49話 シュバリエ選考会③
――スウェード村、西の古倉庫
「なんとか、着いたか……」
ソルディと戦った後、人混みに紛れ、警備隊の聴取を逃れたディランは、次の合流場所へと辿り着いていた。
「村の西側にある、古い倉庫ねぇ」
倉庫を見上げながら、一人呟くと……
「ええ、今回のシュバリエ選考のために買収したのですよ」
気配もなく背後から声が聞こえた。それに振り返ることなくディランは言葉を返す。
「……もう驚きゃしないぞ」
「ふふ、既に候補者の中から、こちらの偵察を終え、お嬢様の救出に動いている者たちがいるようです」
「へぇ、そりゃなかなか見どころがありそうだ」
「はい、二人ほど有望な者がおりましたよ。まぁそれはさておき……この倉庫の二階に、お嬢様が監禁されておりますゆえ、まずはそちらへ向かってください」
「二階ね、了解だ……と、その前に少しいいか?」
ソルディは眉を少し上げながら問い返す。
「はい、なんでしょう?」
「あのお嬢さんを連れてったやつ、短剣を突きつけて恫喝するなんてやり過ぎじゃないのか?」
「ふむ、仰りたいことは理解できますが、今回はお嬢様に本物の危機感を感じていただくことも目的としておりますので」
ソルディは顔色を変えることなく、淡々とそう告げた。
「金持ちのお嬢さんに、世の中の怖さを身をもって体験させようってか?世間知らずのじゃじゃ馬ならともかく、あの嬢さんにはちゃんと芯があると思うが」
「そうでなくては困ります。そのうえで、力や言葉による理不尽さを知っていただきたいのですよ」
ソルディの言葉にディランは首を傾げる。
「力や言葉による理不尽さ?」
「はい、ディラン殿は商人にどんな印象をお持ちですか?」
「どんなって……金をいっぱい持ってる、とか?」
「その通りです。そして、富を持つものは、常に誰かから妬まれる」
ディランは視線を向けたまま、静かに頷く。
「確かに、賊にもよく狙われるしな」
「しかし、富を狙う者は賊だけではありません……同業者とてそれは同じなのです」
ソルディは静かに続ける。
「こちらの弱みに付け込み、言葉巧みに富を奪う者もいれば、賊を雇い暗殺や誘拐を企てる者もいる。お嬢様には、そういった輩を相手にする覚悟を持っていただきたいのです」
「なるほどな、金持ちのお嬢さんも大変てことか」
「ですが、そう言った意味では確かにお嬢様は商人としての芯はあるお方です……しかし、危機意識が低い」
「そりゃ、まだ若いから仕方ないんじゃないのか?」
(まだ十六、七の娘さんには荷が重いだろうに)
ディランの言葉にソルディは首を振った。
「若いから、相手が見逃してくれるとでも?」
「そいつは……」
(無理だろう、絶好の標的にされるのが落ちだ)
「そういった危険から身を守るための術として、シュバリエや、我々のような者が必要なのです」
その言葉の中に、強い信念が感じられた。
「さぁ、ゆっくり話している時間はありません。あなたは、お嬢様をしっかりお守りしてください」
ソルディはそう言い残し、風のように姿を消した。
「……やれやれ」
ディランも古倉庫の裏手から梯子をつたい、二階へと登っていく。
「狭い通路だが、とりあえず道なりに進めってことか?」
足を忍ばせながらゆっくりと進んでいくと、行き止まりまで辿り着き、周囲を見渡す。
(何もない?いや、この上……通気口か)
通気口の蓋に手をかけた瞬間、さっき通ってきた道の方から『カシャン!』何かが倒れる音が聞こえた。
「……なっ」
(登ってきた梯子を倒しやがったのか!?)
