54話 カティアの魔法訓練②
――張り詰めていた空気が、ようやく緩み始めた頃。
カティアは、はっと我に返ったように胸元に手を当てた。
「……すごい」
思わず漏れた声は、震えていた。
剣がぶつかり合う音。
一瞬で二人の間合いが縮まり、そこから繰り広げられるギリギリの攻防を目の当たりにして、彼女の鼓動は高鳴っていた。
胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。
「……」
カティアは、きゅっと拳を握る。
(負けていられませんわ……)
イシュナンテが戻ってきて、剣を置くのを横目に見ながら、カティアはディランの方を向いた。
「ディラン様」
「ん?」
「……魔法の訓練、続きをお願いしますわ」
先ほどまでの、どこか浮ついた声音ではなかった。
はっきりと、前を見据えた目。
ディランは、その変化に気づき、わずかに眉を上げる。
「……さっきまでと気合いが違うな」
「はい」
即答だった。
「わたくしも、本気でやりますわ」
ディランは一瞬、イシュナンテとゼラルドの方へ視線を向け、
それから小さく息を吐いた。
「……なるほどな」
(二人の模擬戦を見て、この子なりに思うところがあったのか)
軽く肩を回し、カティアの正面に立つ。
「じゃあ、始めよう」
「はいっ」
「さっき言った通り、雷の流れを操ろうとするな。発動した瞬間に、どうしたいか方向性を決めるんだ」
カティアは深く頷き、再び目を閉じる。
意識を、指先へ。
――魔力を集める。
先ほどよりも、はっきりとした感覚。
胸の内で、ざわつく高揚を、無理やり押さえ込む。
(主人のわたくしが、浮ついた気持ちでどうしますの……っ)
次の瞬間。
パチッ、と乾いた音がして、青白い雷が、短く、まっすぐ前方へ弾けた。
「……!」
カティアは、思わず目を開く。
雷は、暴れることなく、数歩先の地面を焦がして消えていた。
訓練場に、一瞬の静寂が落ちる。
「……」
ディランが、ゆっくりと口を開いた。
「いいぞ、今の感じだ」
その言葉に、カティアの表情が、ぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですの!?」
「ああ、魔力の放出がうまく出来ていた」
カティアは、胸の前で小さく拳を握った。
(できた……少しだけ、ですけど……)
その横で、ゼラルドは静かに声を漏らした。
「手から雷を打ち出せるなんて……」
その表情は驚いていたが、ディランが難しいと言っていた雷の魔法を制御しつつあるカティアに感心しているようだった。
ディランは、喜んで瞳を輝かせるお嬢様のもとへ向き直る。
「よし、もう一度いこう。安定して使えるようにするんだ」
「はい……!」
カティアは、深く息を吸い、指先に意識を集中させる。
最初のうちは何度か指先で弾けてしまうこともあったが、数十回と繰り返すうちに安定して撃つことができるようになっていった。
「よし、お嬢さん、今日の訓練はこのぐらいにしておこうか」
「え?わたくし、まだやれますよ」
どうして?と言わんばかりにキョトンとした顔を見せるお嬢様に、ディランは苦笑しながら答えた。
「そんなに何度もやっていたら、魔力を消費し過ぎて倒れてしまうからな」
「魔力を……使い過ぎてはいけないのですね」
「ああ、特にお嬢様は魔法を使うのに慣れてないだろうから尚更しっかり休んだ方がいい」
「仕方ありませんわね……」
おもちゃを取り上げられた子供のような表情を浮かべて頷くカティアに、思わず笑みを浮かべてしまう。
「ははは、この世界にマナがある限り、毎日練習できるさ……しばらくは今日やったことの反復練習をするんだよ?」
「それだけですの?」
「そう、まずは同じことを繰り返して魔力とマナの扱いに慣れるんだ」
「魔力とマナの扱いに……その後はどうしますの?」
「その後は、本格的に雷魔法を制御する練習だな」
「わかりました。必ず魔法を使いこなしてみせますわ」
「よし、それじゃ今日はもう帰ろう……ゼラルドたちもお疲れ様」
「はい、お疲れ様です……出来れば久しぶりに手合わせしていただきたかったですが」
少し残念そうにゼラルドが言う。
「確かに、見違えるほど動きが良くなってたな。お嬢さんの訓練の合間に、相手してもらえるか?」
「もちろん、約束ですよ」
「ああ、楽しみにしてるよ」
――訓練場を後にし、ディランはカティアたちと別れて宿へと続く石畳を一人歩いていた。
その道すがら、さっきの訓練の様子を思い出す。
(……適性があるって言ってただけに、飲み込みは早かったな)
「あれなら、早いうちに雷の制御もできるだろうな」
焦らせず、基礎を固める。
身体強化の魔法を使うディランにとっては、基礎を集中的に教えるぐらいしかできないのが正直なところだった。
その魔法の訓練をするのと引き換えに、ローレンス家に協力してもらったこと……
(……マナウルス教国)
名前を思い出すだけで、言いようのない不快感が込み上げる。
これまで、迷宮で命を落とした仲間や家族の顔が、次々と脳裏に浮かぶ。
「俺たち、イスフィールの人間を巻き込んで、何がしたいってんだ……」
無意識に、拳を強く握りしめる。
(だが、教国を相手に俺に何ができる……やつらのことを調べたところで、一人じゃ何もできやしないってのに)
「せめて、第3小隊の皆がいてくれりゃ……」
第3小隊の仲間たちの顔が浮かび、ディランは小さく頭を振った。
「クリスやイグニス、ティナもついてるんだ、きっと大丈夫だ……俺はこれからのことを考えないとな」
誰に言うでもなく、ただ自分に言い聞かせるようにそう呟いた。




