53話 カティアの魔法訓練
――カレドニア・警備隊所有の訓練場。
朝の冷たい空気の中、石張りの訓練場にはすでに人の気配があった。
「ディラン様!準備は万端ですわ!」
声を弾ませて立っているのは、カティアだった。
いつもより動きやすそうな服装で、妙に気合が入っている。
「……まだ何から始めるかも決めてないんだが」
ディランは苦笑しつつ、彼女の足元から視線を上げた。
その少し後ろで、腕を組んだゼラルドとイシュナンテがこちらを見ていた。
「最初に言っておきますが、無茶はさせないでください」
「わかってるよ」
そう言い返している間にも、カティアは目を輝かせてディランを見つめる。
「では、早速教えてくださいませ!イスフィール式の魔法……!」
「……イスフィール式って、そんな大層なものじゃないぞ」
(なんだか最近、この手の指導ばかりしてる気がするが……今はお嬢様の指導に集中だな)
ディランは一歩前に出る。
「まずは、魔力をどれぐらい制御できているのかを確認したいんだが、できるかい?」
「え?」
カティアは一瞬きょとんとしたあと、真剣な表情になる。
「……やってみますわ!」
そう言って目を閉じると、カティアの指先にバチバチと青白い電流が迸った。
(雷属性の魔法か……これは制御が難しいはずだが)
次の瞬間、カティアの指先に滞留していた電気が弾けた。
「……あっ」
「ありがとう、今ので大体の状況は掴めたかな」
カティアは目を見開いて、口を開いた。
「今のでわかりますの!?」
「ああ、順に説明していこう……まずはお嬢様の使える魔法についてだが、属性で分ければ雷の属性になる」
「雷……ビリビリしてますものね」
ディランの説明に、特に驚いた様子は見せずに頷く。
(見たまんまだからな、問題はその制御の仕方だが)
「雷属性の魔法は、他の火や水、土や氷なんかと違って制御が特に難しいんだ」
「制御が難しい?」
カティアは首を傾げながら難しい顔をした。
「魔法の制御をするうえで、一番大事なのは想像力なんだ。火や水はその流れや動きを想像しやすいが、雷はそうはいかない」
(不規則に高速で動く雷の流れを見極めて操作するのは至難の技だからな)
「では、どうすればよろしいのですか?」
「雷の流れを想像するんじゃなく、発動させると同時に雷をどうするかを思い浮かべるんだ」
再びカティアは首を傾げてしまう。
「どうするか……?」
「そうだな……例えば、手に纏った雷を弓を放つ要領で弾いてみるんだ」
「弓を、放つ……やってみますわ」
それから何度か手に雷を纏わせると、それを前方に収束して打ちだそうとするが、なかなかうまくいかない。
(この世界のマナの量を考えても、雷弾を打つのが精一杯だろうが……正直、専門外だからな)
「よし、お嬢さん、一度休憩しよう」
「むぅ……わかりましたわ」
後ろで見ていた二人もカティアのもとへ駆け寄ると、イシュナンテが布と飲み物を手渡す。
「カティ……お疲れ」
「うん、ありがとう……でも、まだまだですわ」
そう言って肩を落とすカティアへゼラルドも声をかける。
「カティア様は頑張っているよ。きっと、すぐに出来るようになるさ」
「ゼラルド様……わたくし、頑張りますわ!」
笑顔で励ましてくれるゼラルドを見つめ、カティアはやる気を取り戻した。
「カティ……主がシュバリエに様をつけて呼ばないで」
「うぅ、まだ慣れないんですの……」
「それを言うなら、君だって主人を愛称で呼ぶのはどうなんだい?」
ゼラルドの言葉に、イシュナンテは一瞬だけ言葉に詰まる。
「っ……私は、いいの。幼馴染だから」
キッと睨みつけるように言い返す。
「まぁ、二人がそれでいいなら構わないけど」
ゼラルドはカティアの方へ向き直り、声をかける
