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55話 ラジムの研究

 ――マナウルス教国、地下研究室

 

「……協力してくれませんか!」

 ラジムの言葉が、被験体室の中で静かに響き渡る。


 だが、彼の言葉に対して誰も口を開かなかった。


 最初に沈黙を破ったのはイグニスだった。


「……協力しろ、だぁ?」


 低く、喉の奥から怒りを滲ませる。


「俺たちを攫って、鎖で繋いで、挙句に人体実験だの……そんな相手に協力しろってか?」


 鋭い視線がラジムを射抜く。


「都合が良すぎんだろ」


 ラジムは言い返せず、視線を床に落とした。


「……その通りです」


 かすれた声だった。


「僕は、あなた方をここに連れてきた側の人間です。許されないことをしているのも、分かっています」


 それでも、とラジムは顔を上げる。


 肩の震えは消えていなかったが、その瞳は真っ直ぐにイグニスを見据えていた。


「でも……それでも、見過ごせないんです」


 クリスが静かに口を開く。


「……あなた一人がそう言って、何か変わるの?」


 責めるようでもなく、感情を抑えた問いだった。


 ラジムは一瞬、言葉に詰まる。


「……正直に言えば、すぐに何かが変わるわけじゃありません」


 ラジムは小さく息を吸う。


「けれど、あなた方のようにマナに適性を持つ人たちが、ただ実験材料として非人道的な扱いを受けるのを……僕は黙って見ていられない」


 その言葉に、ティナが唇を噛んだ。


「じゃあ、私たちに何をさせるつもり?」


「それは……あなた方、マナに適性を持つ人間の体について調べさせて欲しいのです」


 ラジムは小さく続ける。


「も、もちろん、調べると言っても少し血液を採取させていただく程度です……解剖したりはしませんから」


「当たり前だろっ!解剖なんかされたら死んじまうじゃねぇか!」


「ひっ!すみません!」


 イグニスの剣幕に頭を抱えて縮こまるラジム、その様子を見てクリスが溜め息を吐いた。


「はぁ……イグニス、そう何度も怒鳴らないで、話が進まないじゃない」


「な、俺が悪いのか?」


「……ラジムさん、あなたが仰っていることが本当かどうか、私たちにはわかりません。ですが、こうして捕らえられている以上、他に選択肢が無いのも事実です」


 真剣な表情でティナは続けた。


「非人道的な実験がこれ以上行われないのであれば、私は協力いたします……二人はどうしますか?」


「ティナ……ええ、私も協力するわ。イグニスも、いいわね?」


「ちっ……わかったよ」


 こうして三人は、ラジムの研究に協力することを決めた。


 ――それから数日


 三人の拘束は解かれていた。


 正確に言えば、生活環境は限定され、研究室と被験体室を往復する生活を送っていた。


 だが、両手を縛る鎖が無いだけでも身体の感覚は大きく違っている。


 地下研究室の一角。

 簡易的に整えられた小さな実験室に、三つの寝台と一基の装置が置かれている。


 円筒状の本体から透明な管が何本も伸び、脇のモニターには待機状態の数値が並んでいた。


「これが……検査装置?」


 ティナが静かに問いかける。


「体外血液循環検査装置です」


 ラジムは淡々と答えた。


「血液を一度、体の外に循環させます。その状態で魔法を使ってもらい、マナの反応を直接観測する」


 説明は簡潔だった。


「採取量は三百から四百ミリリットル。循環式なので、完全に抜くわけではありません」


「体の外で循環させるって……大丈夫なのか?」


 イグニスが不安そうに呟く。


「体重によって体外循環に必要な血液量は調整しますが、体調を見ながら慎重に行いますよ」


 ラジムは視線をモニターに向けたまま続けた。


「目的は、血液中のマナと反応する因子の特定。あなた方の体内では、魔法使用時にだけ活性化する要素が確認されています」


 クリスが問い返す。


「それを調べて、どうするの?」


「抽出できれば……マナに適性を持たない人間へ投与することで、同様の反応を起こせる可能性があると考えています」


 一拍置いて、付け加えた。


「まだ仮説段階ですが」


 クリスたちは静かに顔を見合わせる。


「いいわ、早く済ませましょう」

 そう言って、クリスは寝台に横になった。


 腕に細い針が刺され、透明な管を通って血液が装置へと流れ込む。

 徐々に血液が抜き取られ、血の気が引いていくような感覚に襲われる。


「……気分は悪くないですか?」


「平気」


 短いやり取りの後、クリスは掌に小さく魔力を灯す。


 その瞬間、モニターの波形が僅かに跳ね、装置内部の循環液が淡く反応した。


 ラジムの視線が鋭くなる。


「……出ました」


 彼は感情を表に出さず、ただ記録を取り続ける。


 ティナはその横顔を見ながら、ぽつりと呟いた。


