52話 ローレンス家の記録
――ローレンス家の一室で、ディランは机に広げた資料に目を通していた。
カティアの護衛依頼は、これで一段落。
約束通り渡されたのが、ローレンス家が保管している、カレドニア創設時の資料だった。
(……量が多いな)
一般公開されている資料で、ある程度の当たりはつけていた。
カレドニアの創設者、カルディナ。
記録の断片から、迷い人ではないかという推測までは、すでに辿り着いている。
だから、驚きはなかった。
「やっぱり、か……」
ページを捲った先に、はっきりと書かれていた。
『カルディナ・ローレンスは、異界よりこの地に迷い込んだ者である』
淡々とした書き方だった。
まるで、特別なことでもないかのように。
続く記述に、ディランは目を走らせる。
『彼女は魔法なる力を扱うことができた』
『また、その血を引くローレンス家の者も、程度の差はあれ魔法の資質を持つ』
「……なるほどな」
(ソルディが魔法が使えていたのは、迷い人の血を引いているから……)
少しずつ、この街の成り立ちや迷い人の関係がわかってきた。
だが、次の項目で、手が止まった。
『ただし、カレドニア周辺では魔法の力が著しく制限される』
理由として書かれていたのは、単純な事実。
『空気中のマナが、イスフィールと比べて明らかに少ない』
「……やはり、マナが少ないのか」
魔法は使える。
ディランの身体強化も、それを使った加速もできるが……全身の強化ができないのはそのためだった。
原因についての記述は、ここから曖昧になる。
『マナの偏りが、自然のものかどうかは不明。そこにマナウルス教国の動きが関係していると考えられた』
ディランは、資料から視線を外した。
(教国、ね……)
クロイツ教会の襲撃で見たもの。
キメラや魔人、魔獣と他の生物を融合させる。マナや魔獣を信仰する彼らの目的は……
ページを進めると、カルディナ自身の言葉が手記として残されていた。
『私は、この世界に意図せず迷い込んだ』
『巻き込まれた、という表現の方が正しいのかもしれない』
「……巻き込まれた」
続きを読む。
『戻る方法は見つからなかったが、教国の動きに何らかの手掛かりがあることは掴んだ』
『しかし、私には教国を探るだけの力も、時間もなかった……一人で、この世界に放り出された以上、できることは限られていたから』
『それでも。商人として、この地に根を張り、同じように迷い込んだ者の道標となることを願い、街を築く』
最後の一文で、ディランは息を吐いた。
「……教国に、イスフィールに帰るための手掛かりがあるって言うのか?」
危険を冒してまでイスフィールに戻りたいと思っているわけではない。
しかし……
「教国が迷宮を生み出しているのだとすれば……」
静かに湧き上がる感情に、怒りが露わになる。
「俺の家族も、村のみんなも、共に戦った仲間も……」
(やつらを止めなければ、この先もカルディナや俺のような迷い人が増え続け、そのせいで命を落とす者が出てくるということか)
ディランは、資料を静かに閉じた。
マナウルス教国……カルディナの遺志を知ってしまった以上、無関係ではいられない。
(カルディナ……)
あんたは、同じ境遇に陥った者のためにこの街を築いたんだな。
ディランは立ち上がり、部屋を出る。
次にどこへ向かうかは、まだ決めていない。
だが、マナウルス教国がしていること、その目的が何なのかを突き止める必要がある。
彼自身のやるべきことが少しずつ見えてきた。
――資料室を出て、扉を閉める。
ディランは、閉じた扉を一度だけ振り返り、それから歩き出した。
(……教国について調べるにしても、どうするか)
商業ギルドへ戻ろう。
そう思って角を曲がった、その先で……
「あっ、ディラン様!」
聞き覚えのある声に、足が止まる。
立っていたのは、カティアとソルディ。
その少し後ろに、落ち着いた雰囲気の男が一人いた。
その面持ちは、どこかカティアの似ていた。
「ちょうど良かった」
男は穏やかな笑みを浮かべて一歩前に出る。
「私はルディ・ローレンス。今回の護衛の件、改めて礼を言わせてほしい。娘を守ってくれて、ありがとう」
「いえ、依頼でしたから」
軽く頭を下げる。
「命があってこその商いですからな……それで、資料室には、もう?」
「はい。一通り目を通しました」
その返答に、ルディの視線がわずかに鋭くなった。
「……差し支えなければ、聞かせていただけますか?なぜ、あの資料を?」
一瞬、間が空く。
ディランは言葉を選んだ。
「個人的な興味、です」
「ふむ」
ソルディは訝しげに眉を上げる。
「興味、ですか」
低い声。
「……あなたが"迷い人"であることを踏まえても、ですか?」
空気が、変わった。
ディランは、肩をすくめる。
「やっぱり、バレてましたか」
「傭兵ギルドでお会いした時から違和感はありましたので」
ソルディは、淡々と告げる。
カティアが、二人を交互に見……
「え、え?」
一拍遅れて、声を上げた。
「迷い人……って、つまり……」
次の瞬間。
「イスフィールから来たということですの!?」
身を乗り出し、目を輝かせる。
「それって、魔法も違うんですのよね!? イスフィールの魔法って、どんな感じなんです!?」
「カティア様」
即座に、ソルディが咳払いをする。
「……落ち着いてください」
「だって!」
ルディが、苦笑しながら間に入った。
「気持ちはわかるが、相手を困らせてはいけないよ」
「……むぅ」
不満そうに口を尖らせるカティアを横目に、ルディはディランを見る。
「あなたが、カルディナ氏の記録を目にして、何を成そうとされているのか……それによって、ローレンス家としての対応も変わります」
ディランは、少しだけ考えてから、口を開いた。
「マナウルス教国について調べたい」
短く、はっきりと。
「資料を読んで、確信に近いものができました。あの連中は、イスフィールでの災害やマナに深く関わってる」
「……」
ルディは、静かに頷く。
「カルディナも、同じところまで辿り着いていた」
ソルディが、視線を細める。
「お一人で、それをなされるおつもりで?」
「はい」
ディランは、正直に言った。
「それでしたら……」
ルディはちらりと、カティアを見る。
「娘に魔法の使い方を教えていただけませんか?」
「えっ?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「本当ですの!?」
今度は、完全に立ち上がっていた。
「わたくしに、魔法を教えてくださいますの!?」
「ちょっと、待ってください!なぜそうなるんですか?」
ディランは、困惑しながらルディへと視線を向ける。
「教国の情報を、我々が集めて差し上げましょう……その代わりに、娘に魔法について教えて欲しいのです」
ディランはルディの申し出に目を瞬かせる。
「それは、俺としてはありがたい話ですが……」
「カティアはローレンス家の中でも魔法の適性を強く受け継いでいるようなのですが、魔力の扱いが難しいのかうまく制御できないのです」
カティアも短く頷いた。
「周りには、魔法に詳しい者もいませんし……ディラン様、教えてくださいませんか?」
「ディラン殿にとっても、単独で教国を追うよりは安全でしょう」
「……はい」
ディランはしばらく考えた後、首を縦に振った。
それを見てカティアは、嬉しそうに何度も頷いた。
「約束ですわよ!」
ディランは、小さく息を吐く。
「……約束です」
こうして。
護衛の仕事は終わったはずだったが……
ディランは、カティアの魔法講師として、ローレンス家と手を組むことになった。
迷い人が残した街で、迷い人が、この世界の真相へと一歩を踏み出す。




