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第1話 羽田栞は学校1の美少女である

「せーんぱい、また今日も1人なんですか?」


 南校舎四階図書室横の図書準備室。私が見つけた安息の地。

 そこに毎日毎日、飽きもせず彼女はやってくる。そして私を1人だとからかう彼女が、誰かをここへ連れてきたことは一度もない。


夏鈴かりん先輩って、本当友達いないですよね。去年まではずっと、お昼も毎日1人だったんですもんね?」

「……まあね」

「先輩って本当人見知りですよねぇ。だめですよ? これからの社会、コミュニケーション能力って大事ですから!」


 呆れたような表情を取り繕う彼女の瞳が喜びで輝いていることくらい、私はとっくに気づいている。だから後輩にしては失礼な物言いも、正直なところ全く気にならない。

 それでも彼女は私が黙ってしまうと、不安そうな目で私を見つめるのだ。


 可愛い。


 呟いてしまいそうになるのを我慢して、自動販売機で購入したばかりの烏龍茶を飲む。夏が近くなってきて、昼休みになる頃には、家から持ってきた水筒は空になってしまった。


 彼女は―――羽田はだしおりは、狭くもない部屋でわざわざ私の隣に腰を下ろした。ふわり、と香る甘い匂いは、きっとどこかのブランドの香水によるものだろう。

 羽田はいつも、昼休みに強い香りを放っている。わざわざ、私に会う前に香水をつけなおしているからだ。

 それだけじゃない。ご飯を食べる前なのにリップを塗なおしたばかりの唇はぷるぷるで、噛みつきたくなるほど魅力的に見えてしまう。


「ねえ、先輩、これ知ってます?」


 羽田がお弁当袋から取り出したのは、抹茶味のチョコレートだった。期間限定、とパッケージに書かれているから、きっと新商品なのだろう。


「先輩って、抹茶好きですよね。たまたまクラスメートにもらったので、あげます」

「……たまたま?」

「私って、先輩と違って友達も多いですし、めちゃくちゃモテるので! お菓子もらうくらい、よくあることなんですよ!」


 羽田は嘘をついてはいない。明るい彼女は学年のみんなから慕われているようだし、入学してから既に何度も男子から告白されている。

 でも、私は知っているのだ。駅前のコンビニで今朝、彼女がわざわざこのチョコレートを買っていたことを。


「そう。ありがとう、羽田」


 私がチョコレートを受け取るだけで、羽田はすごく幸せそうな顔をする。けれど恥ずかしいのか、小さな唇をきゅっと結んでいるのが、なんとも言えないほど愛らしい。

 色素の薄いボブヘアは常にさらさらで、くりくりの大きな瞳の上の瞼にはいつもきらきらの化粧が施されている。

 なにより私の手のひらより小さいのではないかと思ってしまうほどの小顔が、彼女が圧倒的な美少女であることを示している。


 羽田は間違いなく、この学校で一番の美少女だ。

 なぜなら羽田は、この世界で一番可愛いから。


 思いを封じ込めるように息を吸って、弁当箱を開けた。栄養バランスがしっかりと考えられた弁当は、几帳面な母親の性格を反映している。

 ちら、と羽田の弁当へ視線を向けると、相変わらずの少量だった。ただでさえ華奢なのに、夏に向けてダイエットをしているのだという。


 私は別に、ちょっとくらいぽっちゃりしてても好きだけど。


 なんて言えば、羽田はダイエットをやめるんだろうか。気になるけれど、試してみることはできない。


「……夏鈴先輩」

「なに?」

「今日の放課後って、空いてますか? 可愛いカフェを見つけたので、よかったら一緒にどうかなって!」


 羽田に見せられたスマホには、いかにもイソスタ映え、というカフェの写真が表示されていた。

 パステルピンクとパステルブルーで構成されたメルヘンな内装に、着色料だらけの甘ったるそうなケーキ。

 食欲をそそられるものではないが、確かに可愛いと思う。羽田がその空間にいれば、なおさら。


「……こういうイソスタ映えみたいな店、他の子と行った方がいいんじゃない? 私、写真撮るの下手だよ」


 本当は誘われて嬉しいくせに、私はいつもこんな返事をする。

 羽田は一瞬だけ悲しそうな表情をした後、すぐに自信たっぷりな笑顔を作った。


「私は超可愛いので、写真下手な先輩でも大丈夫なんですよ」


 にっこりと笑って、羽田は胸に手を当てた。確かに、羽田は超可愛い。私の写真技術が不足していたとしても、被写体が彼女であれば、きっと事故画像なんてものは存在しないのだろう。


「そ、それにここ、映えだけのお店に見えますけど、意外とコーヒーは本格的で美味しいって評判なんですよ? しかも駅と直結したビルに入ってるので、外を歩く必要もないですし!」


 だから、お願い、先輩。断らないで。


 泣きそうな羽田の声が聞こえた気がして、私は降参した。

 結局のところ、私は中途半端な女なのだ。


「いいよ。放課後、暇だし」


 嘘。本当は暇じゃなくたって、羽田のためならいくらでも時間を作りたい。

 だって私、羽田が大好きだから。


「本当ですか?」

「うん」

「やったー! じゃあ先輩、今日は……」


 軽く息を吸い込むと、羽田は少しだけ赤くなった顔で私を見つめてきた。


「放課後デート! ですね?」

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