第2話 放課後デート
「というわけで、明日は―――」
私の担任は、今日も無駄に話が長い。要約すれば1行で終わりそうなことをだらだらと話すせいで、うちのクラスはいつもホームルームが長いのだ。
髪を耳にかけて、視線を廊下へ向ける。そこには羽田が立っていて、私と目が合うとぶんぶんと手を振ってきた。
羽田は目立つから、クラスメートもちらちらと彼女を盗み見ている。それでも羽田は、当たり前のように私しか見ていない。
羽田って、スタイルもいいんだよね。
身長が高いわけではないけれど、顔が小さいおかげでスタイルがよく見えるのだ。すらっとした足は細く、腰はキュッとくびれている。
生で見たことはないけれど、たぶん胸だってそれなりに大きい。
目に毒だ。可愛すぎて。
羽田の可愛さに想いを馳せている間に、ホームルームが終わった。その瞬間に羽田が教室へ入ってきて、夏鈴先輩! と大きな声で叫ぶ。
まるで他人が私に話しかけるのを阻止するかのような態度だが、もちろん私には声をかけてくるようなクラスメートなんていない。
「迎えにきましたよ。先輩のクラス、終わるの遅いんですもん」
ぷく、と頬を膨らませた羽田が可愛い。今すぐ人差し指で頬をつつきたくなる衝動をこらえながら、手早く荷物をまとめて立ち上がった。
「ごめん」
「別に先輩のせいじゃないですし、謝らなくていいですけど!」
私を見つめる羽田は、明らかになにかを期待しているようだった。彼女が求める些細すぎる言葉を知っているから、私はそれを口にする。
そのくらいならきっと構わないだろうと、自分への言い訳を重ねながら。
「ありがとう、羽田」
「はい! どういたしまして!」
嬉しそうな顔で、羽田が大きく頷く。行きましょう、と笑う彼女の手を握ってあげたら、きっと見たことがない顔を見せてくれる。
分かっているけれど、私はいつも通り、彼女の手を握らずに歩き出した。
◆
「ここです。ちょっと並んでますけど……たぶん、30分くらい待てば入れると思うので!」
羽田に案内されたカフェは、平日にも関わらずそれなりに混雑していた。
とはいえ、店先に置かれた待機用の椅子はまだ空いているし、30分くらいならどうということもない。
「可愛い私と一緒なら、ちょっとくらい待つのは余裕ですよね?」
自信満々な言葉と、不安そうに揺れる眼差しが合っていない。ぎゅ、と私のスカートの裾を握った羽田の爪は、レモンイエローに染まっている。
私が、羽田に似合うと言った色だ。
「ちょっとならね」
表情も変えずに答える。ほっとしたように息を吐いた後、もっと楽しそうにしてくださいよ、と羽田は不満を漏らした。
◆
結局45分ほど待って、私達は店内に入ることができた。
イソスタで見た通りのファンシーな内装の店内には、流行りのアイドルの楽曲が流れている。
「どれにします?」
メニュー表を広げて、羽田が私の顔を覗き込んできた。ケーキとドリンクメニュー以外にも、パンケーキやパフェといったメニューもあるらしい。
コーヒーにしようかと思ってたけど、冷たい物が食べたいかも。
顔を上げると、羽田が真剣な顔でメニューを見ていた。唇がきゅっと一文字に結ばれていて、本当に可愛い。
「決めました! 私、これにします」
羽田が指差したのは、レモンクリームソーダだった。どうやら羽田も、暑さに負けてケーキではなくクリームソーダを注文することにしたらしい。
「私はこれかな」
クリームソーダの隣にのってある、コーヒーフロートを指差す。すると羽田はなぜか嬉しそうな顔をして、私をじっと見つめた。
「なんだか、おそろいっぽいですね!」
「……そう?」
「もー! 先輩、テンション低いですよ。こーんなに可愛い後輩とデートだっていうのに」
まったく、と溜息を吐いた後、羽田は元気よく手を上げて店員を呼んだ。
私の分まで注文を済ませた羽田は、クリームソーダが届く前に前髪チェックを始める。
少しくらい前髪が崩れていても可愛いのに、羽田はいつも前髪を気にしているのだ。
「夏鈴先輩。夏休みって、どこか遠出したり、帰省したりしますか?」
「しないよ。お母さんも忙しいし、夏期講習も詰まってるしね」
私達が通っている高校はかなりの進学校だ。だから基本的に全員が大学進学を予定していて、私もその一人である。
一般入試を考えている私は、この夏もほとんど毎日塾の夏期講習だ。
「確かに二年生って、結構スケジュールやばかったですよね」
「でも、一年生もそれなりでしょ?」
「はい、まあ。なので私達、夏休みもほぼ毎日、会えますね」
羽田と私は同じ塾に通っている。そもそも私達の出会いは、高校ではなく塾なのだ。
「先輩は、夏休みも私に会えて嬉しいですよね?」
「……まあ」
「だったら、もうちょっと嬉しそうな顔してくださいってば!」
まったく、と羽田が拗ねたところで、レモンクリームソーダとコーヒーフロートが運ばれてきた。
思わず、ごくり、と唾を飲み込んでしまう。
「あっ、だめですよ先輩。飲む前に、ちゃんと写真撮らなきゃ!」
アイスが溶けてしまってはもったいないのに、羽田は真剣な顔で写真撮影を始めてしまった。
ドリンク単体の写真と自撮りの撮影を済ませた後、夏鈴先輩、と私を呼ぶ。
「2人で撮りましょうよ。アイスが溶けちゃうんで、早く」
向かい合った席で座っていると、ツーショットを撮るのはなかなか難しい。
しかも羽田は、あれこれと角度を指示してくるから大変だ。
何回か取り直して、ようやく羽田が納得する写真が撮れた。
「見てください、よく撮れてますよ」
羽田が見せてくれたスマホには、世界1の美少女と、不愛想な黒髪の女が映っていた。
「後で、先輩にも送りますね」
「ありがとう」
「絶対、ちゃんと保存してくださいよ?」
「……たぶん」
「本当に先輩はもう……!」
羽田の溜息に気づかないふりをして、コーヒーフロートに手を伸ばす。
世界1の美少女を見ながら飲むコーヒーフロートは、注文したことを後悔したくなるほど甘ったるかった。