「……魔力って、こういうふうにマナと反応してたのね」


「まりょく?このマナと反応する因子はそう呼ばれているんですか?」


 ティナの呟いた言葉にラジムが振り向いて尋ねた。


「ええ、私たちは空気中のマナを取り込んで、それを体内の魔力と反応させて魔法を発動させているんです」


「なるほど……では、この魔力というものを抽出できれば……いや、そもそもどうやって魔力を体内で生成しているのか……」


 ラジムは思考の渦に潜りながら、研究にのめり込んでいった。


 それから、三人はラジムとマナと魔力について調べ続けた。


 定期検査と体外循環測定。

 空いた時間は割り当てられた居室で過ごし、簡素な食事が運ばれる。


 誰かに監視されているという感覚は常にあったが、露骨に干渉されることはない。

 彼らは被験体であると同時に、必要な協力者として扱われていた。


 ラジムは毎回、数値を確認しながら淡々と手順を進める。


 だが、測定が終わるたびに必ず体調を尋ね、異常値が出れば予定を即座に組み替えた。


「……お前、顔色悪いぞ」


 ある日、イグニスがそう言うと、ラジムは一瞬だけ黙った。


「あまり、睡眠が取れてないもので」


「寝る時間がないほど忙しいのか?」


「それは、まぁ……」


 ラジムは言葉に詰まったように言い淀む。


「気になっていたのですが、私たちの体を調べると言って実際に研究をされているのは、あなた一人だけのように思うのですが?」


 ティナの言葉にラジムは俯きながら答える。


「……他の研究員は、上からの……ゲルハルト様からの指示でイスフィールの世界から連れてきた方の人体実験をしているので」


「ゲルハルト?」

「おい、ゲルハルトって、トマト野郎のことか!?」


 クリスとイグニスがラジムに喰いかかるように声をあげた。


「うわっ!え、ええ……ゲルハルト・トマトマン様です。あの方が、イスフィールの調査と実験体の選定も行っていましたので」


「イスフィールの調査と実験体の選定……私たちの中に潜り込んでそんなことをしてなんて」


「ゲルハルト様がこの任に就かれてからは、あの方の判断でマナの転送地点を決めておられるので……」


「そんな……」


「あの野郎……許せねぇ」


 イグニスは苦虫を噛み潰したような顔で、怒りを滲ませる。


 彼の言葉の後、室内に重い沈黙が落ちた。


 装置の低い駆動音だけが、規則正しく響いている。


 クリスは拳を握り締め、俯いたまま歯を食いしばった。


 迷宮……侵蝕……マナの転送。

 断片的だった出来事が、一本の線として繋がっていく。


 ティナは胸の奥が冷えていくのを感じていた。


 自分たちは偶然捕まったわけじゃない。


 最初から、教国……ゲルハルトによって選ばれていたのだ。


「……ふざけてる」


 思わず漏れた声は、震えていた。


「人の世界に入り込んで、勝手に選別して、実験台にして……それで平然としていられるなんて」


 クリスも顔を上げる。


「迷宮も、侵蝕も……全部、あなたたちの都合でどこまで私たちの世界を踏み躙ろうって言うのよ」


 ラジムは答えなかった。


 否定もできず、ただ視線を落とす。


「ゲルハルト……」


 イグニスが低く唸る。


「あいつだけは……」


 拳が震え、歯を噛み締める音が微かに響いた。


「今すぐここをぶち壊して、あの野郎の首を……」


「やめてください」


 ラジムが、はっきりと遮った。


 三人の視線が一斉に向く。


「今のあなた方が、三人で教国に牙を剥くのは……自殺行為です」


 淡々とした言い方だった。


 だが、その言葉は現実だった。


「ここは教国の地下研究施設です。感情だけで動けば、確実に潰されてしまいます」


 イグニスは舌打ちをした。


「……じゃあ、黙って実験され続けろってのかよ」


 ラジムは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく首を振る。


「いいえ」


 静かな声だった。


「研究が、もう少し進んだ段階で……必ず、ここから逃げ出す方法を考えます」


 三人が息を呑む。


「約束できるんですか?」


 ティナが問いかける。


 ラジムは迷いながらも、はっきりと頷いた。


「はい……あなたたちは必ず助けます」


 それは確約というより、決意に近かった。


 クリスはしばらくラジムを見つめ、それから小さく息を吐く。


「……信じるしか、ないみたいね」


 イグニスは苦々しい表情のまま視線を逸らした。


 ティナは唇を結び、ゆっくりと頷く。


 怒りも、憎しみも、今は飲み込むしかない。


 三人は、復讐の機会を胸の奥に押し込みながら、ラジムの研究に協力し続けることを選んだ。

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