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第10話 ご褒美

「先輩……」


 昼休みにいつもの場所で羽田を待っていると、情けない顔をした羽田が入ってきた。その手には、見慣れた1枚の紙がある。

 私も今朝、ホームルームの後にもらった。成績通知表だ。


 無言のまま、羽田が成績通知表を見せてくれる。

 そこに記載されていた順位は、31位。


「ちょ、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、足りなくて……」


 羽田の目標は、30位以内に入ることだった。ギリギリ目標の順位を達成することはできなかったが、羽田が頑張ったことに変わりはない。

 それでも羽田は涙目になって、なにかを訴えるように私を見つめている。


「……頑張ったね、羽田」

「でも、30位以内に入れませんでした」

「それはそうだけど。よくやったと思うよ」


 褒めれば、いつもならすぐにどや顔で胸を張る羽田が、今日は相変わらず落ち込んだままだ。

 そんなにご褒美が欲しかったのかと思うと、いじらしい羽田が可愛くてしょうがない。


「ねえ、羽田」

「なんです?」

「ちなみに私は、1位だったんだけど」

「自慢ですか!? このタイミングで!?」


 夏鈴先輩さすがに酷いです! と羽田がわめく。


「自慢じゃないけど……1位だったから、ご褒美くれる?」


 羽田の顔に笑みが広がっていく。また羽田に甘くしてしまった、と思うけれど、こんな笑顔を見せられたら、これしかなかったのだと断言するしかない。


「ご褒美って、なんですか!?」


 期待に満ちた目で見つめられたら裏切れない。これ以上はやめた方がいいと分かっているのに、一歩、また一歩と羽田に近づいてしまう。


「浴衣で、私と一緒に夏祭りに行ってくれない?」


 羽田がこれでもかというほど口角を上げて、飛び跳ねて笑う。揺れる髪も、香水の匂いも、めくれてしまいそうなスカートも、全部が愛おしい。


「先輩っ!」


 勢いよく羽田が抱き着いてくる。ほんの少しバランスを崩してしまいそうになったけれど、壁に手をついてなんとか防いだ。


「私、新しい浴衣買います! 先輩、何色がいいですか?」


 なんでもいいけど、なんてひねくれた答えをしてしまったら、羽田の浴衣の色を決めるという千載一遇の好機を失うことになる。

 だから、それはできない。


「……黄色」

「分かりました。先輩って、本当に黄色好きですよね。ネイルも、黄色がいいって言ってましたし」


 相変わらずレモンカラーの爪を見て、羽田が嬉しそうに笑う。

 私は別に、黄色が好きなわけじゃない。羽田に黄色が似合うだけだ。

 華やかで、明るくて……幸せを象徴するような色だから、羽田に似合うだけ。


「先輩はそうですねぇ……白い浴衣が似合うと思います!」

「私、新しい浴衣を買うなんて言ってないけど」

「でも先輩、新しいの買うでしょ?」


 幸せそうな笑顔で見つめられたら、首を横に振ることなんてできない。

 どうせ私は今年の夏、初めて浴衣を自主的に買うのだろう。


「……なんで、そう思うわけ?」

「だって先輩、結構私のこと好きじゃないですか! ね?」


 結構好き、なんてレベルで済んでいたら、どれだけ楽だっただろう。


「調子に乗り過ぎ」

「乗りますよ。だって先輩が、夏祭りデートに誘ってくれたんですから」


 羽田が自然な動作で私の手をぎゅっと握る。そのまま、甘えるように私の肩へ頭をのせてきた。


「……夏鈴先輩」

「なに?」

「だぁいすき」


 今すぐ抱き締めたい衝動を必死に抑え、ありがとう、と冷静に返す。

 きっと室内の気温があと5度高かったら、私は羽田を押し倒していただろう。





「先輩。今日、一緒に映画観て帰りません? 昨日、お兄ちゃんからチケットもらったんです」


 放課後になるとすぐ、私の教室にやってきて羽田がそう言った。

 彼女の手には、映画館の無料チケットがある。


「……もらったんじゃなくて、買ってもらったんでしょ?」

「もらったんです! たまたまですから、本当に!」


 羽田が分かりやすい嘘をつく。この手の誘いは初めてじゃない。

 彼女には兄が2人いて、どちらも彼女のことを溺愛しているのだ。


「私の分は払うから」

「いいですって! もらったんですから!」

「……せめて今度、お礼言わせて」

「だめです。先輩のこと、お兄ちゃん達に会わせたくないので!」


 写真を見せてもらったことがあるが、羽田の兄達はかなりのイケメンだった。まあ、羽田と同じ遺伝子なのだから、当然だろう。

 羽田はそんなイケメンの兄達に、絶対私を会わせようとしない。


 私は、羽田しか見てないのに。


「じゃあ、私がお礼言ってたって、ちゃんと伝えてね」

「はい! お礼を伝えるために、あとで一緒に写真撮りましょうね!」

「羽田が撮りたいだけでしょ」


 呆れながら、羽田からチケットを1枚受けとる。

 現在上映中の映画を思い出そうとしてみたけれど、全く思い浮かばなかった。


「ねえ。映画、なにか見たいやつでもあるの?」

「これです!」


 羽田が見せてきたスマホに表示されていたのは『結婚前夜』というタイトルのラブストーリーだった。

 結婚式前夜に、花嫁のことをずっと好きだった幼馴染が告白してくる、というストーリーである。

 別に、とりたてて目新しい話ではない。ただ問題なのは、これが女性同士の恋愛を扱った作品である、という点だ。


「先輩と一緒に見たいなって、ずっと思ってたんです。いいですよね?」


 予告を見たことがあるから分かる。

 これは、がっつり女性同士のラブシーンがある映画だ。


 それを見るの? 私と羽田が、2人で?


「ほら、行きましょ、夏鈴先輩」


 羽田が私の手を強引に引く。その手のひらは、いつもよりほんの少し湿り気が多い気がした。

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