第13話 重要な問題
「本当ですか? 先輩。私の水着姿が見たいんじゃなくて?」
からかうように笑った羽田に、そうだけど、と本当は開き直ってしまいたい。
でもだめだ。そんなことをすれば羽田は見たことがない表情をして、今以上に私を狂わせてしまう。
「そんなわけないでしょ」
「冷たい! そうだって言ってくれてもいいじゃないですか。先輩のケチ」
あり得ないと分かっているけれど、拗ねた羽田がプールに行かない、と言い出さないかひやひやする。
学年も違う私は、羽田の水着姿を見たことがないのだ。このチャンスを逃してしまったら、この夏を終えられない。
「あっ、言っときますけど、先輩もちゃんと可愛い水着できてくださいね? スクール水着とかやめてくださいよ?」
「……私の水着姿が見たいわけ?」
「見たいですよ」
あっさりと頷いて、羽田はきらきらとした目を私に向けてきた。
「先輩は美人なんですから、もっとお洒落するべきだって私はいつも思ってるんです。あっ、別にいつもの先輩も好きですよ? ただ、いろんな先輩を見たいだけっていうか」
そんなフォローをしてくれなくたって、羽田が普段の私も好きでいてくれることは知っている。
だが、羽田が相手なら、着飾っても問題はないだろう。羽田は世界一可愛いのだから、私が羽田の可愛さを脅かす心配はない。
だから、あんなことにはならない。
「なら、今から買いに行こうかな」
「最高じゃないですか! 私、先輩に似合うの選ぶ自信あります」
「羽田の、私が選んであげようか?」
選ばせてください、と土下座をするべきだとは理解している。羽田の水着には、私の土下座なんかとは比べ物にならない価値があるのだから。
にも関わらず羽田は、満面の笑みで頷いてくれた。
「お願いします、夏鈴先輩!」
◆
ハンバーガー店を出た私達は、電車に乗って大きなショッピングモールにやってきた。
期間限定で設置された水着のポップアップストアには、かなりの数の客が入っている。
「やっぱり先輩には、黒とか赤とかの、シンプルなビキニが似合うと思うんですよね」
言いながら、羽田が近くにあった黒ビキニを手に取る。布面積でいえば、下着と変わらない。
「……できれば、お腹が出てないとありがたいんだけど」
太っているわけではないけれど、腹部を人前に晒すのには抵抗がある。普段の私は、ミニスカートすらめったにはかないのだ。
「せっかくの水着なんですから、お腹くらい出しましょうよ」
そう言われてしまうと、頑なに拒むことはできない。なぜなら私も、羽田の水着に対して同じことを考えているからだ。
「あっ、じゃあこれなんかどうです?」
羽田が手に取ったのは、ボトムのウエスト部分がクロスになったタイプの赤いビキニだった。
腹部は出ているものの、クロス部分のおかげで少し隠れている。一般的なビキニよりは露出が少ないデザインだろう。
「絶対似合います! 先輩、肌白いし」
「……羽田が言うなら」
「絶対です、絶対!」
念を押され、水着を受け取ってしまった。元々、自分の水着に対してはそれほどこだわりがあるわけでもない。
重要なのは羽田の水着だ。
「羽田は……」
店内を見回すと、大量の水着が目に入る。
ビキニタイプやワンピースタイプ、一見ただの服にしか見えないものまで、いろいろなデザインがあった。
羽田には黄色が似合うけど、気分を変えて違う色って選択肢もある。
黒にして大人っぽい羽田を見るのもありかも。
改めて、じっと羽田の身体を観察する。足や腰は細いのに、胸はそれなりにボリュームがある、完璧な身体だ。
できるだけ露出が多いものを……いやでも、私だけじゃなくて他人の目もあるし、過激なのはよくない。
とはいえワンピースタイプというのも寂しすぎる。
「夏鈴先輩? なんか、めっちゃ真剣に悩んでません?」
「重要な問題だから」
つい本音で返事をしてしまう。焦って顔を上げると、真っ赤な顔をした羽田と目が合った。
「……狡いです、先輩」
絶対、可愛すぎる羽田の方が狡い。
という本音はなんとか飲み込んで、引き続き羽田の水着を探し続ける。
数分間店内を歩き回った後、これだ! と思える水着に出会えた。
「……これ、ですか?」
「うん、これ」
私が選んだのは、セーラー服をモチーフにした水着だ。トップスはふんだんにフリルがあしらわれたオフショルダータイプで、胸元には大きい真っ赤なリボンがついている。
ボトムスはスカートタイプになっていて、ビキニに比べると全体的に露出は少ない。
それでもちゃんと羽田のへそを見ることはできるし、足だってかなり出る。
なにより、可愛い。
羽田が通っていた中学も、今私達が通っている高校も制服がブレザーなのだ。
でもどちらかといえば、羽田にはセーラー服が似合うと確信している。
「似合うと思うんだけど」
「……先輩って私のこと、かなり可愛いと思ってますよね」
そっか、これが似合うと思うんだ……と恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに呟いて、羽田は私が選んだ水着を受け取ってくれた。