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【百合】天笠夏鈴は堕とされたい~健気で一途な後輩に堕とされる百合の話~  作者: 八星 こはく
第1章 羽田は、世界で一番可愛い

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第17話 羽田は、違うから

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


 少しだけ名残惜しそうな顔をしたけれど、羽田も反対はしなかった。さすがにそろそろ帰らなければ、帰宅時間がかなり遅くなってしまう。

 後は着替えて帰るだけだ。そう、これから、私達は同じ更衣室で着替える。


 羽田の裸を、じっくりと見るチャンス……!


 期待しているのを悟られないように冷静なふりをして、更衣室へ向かう。子連れは既に帰っているからか、更衣室はそれほど混雑していなかった。

 ロッカーの鍵を開けて、羽田が着替えの入ったバッグを取り出す。そしてバッグの中から羽田が取り出したタオルを見て、私は絶望した。


 それ、身体を隠しながら着替えられるタイプのタオルだ……。


 どうして、この存在を思いつかなかったのだろう。学校でプールの授業が行われる時だって、私を含め大半のクラスメートはこのタイプのタオルを利用する。

 というか私だって、持ってきたのは似たようなタオルだ。


「夏鈴先輩? どうかしました?」


 羽田の裸を見られると思っていたから落ち込んでいます、なんて正直に答えるわけにはいかない。

 なんでもない、と首を振って、静かに着替え始める。


 そうか。プールにきたくらいじゃ、羽田の裸は見られないんだ。

 ……温泉とかなら、さすがに見られるよね?


 とはいえ、真夏に温泉に誘うのは不自然だろう。どうやらしばらく、私は羽田の裸を見ることができないらしい。


 でも今日は、たっぷり水着の羽田を摂取できたし。


 うんうん、と頷いたところで、私はもう一つ重大なミスに気づいてしまった。


 水着姿の羽田、撮ってない……!


 プールではしゃぐ間、当たり前のようにスマホはロッカーにしまっていた。だから写真を撮るチャンスはなかったし、今の今までスマホの存在をすっかり忘れていた。


「夏鈴先輩? 顔色悪いですよ。疲れちゃいました?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……あのさ、羽田」

「なんです?」

「……また、こよう」


 今度は必ず、羽田の水着姿を写真におさめなくては。


「もちろんです、夏鈴先輩!」





「先輩、また明日!」


 駅のホームで、互いに手を振り合って別れる。明日は夏期講習で、私と羽田は当たり前のように顔を合わせるのだ。

 夏休みに入ってからも、羽田と会う頻度はほとんど変わっていない。


 疲労で重くなった身体を引きずりつつ、家路を進む。インドア派の私にとって、一日中プールで遊ぶというのはかなり体力を消耗することなのだ。


 乗り換えを済ませ、最寄り駅で電車から降りて徒歩で家へ向かう。途中、出身中学のジャージを着た何人かの中学生とすれ違った。

 おそらく部活の帰りなのだろう。私が通っていた中学校は、それなりに部活動が盛んだったから。


 逃げるように遠くの塾に通って、そのまま遠くの高校に進学した。

 羽田と出会えたことを考えれば過去のことを少しは許せる。前は中学の制服やジャージを着た生徒とすれ違うたびに、なんとなく嫌な気持ちになっていたけれど、今は何も感じない。


 家へ帰っても、まだ母はいなかった。水着を洗濯機に放り込んで、とりあえずシャワーを浴びる。

 明日は朝から夕方までずっと夏期講習で、明後日も同じだ。そして来年は、今とは比べ物にならないほど忙しくなるのだろう。


 シャワーを浴びながら、そっと息を吐く。頭の中に浮かぶのは、いつだって羽田の顔ばかりだ。

 明日も私は羽田のことばかり考えて、羽田に会える日々に内心はしゃぐのだろう。

 そしてそれは、あとしばらくの間変わらないはずだ。


「……でも」


 再来年になれば、状況は大きく変わってしまう。私は大学に進学し、塾もやめる。そうなってしまえば、毎日羽田と顔を合わせることは難しい。

 受験生になって忙しい羽田にはきっと、私と会うための時間なんてない。

 私が望めば羽田は時間を作ってくれるかもしれないけれど、どんな理由で誘えばいいというのだろう。


 分かっている。今私がやっていることは、ただ問題を先延ばしにしているだけ。

 曖昧な態度をとり続けて、羽田が私をだめにしてくれることを期待しているだけ。


「ああ……」


 無意識のうちに、口からみっともない声がこぼれた。

 同時に、苦い記憶が頭の中に蘇ってくる。


『なんでいつもつまんなさそうな顔してるのか知らないけど、天笠さんは絶対、笑ってた方が可愛いって!』

『てか、そろそろ夏鈴って呼んでいいよね? 決まり! 夏鈴もアタシのこと、すみれって呼んで!』


 眩しい笑顔と、強引な言葉。

 俯いて地面ばかりを眺めていた私の前に現れた、太陽みたいな女の子。


「……違うから。羽田は、すみれとは違う」


 言い聞かせるように呟く。けれど過去の傷はまだ癒えていない。同じようなことが起きてしまったらと想像するだけで、この世界から消えてしまいたくなる。


 すみれは私にとって親友で、太陽で、そして―――初めて、好きになった人。

 本当に好きだった。大好きだった。彼女の傍にずっといたいと思っていたし、彼女のためになら、らしくないことだって頑張ろうと思えた。


 でも。


 すみれは、私の太陽なんかじゃなかったんだ。

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