47話 シュバリエ選考会
――カティアの提案で、ゼラルドがシュバリエ選考会に参加することが決まってしまった。
それ自体は、いい。
問題は、その選考会の"内容"を、ディランだけが知っているという点だった。
(……あの爺さん、本当にやる気かよ)
今朝、ローレンス家の執事……ソルディから告げられた計画が、脳裏をよぎる。
お嬢様を誘拐します。
もちろん、私どもローレンス家の者による芝居です。
ですが、選考会の立候補者たちには伏せたまま行います。
……つまり、実戦形式の試験。
しかも、カティア本人には一切知らせないというのだから、趣味が悪い。
(俺は護衛として誘拐を邪魔しない程度に抵抗しろと……勘弁してくれ)
ディランは、これから始まるシュバリエ選考会と、カティアの護衛という仕事、それらのことを考えて、思わず頭を抱えた。
「ディラン様、イシュナンテ。二人とも、わたくしのわがままに付き合ってくださって、感謝しますわ」
そんな事情など露知らず、カティアは上機嫌だった。
カレドニア以外の村での買い物がよほど楽しいのか、無邪気な笑顔を見せる。
(……楽しそうでなによりだが、そろそろか?)
ディランがそう思った瞬間。
人混みの向こう側で、わざとらしいほど派手な怒号が響いた。
「……どけ!」
同時に、行き交っていた人々が不自然なほど綺麗に散る。
黒衣に身を包んだ数人の男たちが、一直線にこちらへと駆けてきた。
(……始まったか)
ディランの背筋に、嫌な汗が滲む。
「きゃっ……!?」
カティアが驚き、足を止めた瞬間。
「カティ!」
イシュナンテが前に出るより早く、男の一人がカティアの腕を掴んだ。
「……チッ」
ディランは即座に身体強化の魔法を発動させ、地を蹴った。
瞬く間にカティアの腕を掴む男に肉薄し、掴みかかろうとした瞬間、背後から冷たい殺気を感じ、咄嗟に盾を構えた。
ギンッ!
甲高い金属音を響かせると、細身の剣を構えた黒衣の男が立ちはだかる。
男は目で合図を送り、カティアを走車へと連れ込むよう指示を出す。
「いや!離しなさいっ!わたくしを誰だと!」
「うるせぇ!黙れ!」
「……ひっ」
男が持っていた短剣を首元に押し当て、カティアは怯えるように肩を竦めた。
(芝居とはいえ、やり過ぎだろ……)
ディランが足に魔力を込め、再度カティアの元へ加速しようとした瞬間……剣を構えた男が遮るように前に詰める。
「ぐっ……」
「行かせませんよ。あなたとも少し手合わせ願いたいと思っておりましたしね」
「やっぱり、爺さんか」
黒衣を纏ったソルディは、カティアを乗せた走車が走りだすのを確認すると、イシュナンテに声をかける。
「イシュナンテ、あとは頼みますよ」
「……」
イシュナンテは無言で頷くと、黒衣を纏って走車が向かった先へと駆け出した。
「さて、シュバリエ候補者の面々にも、お嬢様誘拐の報は届いた頃でしょう……では始めましょうか」
「始めましょうか、じゃねぇよ!こんなの依頼内容に入ってないだろうが!」
「左様、これは私の興ですので……しっ!」
言い終わると同時に、ソルディの剣が跳ねた。
踏み込みは浅い。
だが、その剣先は鋭く、風を裂くように迫る。
「っ!」
ディランは盾を前に突き出し、真正面から受け止める。
金属音が弾け、手応えが腕に伝わった瞬間、眉が僅かに動いた。
(軽い……だが、速ぇ)
ソルディの剣撃は正確で、こちらの反応を測るように、剣先が寸分違わず急所をなぞってくる。
「ほう……」
ソルディは一歩引き、満足げに目を細めた。
「全て防ぎ切りましたか。さすがです」
「褒められても嬉しくねぇよ……っ!」
ディランは踏み込み、盾で間合いを潰しにかかる。
(懐に入れば、獲物を振り辛いだろ……)
魔力を込め、一気に距離を詰めたが、ソルディはそれを読んでいたかのように半歩後ろに退がる。
そして、ディランが距離を詰めたと同時に鋭い剣突を浴びせる。
「んなっ!」
ディランはその突きをギリギリのところで弾いたが、その表情は驚きを隠せずにいた。
「足運びが単調ですぞ?」
「なに?」
(魔力を込めて踏み込む動作が、読まれてる?さっきも加速する前に邪魔されたが……)
「やっぱ、ただの爺さんじゃねぇな」
(だが、このままじゃ勝ち目がない……)
「いえいえ、あなたほどではございませんよ」
ソルディの言葉にディランは眉を顰める。
(どういう意味だ……)
意味深な言葉に動きを止める。しかし、考える暇もなくソルディの剣が迫ってきていた。
その執拗に続く鋭い突きを、ディランは必死に捌き続ける。
「くっ、そ!爺さん!どんだけ体力あんだよ!」
「ほっほ、まだまだ……若いものに遅れはとりませんよ」
そう言いながら、息も切らさず剣を振るう姿に、ディランは小さく首を振った。
「恐ろしい爺さんだ、と!」
ソルディの間合いで剣を受け続けるのは得策ではないと判断し、後方へと距離を取る……が。
「あまいですな!」
その瞬間、ソルディの手から白い気体が広がっていった。
(あれは……煙?……いや、っ!)
「冷気か!?」
ディランが口にした、次の瞬間、ソルディは剣を振り抜いた。
「これはどうですかな?」
キン!と短く剣が震えたかと思えば、その剣線から鋭い氷の刃が宙を舞った。
パリン!
ディランはその氷の刃を盾で打ち砕いた。
「おいおい、爺さん……聞いてないぜ」
「それはそうでしょう。初めてお見せしたのですから」
(ありゃ、どう見ても氷の魔法だったが……)
「しかし、残念ながらここまでのようですな」
ソルディは剣を鞘に納めながら、そう告げた。
周囲を見渡すと、一般の通行人たちが集まり始め、村に常駐している警備隊の者が近づいてきていた。
「では、ディラン殿……村の西側にある古倉庫で落ち合いましょう」
「な、ちょっと待てって!」
ソルディの方へ振り返ると、既にその姿はなかった。
「……ったく」
「失礼、あの黒ずくめの集団について、何か知っているのか?」
警備隊の隊員に詰問を受けた。
「ああっと、シュバリエ選考会の試験らしい……ですよ?それじゃ、俺も仕事があるんで」
「な、ちょっと待ちたまえ!」
ディランは警備隊の言葉を振り払うように、人混みの中へと消えていった。




