50話 お嬢様救出
――スウェード村、西の古倉庫・外縁。
陽が沈み始め、ゼラルドたちは周囲の外壁の上から倉庫全体を見渡していた。
建て付けは古く、侵入経路として使えそうな場所は二箇所。
見張りの数は想定より少なかった。
「……動きに統制が取れてないな」
隣に伏せていたチャドリックが、低く呟いた。
「賊なら統制が取れてなくてもおかしくないんじゃ?」
「まぁ、普通の賊ならな。だが、今回はローレンス家のお嬢さんを……しかも、シュバリエの選考会ってタイミングを狙って誘拐してんだよ」
チャドリックの言葉にゼラルドは難しい顔で答える。
「……確かに、そこまでの情報網と、誘拐を実行する組織力がある割には違和感を感じますね」
「そうなんだよ。なんか裏があるのか……」
「だけど、あそこにカティア様が捕まっているのなら助けにいかないと」
ゼラルドは目を細めながら倉庫を見つめる。
「それもそうだな……よし、下の班に合図を送る。陽動が始まれば、屋根を伝って中に潜入するぞ」
「わかりました」
チャドリックは屋根の上から、下の仲間に合図を送る。
しばらくして、倉庫の入り口から騒音が響き渡り、それを合図に二人は駆け出した。
「はじまったか……俺は二階の東側にある窓から入る。お前は裏手からだ、行けるか?」
「もちろん、覚悟ならできてます」
――古倉庫前
「何だ!?」
「敵襲だ!」
見張りの賊たちが、次々と倉庫の入り口へと向かう姿を屋根の上から確認する。
ゼラルドはチャドリックと別れ、倉庫の裏手から踏み込んだ。
進んだ先にある、開け放たれた通気口から中へと潜入する。
(……ディランさんが護衛についていたのに、誘拐されるなんて……確かに妙だ)
チャドリックの話と、ディランの力を鑑みても、この騒動の裏には何かあると感じつつ、考えを巡らせる……
「……っ!」
しかし、進む先から微かに音が聞こえ、思考を止めた。ゼラルドは壁越しに伝わる人の気配に感覚を研ぎ澄ませる。
「……既に誰か戦っている?」
音の聴こえる方へと進み、通気口から部屋を覗き込む。
(近い……この部屋の外か?)
その時、開け放たれた部屋の扉から押し込まれるように誰かが姿を見せた。
「きゃっ!」
(あれは、カティア様!?)
カティアを見つけ、すぐさま部屋の中へと飛び降りた。
「無事か!?」
彼女を守るように自分の背に隠しながら、剣を構える。
「……っ!ゼラルド、さま?」
カティアは突然現れたゼラルドの後ろ姿を見つめ、動きを止めてしまう。
「くっそ!三人相手はキツいっての!お嬢さん、大丈夫か……って、あ!?」
部屋の中に逃した、カティアの様子を窺うと……
「ゼラルド!」
「ディランさん!」
二人の声が重なる。
「いいところに!お嬢さんを連れて逃げ……っ、しつけぇんだよ!」
ディランが声をあげると同時に、盾を振り抜く。
その衝撃で、襲いかかってきた男の一人が、外の通路へ吹き飛んだ。
「うぐっ!」
ディランはそのまま前方へ加速し、もう一人を壁に押しつける。
その隙に、ゼラルドはカティアの手を引いて部屋の外へ駆け抜ける。
「ディランさん、一階には陽動で賊が集まっています。このまま東側の部屋へ向かってください!」
「東?……おい、ゼラルド!左から来てるぞ!」
「わかっています!」
ゼラルドは剣を構え、迫りくる短剣を刃で受けると、そこを起点に賊の背後へと回り込み、柄を後頭部へと叩きつけた。
「っが!」
男は白目を剥いて崩れ落ちる。
「おぉ、やるじゃねぇか」
ゼラルドの無駄のない動きに感心すると同時に、目の前の賊の頭を盾で殴り、意識を奪う。
「それで、退路は確保できてるのか?」
「はい、仲間が東側の窓から潜入しているはずです。そこから俺たちも脱出しましょう!」
「よし、こっちの動きに気づかれる前に行くぞ。嬢さんもついて来れるか?」
「は、はい……!」
「俺が前に行きます。ディランさんは後ろをお願いします」
