第16話 何番目に? 誰と比べて?
30分ちょっと並んで、ようやく私達の番がやってきた。
2人乗りのボートに乗って滑る仕組みで、隣同士ではなく前後に座る必要がある。
「羽田、前と後ろどっちがいい?」
「先輩はどうですか? やっぱり、前だと怖いですか?」
にやにやと笑いかけられながら、冷静にどちらが羽田とより密着できるだろうか、ということを真剣に考える。
私が前になれば、羽田はきっと後ろから抱き着いてくれるだろう。そうすれば私は背中で羽田の柔らかさを存分に感じることができる。
私が後ろになれば、私が羽田に抱き着くことが可能だ。ウォータースライダーは勢いがあるから、偶然羽田のいろんなところに触れてしまったとしても不思議はない。
……決まった。
「うん。私が後ろでもいい?」
素直にそう聞けば、羽田はぽかんとした顔で頷いた。いつものように、怖いわけないでしょ、と私が答えると思っていたに違いない。
「怖かったら、たくさん私に抱き着いちゃって大丈夫ですからね!」
「ありがとう、羽田」
礼を言ってから、2人でボートに乗り込む。ただでさえボートは狭く、私の足の間に羽田が座る形だ。
両手を羽田の腰に回す。驚いた羽田が振り向いて私を見た。
「夏鈴先輩、めっちゃ怖がってるじゃないですか」
「……うるさい」
照れたふりをして、手をさりげなく上へ動かす。柔らかな重みに幸せを感じていると、いきますよー! と係員に声をかけられた。
そして、勢いよくボートが出発する。
「わっ、えっ!? は、速すぎませんかこれ……っ!?」
「速すぎる……っ!」
あまりの勢いに、邪な考えまで頭から飛び出してしまう。勢いよく水に向かって進む恐怖に支配された私は、無我夢中でひたすら羽田に抱き着いたのだった。
◆
バシャーンッ! と派手な音を立てて、ボートはウォータースライダー下のプールに到着した。
勢いがよすぎてボートはひっくり返り、羽田に抱き着いたままの私も水に叩きつけられる。
「ちょっ、か、顔も濡れちゃったんですけどっ!」
焦った羽田がふるふると顔を振って、必死に水滴を飛ばそうとする。
ゆっくりと羽田の腰に回していた手を放すと、見ないでください! と顔を隠されてしまった。
「どうかしたの?」
「こ、こんなに濡れると思ってなくて……メイク、落ちちゃったかもしれないので」
きっと羽田のことだから、水にも強いメイクをしてきたはずだ。けれどあそこまで勢いよく水に叩きつけられれば、完璧に保つことは不可能である。
「メイク直ししてくるので……」
顔を伏せたままプールから上がろうとした羽田の手を慌てて掴む。
「だめ。危ないから、一人で行かないで」
こんなに可愛い子が一人でうろうろするなんて、あまりにも危険だ。
「メイク崩れたって、羽田は可愛いから」
私に最大級に可愛い姿だけを見せようとしてくれるのは嬉しいけれど、羽田を一人で行かせるわけにはいかない。
だからこれは、羽田を引きとめるために必要な言葉なのだ。
「……夏鈴先輩」
「ほら」
顔を隠していた両手をそっとどかして、正面から羽田を見つめる。確かに少しメイクや前髪が崩れてしまっているけれど、いつも通り可愛いことに変わりはない。
「それでも気になるって言うなら、私も行くから。メイク直しする?」
メイク直しをするためには、一度ロッカールームに行ってコスメを持ちださなければならない。それなりに手間も時間もかかるが、羽田がどうしてもと言うなら付き合うつもりだ。
けれど羽田は、ゆっくりと首を横に振った。
「……夏鈴先輩が褒めてくれるなら、いいです」
「そう」
「私、可愛いですか?」
分かりきっていることを、どうして羽田は何度も言わせようとするのだろう。
「言ったでしょ、可愛いって」
「何番目に? 誰と比べて?」
私を見つめる羽田の長い睫毛が揺れる。マスカラが少し落ちてしまったのか、目の下がほんのちょっとだけ黒くなってしまっていた。
「ねえ、先輩。私だって、不安になることはあるんですよ?」
狡い。
羽田はきっと、私が羽田の涙目に弱いことを知っている。知った上で、こんな目で私を見つめているのだ。
私達の後にウォータースライダーに乗った人が、次々とプールに落ちてくる。悲鳴や歓声でうるさいことは分かるのに、騒音は頭の中までは届かない。
「……羽田は、一番可愛いよ」
意気地なしだ、と自覚している。
私は羽田に気持ちを伝える勇気がないくせに、羽田を傷つける覚悟もない。
「どこで、一番ですか?」
「……世界で」
答えると、羽田は満足そうに笑ってくれた。胸に手を当てて得意そうに笑う姿が、この世のなによりも愛おしい。
「夏鈴先輩」
「なに?」
「やっぱり私、夏鈴先輩のことが大好きです!」
真夏の太陽よりも眩しい笑みを浮かべて、羽田が抱き着いてくる。私もだよ、と答えないのは、私が意気地なしだからだった。




