、見せつけるように一口かじった。羽田が口からピザを離していくにつれて、びよーん、とチーズが伸びていく。
限界まで伸びたチーズが切れると、羽田は口元に手を当てながら笑った。
「見ました!?」
「うん、見てたよ」
主に羽田の顔を見ていたけれど、チーズもちゃんと視界の端に入れていた。
「先輩もやってみてください。写真撮っておくので」
「……食べてるところ撮られるの、なんか嫌なんだけど」
「いいじゃないですか! 絶対、他の人には見せませんから!」
気は進まないけれど、羽田に笑顔で言われたら断れない。私がピザへ手を伸ばすと、羽田は慌ててスマホを構えた。
「ねえ、羽田」
「なんですか?」
「それ、動画でしょ」
あからさまに動揺して、羽田は私から目を逸らした。しかしスマホの位置を動かさないのだから、やはり動画モードになっているのだろう。
「羽田」
「……だ、だって、夏鈴先輩の動画、欲しかったんですもん」
可愛いことを言って、羽田がこっちを向いた。私としては羽田を映してほしいのに、カメラは私にばかり向けられている。
「それにほら! 写真も動画もあんまり変わりませんって! どっちでも先輩は美人なので、安心してください!」
溜息を吐いてピザを食べる。撮影されていると思うと、気が散って味に集中できなかった。
「じゃあ後で、羽田のも撮るからね」
よし、と私は内心でガッツポーズした。これで、私のシャツを着た羽田の動画を撮影することができるのだから。
◆
「じゃあ、今日は本当にありがとうございました!」
16時過ぎに、羽田は家へ帰ることになった。もう少しいてほしいけれど、さすがにもう引きとめることはできない。
それに、明日も塾で会えるのだ。
「駅まで送る」
「いいんですか?」
「うん」
二人で家を出て、わざとゆっくり道を歩く。夕方でもまだ空は明るくて、少し離れた場所にあるグラウンドからは歓声が聞こえる。
なんてことはない夏の夕方だ。でも隣には、誰よりも特別な羽田がいる。
「先輩、もうすぐお祭りですね」
「うん」
「可愛い浴衣用意したので、楽しみにしててください!」
自信満々に笑う羽田は可愛い。どれだけダサい浴衣を着たって、羽田が可愛くなくなることはないんだろう。
駅に到着すると、羽田は何度も振り返りながら改札の向こうに消えていった。
一人きりになって、きたばかりの道を引き返す。一人で歩くことに慣れた道のはずなのに、なんだか無性に寂しくなった。