「おう、任せときな」
その時、背後から足音が迫る。
「おい、どうした!?なんだ、てめぇら!」
異変に気づいた賊の仲間が、三人を追うべく武器を手に向かってきていた。
「走れ!仲間のところまで合流するぞ」
ディランが声をあげ、三人は通路を駆ける。
通路を進みながら、ディランは積まれている木箱や麻袋を散乱させる。
(これで足止めにはなるだろう。しかし、ゼラルドの言う、東の部屋まではそう離れてないはずだが……)
「おい、ゼラルド、お仲間さんはどこにいるんだ?ここまで一本道だったが」
「おかしいですね……もう合流できてもいいはずなのに」
三人は、東側の部屋の前で足を止めた。
ゼラルドたちがいた場所から、ここに来るまでに仲間と合流できるはず……そのはずだった。
「……待ってください」
ゼラルドが低く呟く。
「何かある、だろうな……」
ディランも周囲を見渡し、眉をひそめる。
「ど、どうしますの?」
カティアはそんな二人の様子に不安を隠せずにいた。
「行くしかないだろうな」
「そうですね……ディランさんはカティア様をお願いできますか?」
「もちろんだ、それが俺の仕事だからな」
部屋の扉は、半分ほど開いていた。
ゼラルドは一歩前に出て、剣を構えたまま扉を押し開ける。
その瞬間、目に飛び込んだのは……
「……っ!」
部屋の奥に倒れる、チャドリックの姿だった。
壁に背を預け、呼吸はしているが、すぐに動ける状態ではなかった。
「チャドリック……!」
見る限り、致命傷は受けていない。
(……まだ息がある……いったい誰に?)
周りを見渡すと、部屋の隅、その影の中から何者かが姿を見せる。
黒いフードを目深に被り、その顔はこちらからは窺えない。
賊の格好をしている……しかし、その足取りに無駄がない。
「……」
そいつは、無言で剣を構えた。
「やる気みたいだな」
ゼラルドは即座に前へ出て、カティアを背に庇う。
「……何者だ」
「……」
返事はない。
賊は静かに距離を詰める。
その動きに、ディランは既視感を抱く。
(こいつ……爺さんと動きが似てる)
「ディランさん」
ゼラルドが、視線を外さずに言う。
「お嬢様を連れて、先へ」
「……いいのか」
「ここは、俺が引き受けます」
一瞬の沈黙のあと、ディランは頷いた。
「わかった。油断するなよ」
ディランはカティアの手を引き、踵を返す。
「ゼラルドさま……?」
「大丈夫です。すぐ、追いつきますから」
開いた窓から外へ飛び出して、二人の気配が遠ざかる。
賊はそんな二人を追おうとはせず、静かに呟く。
「……判断は悪くない」
次の瞬間、剣と剣がぶつかった。
鋭い一撃。
ゼラルドは剣を滑らせ、その攻撃をいなす。
(速い……)
剣を打ち合うほどに、その速度を増していく。
(どこまで速くなるんだ……)
一歩、また一歩と追い詰められながらも、ゼラルドは反撃の隙を窺う。
(俺だって……っ!)
賊が一歩踏み込み、鋭く剣先を突き出す。
狙いは左肩……
(速いっ……でも!)
ゼラルドは正面から受け止めず、刃の角度をわずかに傾ける。
金属が擦れ合う乾いた音とともに、敵の剣突は軌道を逸れ、左肩の横を掠めて空を切った。
その瞬間を逃さない。
体重を踏み込む足に乗せ、相手の懐へと距離を詰める。
受け流した剣を引き戻すと同時に、逆袈裟に刃を走らせた。
「……っ!」
賊は慌てて距離を取るが、僅かに反応が遅かった。
剣先が体をかすめ、黒い衣を斬り裂く。
「……え、どうして」
ゼラルドは賊の顔を見て、驚愕する。
「はぁ……合格です」
黒いフードの下から顔を見せたのは、カティアの付き人だったイシュナンテ……
「ご、合格って?」
「そこまでです」
部屋の外から、低く響く声。
振り返ると、白髪の老人が静かに歩み寄っていた。
「……これは、いったい」
ゼラルドが困惑した表情のまま、状況が掴めずにいた。