「おいおい、まじかよ」
これで、カティアを見つけたとしても、来た道を戻ることはできなくなってしまった。
「仰せの通り、進ませていただきますよ」
通気口の蓋を外し、中へと入り込む。
「狭いな……だが、なんとか行けそうか」
ディランの身体でギリギリ通れるかどうかの狭さだったが、匍匐前進で進んでいく。
――暗い通気口の中を、風の流れを頼りに奥へと向かうと、微かに人の気配を感じた。
下の部屋から明かりが差し込み、その通気口から気配を殺しながらゆっくりと顔を覗かせる。
(あれは……お嬢さんか)
両手と両足を縛られ、床に横たわるカティアを見つけた。
(他に気配は感じないが、ひとまず下に降りるか)
通気口の蓋を外し、慎重にカティアが監禁されている部屋へと降りる。
「だ、誰です!?」
カティアがその物音に驚き、声をあげた。
「落ち着け、お嬢さん。俺だよ」
「ディラン……さま?どうやってここへ?」
カティアはディランの声に少し安心した様子を見せる。
「まぁ、お嬢さんを連れ去った連中の後を追ってきたんだよ」
それっぽい理由を告げながら、カティアを縛る縄を外していく。
「助かりましたわ……でも、これからどうしたらよいのか」
縛られていた手足をさすりながら、不安そうな表情で目を伏せる彼女に、ディランは励ますように言葉をかけた。
「シュバリエ候補者や、お嬢さんの従者たちがなんとかしてくれるだろうさ。その動きに合わせてこっから抜け出そう」
「そうなのですか?シュバリエの……もしや、ゼラルド様も……」
カティアの声には、不安と微かな期待が滲んでいた。
ディランは周囲を警戒しながら、短く答える。
「さぁな……だが、あいつなら間違いなく助けに来るだろうよ」
(村の皆のために命を張れるやつだからな)
「……ディラン様」
「大丈夫だ、心配するな」
カティアの不安や恐怖心を和らげるために優しく話しかける。
ディランは部屋を一巡り見渡した。
古びた扉、軋む床板、汚れた窓ガラス。
逃走経路になり得る場所を、無言で確認していく。
「……やっぱり、怖いですわ」
ぽつりと漏れた言葉に、ディランは振り返らなかった。
「怖くない方が、よほどおかしい」
淡々とした口調。
「だが、怖いからといって立ち止まってしまえば……助かるものも助からなくなる」
カティアは唇を噛みしめ、視線を伏せる。
「どうなるか考えるから不安になる。どうすれば良いかを考えるんだ」
少しの間。
彼女は深く息を吸い、顔を上げた。
「……わたくしが、どうすれば良いか」
握りしめた手が、小さく震える。
「正直……わたくしにはこの現状をどうすれば切り抜けられるのか見当もつきません。ディラン様、あなたの指示に従います」
その言葉に、ディランの目がわずかに細くなる。
「……なかなか肝が座ったお嬢さんだ」
そのまま、これからの脱出計画についてディランの作戦を伝えた。
「おそらく、救出部隊は陽動、救出と二手に別れて突入してくるはずだ。その陽動部隊が騒ぎを起こした隙にここから逃げる」
「……はい、ですわ」
次の瞬間……倉庫の一階、入り口の辺りで動きがあった。
「来たな」
ディランはカティアを背に庇い、一歩前へ出る。
「俺が前に出る。離れるなよ」
「……はい」
短い返事だったが、そこに迷いはなかった。
扉に手をかけ、鍵がかけられていることを確認する。それと同時に、下の階から爆ぜるような音が響き渡る。
その音で、何者かが扉を蹴破り中へと侵入したのだと、すぐにわかった。
「……俺たちも動くか」
ディランはそう言って、盾を構えると足に魔力を込める。
次の瞬間、カティアの視界からディランの姿が消え、内から外へと扉が弾けた。
「なっ……!?」
「ぼーっとするな、こっちだ!」
「は、はい!」
短く返事を返し、ディランの後へとついていく。
しかし、その音に気付いた見張りたちが通路の奥から駆け寄ってくる。
「貴様!どこから!?」
「逃すな!」
ディランは見張りの人数を確認すると、軽く息を吐いた。
「……三人、どうするか」
(加速しながら立ち回れば突破はできそうだが、救出部隊が来るまで時間を稼ぐべきか?)
シュバリエの試験だという建前上、守りに専念するべきか悩む。
だが、悩む間もなく、黒ずくめの男たちが剣を手に襲いかかる。
その攻撃を盾で受け流しながら、ディランは違和感に気づいた。
「……こいつ、本気で?」
その剣捌きに清廉さはなく、力任せに邪魔者を斬り捨てようと乱暴に振り回されていた。
(従者たちの芝居って言ってなかったか?この動き……まるでその辺の賊と変わんねぇぞ!?)




