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第11話 無敵ってこと

「うーん……どうしましょう、先輩。塩とキャラメル、どっちが好きですか?」


 映画館の売店の前で、羽田は真剣な表情で悩んでいる。

 日頃ダイエットに気を遣っている羽田も、映画を観る時にはポップコーン、という定番は守りたいらしい。


「私は塩かな。でも別に、どっちも食べるよ」


 そもそも、ポップコーンを食べる機会というものはそれほど多くない。前回はいつだっただろうかと記憶を少し遡ると、苦くて甘い日にたどり着いてしまった。

 あの日は確か、キャラメルを食べたんだっけ。


「先輩? どうかしました?」

「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃっただけ。悩むなら、半分ずつにする?」


 Mサイズまでのポップコーンはどちらかの味を選ばなければならないが、Lサイズであればハーフアンドハーフが選べる。

 2人で食べるなら、多すぎるということもないだろう。


「はい! ペアセットにしましょうよ」

「うん。ドリンクは?」

「黒烏龍茶にします」


 頷いて、注文カウンターへ進む。少し悩んだけれど、私はコーラを注文することにした。ポップコーンにはコーラかな、と思ったから。

 どうやら私も、羽田と映画デートという状況に浮かれているらしい。


「あっ、ちゃんと半分払います」

「いいよ。チケットもらっちゃったし」

「でも……」

「いいから」


 先輩だから、という理由で、羽田との交際費を常に支払うほどの余裕はない。それでも年上として、たまには見栄を張りたくなってしまう。


「じゃあ、ありがたく甘えちゃいますね、夏鈴先輩」

「うん」

「映画、楽しみですね。かなり評判がいいらしいですし!」


 それに、と小さい声で囁くと、羽田がいきなり身を寄せてきた。

 背伸びをして、私の耳元に口を寄せる。


「暗い映画館なら、先輩にいっぱい甘えられちゃうかも、ですね?」


 私を悩殺するような台詞を自分から言ったくせに、恥ずかしがって赤くなるのが羽田の狡いところだ。

 両手でポップコーンがのったトレイを持っていなければ危なかった。


「上映中は静かにね」


 冷静な返しに、羽田が溜息を吐く。拗ねたような顔で、分かってますよ、と言った羽田も、暴れたくなるくらいに可愛かった。





「……っ!」


 隣に座る羽田が、声を押し殺して息を呑んだのが分かった。

 甘えちゃうかも、なんて期待させておいて、羽田は真剣に映画に集中している。


 今スクリーンに映っているのは、結婚前夜に花嫁が親友から告白されているシーンだ。

 花嫁はずっと親友が好きだったが、女性同士であることから恋を諦め、同僚の男性と結婚することになった。

 しかし実は幼馴染も花嫁のことが好きで……ということが分かる、序盤のシーンである。


『……なんで今さら、そんなこと言うの? 私、明日結婚式なんだよ?』

『言って、終わりにしようって思ったの。貴女への恋を忘れるために、振られようって』


 見つめ合った2人の顔が、ゆっくりと近づいていく。2人の唇が重なった瞬間に、羽田が息を吐いた。

 そして場面は切り替わり、ラブホテルのシーンが始まる。無言のまま性急に求め合うラブシーンは、なかなかに激しい。


 羽田はどこまで想像して、私のことを好きだと言っているのだろう。

 手を繋いでデートをするだけ? キスは? それ以上のことは?


 羽田の恋心は私みたいに汚い欲望から始まったものじゃなくて、きっと尊敬や憧れ、友情あたりから派生した感情だろう。

 それを忘れて、欲を押しつけるようなことがあってはならない。


 ラブシーンが終わって、新郎が映る。なかなかやってこない花嫁に焦る新郎を見ながら、羽田はポップコーンに手を伸ばした。


 映画に集中してても、ポップコーンのことは忘れないんだ。


 困ったものだ。また1つ、羽田の可愛いところを見つけてしまったなんて。





「めーっちゃ、よかったですよね!?」


 映画が終わると、羽田はハンカチで涙を拭いながらそう言った。羽田以外にも、泣いている客は結構いる。

 泣きはしなかったけれど、私の目もかなり潤んでいるだろう。


「悪い人がいなかったからこそ辛かったというか……。いやまあ、主人公が一番悪いんでしょうけど……」


 主人公である花嫁は結局、結婚式を欠席する。その後親族とすら連絡をとらず、親友の家に引きこもり、2人だけの甘い日々を過ごす。

 行方不明になった花嫁を新郎は本気で心配し、警察沙汰にまで発展した挙句、改めて花嫁が新郎を振るというストーリーだった。


 新郎が嫌な奴であれば、もう少しすっきりした気持ちになれただろう。だが、新郎は花嫁を心の底から愛しており、誠実で哀れな被害者だった。


「でもやっぱり、好きなんですもん。そればっかりは、どうしようもないですよね」


 他の誰を傷つけても、何を失っても、親友が好きなのだと主人公は気づいてしまった。その時点でもう、結末は決まっていたのだ。


「……羽田だったらどうする?」

「え?」

「もし結婚式前日に、好きな人から告白されたら」


 羽田はきょとんとした顔でまばたきを繰り返し、無邪気な顔で笑った。


「私は最初から、好きな人としか結婚なんてしませんから!」


 食べ終わったポップコーンのゴミを捨てて、羽田が真っ直ぐに私を見つめる。


「だから私、好きな人は絶対に落とすって決めてるんです。夏鈴先輩、覚悟しててくださいね」

「……なにそれ」


 本当は言葉の奥にある感情にとっくに気づいているのに、とぼけてそんな言葉を口にする。

 それでも、羽田はめげない。これもいつものことだ。


「私は可愛い上に一途で努力家なので、無敵ってことです!」

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