「カティア様、俺のことは呼び捨てにしてください。イシュナンテの言う通り、示しがつきません」
「呼び捨て……」
カティアは意を決して呼びかける。
「ゼ、ゼラルド……さま」
ゼラルドが苦笑する。
「うん、すぐには無理か……少しずつ慣れていきましょう」
その言葉に、カティアは小さく頷いた。
場の空気も温まり、イシュナンテが視線をゼラルドへ向けた。
「……ゼラルド」
「はい?」
「カティの訓練の合間に、手合わせ……しましょう」
その言葉に、カティアが少しだけ身を乗り出す。
「今、ですの?」
「ここは訓練場……むしろ、ちょうどいい」
感情の温度を感じさせない声音だったが、その視線はどこか鋭かった。
(……完全に私情ゼロ、って顔じゃないな)
ディランは内心でそう思いながら、一歩前に出た。
「模擬戦なら、実剣は使わずにやるといい」
そう言って、訓練場の武器架を指差す。
「ここは警備隊の訓練所だ。刃落ちした模擬剣があるだろ」
「……」
イシュナンテは迷いなく頷き、刃の潰れた剣を手に取った。
ゼラルドも同じように模擬剣を選び、静かに構える。
その姿を見て、ディランは小さく目を細めた。
(……構えが変わったな)
剣先は前に出ているが、重心は低く、無理に踏み込まない。
受け止めることを前提にした、堅実な構え。
「……いい構えだな」
思わず漏れたディランの声に、イシュナンテの視線が一瞬だけ動いた。
「始めましょう」
「ああ、いつでもいいよ」
ゼラルドの言葉を合図に、イシュナンテが踏み込んだ。
彼女の姿が、すっと掻き消えるように間合いを詰める。
影から刺すような踏み込み。
実戦を想定した、無駄のない一撃。
だが……
甲高い金属音が響いた。
ゼラルドの剣が、正面からそれを受け止めていた。
「……っ」
衝撃に、ゼラルドの腕が軋む。
それでも、視線はイシュナンテから外すことなく重心を低くする。
(いい反応だ……重心にブレがない)
ディランの口元が、わずかに緩む。
イシュナンテは一度、距離を取った。
「……なるほど」
低く、感情を抑えた声。
次の瞬間、角度を変え、さらに鋭く踏み込む。
だが、ゼラルドは剣を盾のように使い、受け流し、耐える。
動きに派手さはないが、確実に相手の剣を受け流している。
(あの動き、俺の戦い方を真似てるのか……)
全ての攻撃がいなされ、なかなか剣が届かないイシュナンテは、わずかに唇を噛む。
「……受けてばかりで」
姿勢を低くして、鋭く踏み込んだ。
「決めるっ……」
先程までの動きよりも格段に速度を上げて詰め寄り、死角を捉えた一撃が繰り出される。
低い位置からの踏み込み。
剣先が、視界の外から滑り込んできた。
――速いっ!
ゼラルドは一瞬、息を詰める。
受け流すには近すぎる。
避けるのも間に合わない。
ただ、構えを固め、正面から受けに行く。
甲高い音が訓練場に弾けた。
衝撃が、腕から肩へと突き抜ける。
足裏が石床を削り、身体がわずかに揺れた。
それでも、ゼラルドは確実にイシュナンテの剣を受けきった。
イシュナンテの刃は、そこで止まった。
二人の間に、張り詰めた沈黙と、荒い息遣いだけが残る。
イシュナンテの視線が、ゆっくりと下がる。
削れた石床と、自分の足元を見つめ……
小さく、息を吐いた。
剣が、静かに引かれる。
「……そこまでだ」
ディランの声が、低く響いた。
ゼラルドはようやく剣を下ろし、肩で息をする。
腕に残る痺れを、ゆっくりと逃がす。
イシュナンテは背を向けて数歩進んでから、ふと足を止めた。
振り返らないまま、短く言う。
「……やるじゃない」
それだけ残し、カティのもとへ歩き出す。
カティアは、しばらく声を出せずに立っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……すごいですわ」




