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57話 並び立つ焔

 ――チュチュリーゼの店を出たディランは、フラムの後を追った。


「おい、フラム!そんな逃げるように出ていかなくてもよかっただろう」


「なんでついてくるのよ」


 フラムはディランを睨み付ける。


「なんでって、この盾……直してくれるようにお前が頼んでくれたんだろ?」


「別に、チュチュとヴォスさんなら、それで何か作り直せると思っただけよ」


 そう言って、前を歩くフラムに歩み寄り、ディランは彼女の腕を引いた。


「待ってくれ……ちゃんと礼ぐらいさせてくれ」


 腕を引かれ、振り向いたフラムはディランの真剣な表情に何故か顔が熱くなった。


「そ、そんな改まって感謝されるようなことじゃないわよ……」


「お前は、これが俺の使ってた物だと思ったから、修理を頼んでくれたんだろ?」


「それは……」


 フラムは言葉を詰まらせる。

 クローベアの討伐された場所に、不自然に捨てられていた盾の残骸を見て、もしかしたらとは思っていたから……


「短い付き合いだが、お前がそういう気遣いをわざわざ表に出さないやつだってことくらいは、わかる」


「……」


「それに、この盾は、何度も死線を潜り抜けた相棒なんだ……こうして、もう一度この手に握れるなんて、思っていなかった」


 掴んでいた腕を離し、静かに続けた。


「ありがとう、本当に感謝している」


「――っ!」


 それだけの言葉で、胸の奥で何かが弾けた。


 (なによ、これ……嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でもよくわからない)


「あ……うぅ」


 耳まで真っ赤になり、視線を泳がせるフラムの顔を、ディランは心配そうに覗き込んだ。


「おい、大丈夫か!?」


「だ、大丈夫よ!なんでも……ないから」


 そう言って、フラムはディランの胸を軽く押し返した。


「それより、その盾……ちゃんと使いなさいよね。せっかく直してもらったんだから」


「ああ、もちろんだ」


 ディランは盾を握り直しながら、深く頷いた。

 そして、数歩進んだところで、ディランが静かに口を開いた。


「そう言えば、ローレンス家で、迷い人の資料を見せてもらったぞ」


 足が止まる。


「……何かわかったの?」


「カルディナは、やっぱり俺と同じだった。それに……教国の連中のことも」


 ディランの纏う雰囲気が、少し冷たくなった。


「教国が、迷い人とも関係があるらしい」


 フラムはゆっくり振り返った。


「教国……それで、あんたはどうするつもりなの?」


 ディランは感情を抑えながら静かに告げた。


「確かめに行く」


「確かめるって……教国に行くつもり?」


「ああ」


 即答だった。


「まさか一人で行くつもり?あの国の治安だってよくわからないのに、危険すぎるわよ」


「それでもだ」


 その目に、揺らぎはない。


 フラムは一瞬だけ視線を落とし、深く息を吐いた。


(ああ、もう……)


 この男を放っておけない……そう思った。


「なら、あたしも行く」


 顔を上げる。


「何をするつもりなのかはわからないけど……一人よりマシでしょ」


「フラム……」


「それに、教国の連中には教会での借りもあるし」


 正直、フラムが一緒に来てくれるのであれば、ディランにとっても心強かった。


 しかし、ディランはゆっくりと首を振る。

 

「……気持ちはありがたいが、危険だとわかってるのにお前を連れて行くわけにはいかない」


「……だからよ、危険だとわかってるのに一人では行かせられない」


 二人の意思がせめぎ合うように視線が交わる。


 その時だった。


 街道の向こうから、歩み寄る男の姿が見えた。


「ディラン様」


 男の胸にはローレンス家の紋章があしらわれていた。

 

「依頼されていた情報が集まりました。後ほど、商業ギルドの方へお越しください」


 それだけ伝えると、使者の男は頭を下げて街道の方へと消えて行った。


「……」


 ディランは男の去って行った方を、しばらく無言で見つめていた。


「いつまでそうしてるつもりよ?早く行くわよ」


 フラムはそう言うと、商業ギルドの方へと歩を進めはじめた。


「いやいや、待てってば!俺一人で行くって言ってるだろ」


「しつこいわね、あたしも行くって決めたんだからつべこべ言わないで」


「なっ……」

 (ったく、言い出したら聞きゃしない……)


