6話 村での生活
シェリーに案内されて、村長宅の廊下を進むディラン。廊下の端の部屋の前で彼女が振り返る。
「おじ様は、この端の部屋を使って下さい。この隣の部屋が私の部屋で、この向かい側の部屋がお祖父様の部屋になります」
「ああ、ありがとう」
(しかし今更だが、年端もいかない娘さんと同じ屋根の下で暮らすのは本当にいいのか……いや、俺は問題を起こす気はもちろんないのだが)
誰とも分からぬ者に言い訳のようなことを考えるディラン。
「取りあえず、中へどうぞ」
そう言って扉を開くと、質素ながら綺麗な部屋が広がっていた。大きなベッドと、木製の棚、小さな丸い机と椅子が置いてあった。
「この部屋は?」
「ここは、私の両親の使っていた部屋です。使う人がいなくなったけど、掃除はちゃんとしてるので安心してください。誰かが使うことはまだ考えてなかったので、ほとんど何も置いてないんですが、何か必要な物があれば言ってくださいね」
努めて笑顔で話してくれるシェリー
(亡くなった両親の部屋だったのか)
「いいのかい?こんな見ず知らずのおじさんが使っても」
「はい、大丈夫ですよ。恩人のために使っていただけるなら、父も母も喜んでくれると思います」
「そうか、それなら……御両親にも感謝して使わせていただくよ」
「いえ、感謝するのは私たちの方ですから」
微笑みながら返してくれるシェリーの表情を見て、この娘の中で両親が亡くなった事への心の整理はもうできているのだと感じた。
(強い子だ……)
「では、私はこれからご飯の用意と、湯浴みの準備をしてきますね。用意が出来たら声をかけにくるので、それまでゆっくり休んでて下さい」
「いや、それなら俺も何か手伝う…『いいえ、おじ様はお客人なのです。手伝いたいと仰るなら、今は休んでいてください』…ょ、おう」
シェリーに食い気味にピシャッと休むように言われる。こうまで言われれば、もう休むしかないと諦めるディラン。
「わかった。お言葉に甘えて、休ませていただくよ」
「はい、あ、お手洗いはそこの部屋ですよ」
そう言い残して、シェリーはもと歩いてきた廊下へ去っていった。
部屋に一人残ったディラン。改めて部屋の中を眺めると、棚の上に額に入った絵を幾つか見つけた。
(シェリーと、御両親か?今よりもっと小さい時にシェリーが描いたんだろうな)
「これからの思い出だって、いっぱい作りたかっただろうに……」
そう小さく呟き、眼を閉じて絵に描かれているシェリーの両親に黙祷を捧げた。
「しばらくの間、このお部屋をお借り致します」
ゆっくり眼を開け、ベッドの方へ向かう。そこで自分の身体や服を見て気づいた。
(結構汚れてるな、身体もベタついて気持ち悪い)
「汚れたままベッドを使うのもな……湯浴みの準備と言っていたが、この世界にも風呂があるのか?」
(とりあえず、ちょっと散策に出てみるか……)
扉を出て、シェリーの去って行った方へ進み始める。
「休むと言った手前、ウロウロしていて良いものか?いや、手伝う訳ではないし、散歩するだけなら問題ないだろう」
一人、ぶつぶつと言い訳を口にしながら歩き出す。
ふと窓の外を見ると、近くの川から引いた水を大きな桶に溜めてあるのが見えた。その桶の下に石窯の様なものがあり、シェリーがそこに薪を焚べている。
(なるほど、川から引いた水を温めて風呂や掛け湯として使うのか)
ディランはそのままシェリーの近くに向かうと、薪が焼け、パチりと弾ける音が耳に入る。
「こうやってお湯を使うんだな」
シェリーがハッと振り返り、少し驚いた表情を見せたが、すぐに「もう」といった様子で口を開く。
「おじ様、休んでいるとおっしゃってましたよね」
「まぁ、そう言ったんだが……汚れたまま部屋で休むのもなぁ」
「確かに、そうですね。おじ様一人分のお湯ならもう準備出来てますから、今から湯浴みをして来ますか?」
シェリーはディランの汚れた服や顔を見て納得した様子だった。
「ああ、泊まらせてもらうってのに厚かましいが、入らせてもらってもいいかな?ついでにこの服も洗いたいし、どこかで着替えの服とか貸してもらえるだろうか?」
「洗濯でしたら、まとめて洗いますから、置いておいてくださいね。服も、私の父の服でサイズが合いそうなものを後でお持ちしますから」
「本当にすまん、手元に何も無くてな、お金も……あっ」
(まずいな、カレドニアって所に行くにしても路銀も何も無いじゃねぇか!どうにか稼ぐ方法を考えないと)
口を開けたまま止まっているディランを、首を傾げながら見るシェリー。
「おじ様?」
「ああ、悪い。現実に打ち拉がれそうになってた」
「??」
更に首を傾けるシェリー。
「あと、湯浴みをされるならあっちですよ。家の中に戻って、廊下をぐるっと回っていただければ大丈夫です。中に入ったら、お湯の流し口の下に水栓があるので、それを回すと、このお湯が流れるようになってます」
「なるほど……とにかく、入ってみるよ」
言われた通りに家の中の廊下を進み、浴室に到着した。その扉を開け、服を脱いでいく。
浴室の中は木の板で作った床が敷いてあり、石を削って作った湯釜があった。
その湯釜の淵に、さっきの釜から引いてきた吹き出し口があり、横に水栓が付いている。
「これを回すと、湯がでるのか?」
ゆっくりと栓を回す……少ししてから吹き出し口の方からお湯が出始める。
「おお、ちゃんと温かい」
(魔導具が無くても、こうやって生活のために工夫していけるんだな)
自分のいた世界では魔導具の力ですぐに水や火を生みだすことができていた。ここに来て、不便さは感じるも、それを補うための考えや、新しいものに触れて感動を得ていた。
湯船に身を沈めると、身体の芯から温もりが広がっていく。
「っぁ゙あ゙……生き返るわぁ」
じわじわと、染み渡る心地良さと幸せな時間を過ごした。
しばらくして、浴室の外から人の気配を感じ……
「おじ様、身体を拭く布と着替えを置いておきますね」
「ありがとう、もう少ししたら上がらせてもらうよ」
「わかりました。食事の用意もすぐに始めるので、部屋で待ってて下さい」
「わかったー」
返事をして、湯船から天井をボーっと眺めながら考える。
(俺は、どうしてここに来たんだろうな……帰れるんだろうか?現状は訳が分からんことばかりだが、これからどうすりゃいいんだろうか……)
「ああ、止めだ!考えるのは性に合わん」
ザバァッ
湯釜から上がり、脱衣所へ向かう。
シェリーが用意してくれた布で身体を拭き、着替えて部屋に戻る。
父親の服と言っていたが、幅広で伸縮性もあり、着心地も肌触りも良かった。
(この生地も見たことがないな、窮屈な感じもしないし、寝間着としては最高だな)
「っふふ」
(分からない事だらけだが、見るもの触れるものが新鮮なものばかりで楽しいもんだな)
見知らぬ環境に不安も感じるディランだが、自分の知らないものと出会うことが楽しくて、思わず笑みをこぼしていた。




