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第12話 せっかくの夏なんですから

「せーんぱい! 夏鈴先輩!」


 いつも通り放課後の教室に私を迎えにきた羽田のテンションは、いつもとはかなり違っていた。

 それも無理はない。なにせ明日から、待ちに待った夏休みなのだ。

 その上、終業式のあった今日は昼帰りだ。ここまでそろって、浮かれない生徒の方が珍しい。


「お昼ご飯食べて帰りましょうよ。ねっ、いいですよね? 先輩、なに食べたいですか?」


 天真爛漫な笑顔は、愛されて育った人間特有のそれだろう。

 可愛すぎる羽田は両親や兄だけでなく、周りの人間からも大切にされることが当たり前の人生を送ってきたに違いない。


「羽田はなにが食べたいの?」

「そうですね、せっかく終業式ですし、たまにはがっつりもいいかなって!」


 羽田が見せてきたスマホの画面には、ボリューム満点のハンバーガーが表示されていた。

 ハンバーガー1つが1000円を超える値段で、どの種類もかなりボリュームがある。


「どうですか?」

「いいね。私もお腹空いてきた」

「じゃあ決まりですね!」


 当たり前のように、羽田が私の手を握る。

 最近は手を繋ぐ行為に、違和感を覚えることもなくなっていた。


 前はもっと、手を繋ぐことを躊躇っていたはずだ。当たり前のように握り返したりはしなかった。

 羽田の手は、いつの間に私の手に馴染むようになったのだろう?


「先輩? どうしたんです?」

「……なんでもない」


 意識した途端、手のひらに汗がにじむ。

 けれど、そこにあるのは私の汗だけじゃない。混ざり合った汗はもう、どちらのものかなんて分からない。


 こんな風にいつか、いろんな境界線が曖昧になっていくのだろうか。

 羽田はそのつもりでいつも、私の手を握るのだろうか。


「先輩? もしかして暑くて、体調悪いんですか?」


 不安そうな顔で羽田が覗き込んでくる。くりっとした大きな瞳に映った私は、ずいぶんと酷い顔をしていた。


「……暑くて」

「お店まで待てます? 飲み物、買ってきましょうか? あっ、私、まだ水筒残ってます!」


 羽田が慌ててリュックから水筒を取り出す。既にだいぶぬるくなってはいたけれど、それでも、喉を潤せるだけありがたい。


「ふふ、先輩、気づきました? 今の、完全に間接キスですからね!」

「今さらそんなの、気にしないけど」

「あーもう! そこは意識してくださいよ、夏鈴先輩の馬鹿!」


 尖らせた羽田の唇に、今すぐ噛みついてしまいたい。夏の暑さのせいにして、私と羽田の間にあるいろんなものを、全部全部溶かしちゃいたい。


「じゃあ、これをまた羽田が飲んだら、それも間接キスになるね」


 そう言って水筒を羽田に返す。羽田は少しの間黙り込んでいたけれど、結局、勢いよく水筒に口をつけた。

 間接キスなんて、羽田以外となら意識もしない。言い方を変えてしまえばただの回し飲みで、不衛生だな、くらいの認識があるだけだ。


 けれど同じ行為でも、相手が羽田だと特別に思えてしまう。

 これはきっと夏の暑さのせいじゃなくて、人を狂わせてしまう恋という病のせい。


「しましたよ、間接キス!」

「どうだった?」

「……かっ、間接じゃ、足りないかも、なーんて……」


 茹蛸みたいに顔を真っ赤にして、羽田が私を見つめる。

 可愛すぎて、愛おしすぎて、本当に狡い。


「間接でそんなに赤くなる羽田には、これで十分なんじゃない」


 さらっとそんな言葉を口にして、羽田の額を軽くつつく。


「行くよ。お腹空いたし」


 必要以上に羽田の顔を見ないようにして、さっさと歩き出す。先輩! と慌てた羽田が追いかけてきて、また私の手を握った。





「で! 夏休みのプランなんですけど!」


 ハンバーガーとドリンク、そしてポテトがテーブルに運ばれてきたタイミングで、羽田がそう切り出した。

 羽田が見せてくれたスケジュールアプリには、私の分まで夏期講習の予定がしっかりと登録されている。


「先輩は夏期講習以外の予定はないんですよね?」

「まあ……」

「ということは、この予定が入っていない日はいつでも遊べるわけですね」

「……羽田も予定、ないの?」


 私と違って、羽田は友達も多い。夏休みの予定なんて大量に入っていてもおかしくないのに、羽田はどや顔で頷いた。


「先輩が1人で寂しい思いをしていると思って、全部先輩のために空けてあげてるんです!」

「そう」

「あー! またリアクション薄いですよっ、もう」


 溜息を吐いて、羽田がハンバーガーにかぶりついた。ソースが口についたところを見られたくないのか、一口食べるごとに口元を拭いている。


「お祭り以外だと先輩、なにしたいですか?」

「……特には」


 羽田と一緒なら、なんだって楽しいから。

 という本音は口にせず答える。羽田は頬を膨らませて、まったく先輩は、と拗ねた顔を作った。


「せっかくの夏なんですから、夏っぽいことしましょう。というわけで、私から第一弾の提案があります」


 にっこりと笑って、羽田は右手の人差し指を一本立ててみせた。


「夏といえば、プールです! 先輩、私とプール、行きません?」


 脳内に、水着姿で笑う羽田の映像が流れ込んでくる。

 その瞬間、私の頭の中から、全ての思考が消し飛んでしまった。


「行く。絶対行く」

「えっ? 嫌がられると思ったんですけど……先輩前のめりですね? プール、好きなんですか?」


 プールは別に好きじゃない。羽田の水着姿が見たいだけ。

 なんて不埒な考えを悟られるわけにはいかない。私はレモネードを一口飲んで、適当な言い訳を口にした。


「どうせ出かけるなら、涼しい場所がいいだけ」

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