 ディランは小さく息を吐き、結局その後を追った。


 ――商業ギルドの建物に入ると、すでにローレンス家の使者が待っていた。


「こちらへどうぞ」


 案内された応接室には、既にヴィーデンリッヒが待っていた。


「お久しぶりです……お連れの方がいらっしゃるようですが、よろしいのですか?」


 ディランはフラムへと視線を向ける。


「……ああ、彼女も俺の"事情"は知っている」


「承知いたしました。では、これからお伝えする情報についてですが、教国内部に独自の貿易網を持つ商人から得たものになります……他言なさらぬよう、お願いいたします」


 ヴィーデンリッヒの有無を言わさぬ視線に、フラムの表情がわずかに強張る。


「……商人?」


「はい。どうやらその商人は、とある伝手から人身売買によって人を集めて教国に売り捌いているようでした」


 その言葉だけで、ディランとフラムの視線が険しくなる。

 

「そこで教国に引き渡された人間たちは、教国の"ある研究"のために利用されるのだと、その者から情報が得られました」


 ヴィーデンリッヒは淡々と告げる。


 教会での光景が、ディランたちの脳裏に蘇る。


 魔人。

 魔獣。

 人の形を歪めた存在。


「目的は?」


 ディランの問いに、ヴィーデンリッヒは首を振った。


「推測ですが……教国の理念を考えれば、マナに関わる研究のためかと」


 室内に沈黙が落ちる。


「……マナ、ね」


 フラムが呟く。


 ディランは視線を向けた。


「教国がマナを信仰してるのは聞いたが……そもそも、マナについてどう理解してるんだ?」


「急にどうしたのよ」


「いや、教国がマナに執着する理由が知りたいんだ」


 フラムは腕を組み、少し考える。


「昔は、この世界にもマナは溢れていたらしいわ」


「溢れていた?」


「ええ。でも、ある時から急に枯渇したって話。詳しい理由は誰も知らないのよ」


 肩をすくめる。


「少なくとも、教国はその辺りの事情に関わりがあるのかもしれないな……」


 ディランは静かに頷き、考え込む。

 (マナの枯渇……それが人体実験に関係している?)


 フラムの視線が鋭くなる。


「他に教国の情報はないの?」


「マナウルス教国の内情についても探ってみたところ、教国の中心部、その地下に研究施設があることは掴めました。しかし、そこから先の調査は我々ではどうにも……」


 ヴィーデンリッヒは申し訳なさそうに視線を落とす。


「いや、十分だよ。教国がマナの研究のために人を集めて実験をしている確証を得られた」


「だけど、それがわかったところでどうするのよ?教国の中心部に潜り込むつもり?」


「……流石に研究施設には潜り込めないだろう。だが、教国内部に入れば、奴らがマナに執着する理由がはっきりするかもしれん」


「お待ちください」


 二人様子を見ていたヴィーデンリッヒが口を開く。


「ローレンス家としましても、この問題について警備隊やクロイツ教会と協力して調査に当たるべきだと、ルディ様が判断なされました」


「そうなのか?」


「ええ、クロイツ教会の件やカレドニアでの子どもの失踪事件の黒幕がマナウルス教国であるのならば……それは他国への侵攻行為と同義となります」


 (教国がマナの研究のために他国の人間を攫っているのなら、それを見過ごす道理はない……か)


「なるほど……」


「現在、ルディ様はカレドニア警備隊の隊長であるアルフテッド様と会談の最中でございます。クロイツ教会の司祭様には書状にて協力要請を依頼しているところでございます」


 ヴィーデンリッヒは真剣な面持ちでディランに向き直ると、深く頭を下げた。


「ディラン様……教国の暴挙から皆を守るため、どうかお力添えを願えませんか?」


 願ってもない申し出だった。


「ヴィーデンリッヒさん、頭をあげてください。もともと、教国についての情報を調べてもらったのは俺なんです……断る理由はありませんよ」


「良かった……ルディ様も喜んでくださるでしょう」


 ヴィーデンリッヒは、そっと胸を撫で下ろす。


「こちらこそ、もともと俺一人でも教国に潜り込むつもりだったから……心強い」


「それで、あたしたちはどう動いたらいいの?」

 

「待て、フラム。これだけ協力してくれる人がいるんだ、お前は行かなくてもいいだろ?」


「何言ってるの?これだけ大事になったら、もうあんただけの問題じゃないのよ……あたしだって教国のしてることは許せないんだから」


 フラムの言葉に熱が帯びる。


「あんたが何と言おうと、あたしも行く」


 フラムの言葉に、ディランは諦めたように肩を竦めた。


「フラムの強さは知ってるが……無茶するなよ?」


「それはこっちのセリフよ」


 この先に何が待っているのかはわからない――それでも、二人は教国へ向かう。

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