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45話 護衛依頼って言ってなかった?

 ――商業ギルドの前にディランは佇んでいた。


「ここで集合と言われたが、爺さんはまだか?」


 そう言って、周囲を見渡すディランの目の前に、音もなくソルディが姿を見せる。


「うお!あんた、本当に何者なんだよ?」


「おはようございます。私はカティアお嬢様の執事ですよ」


 ソルディは笑みを浮かべながらそう答えたが、その目は笑っていなかった。


 (この目、何考えてるかわかんねぇな……)


「それで、肝心のお嬢様は?」

 

「お嬢様はもうじき来られますよ。その前に、今回の依頼についてお話しさせていただこうと思いまして」

 

「ん?それは昨日話さなかったか?」


「ええ、表向きは……あなたにお願いしたいのはこちらです……」


 ソルディは周りの様子を伺うと、スッと小さな紙をディランの服の内側へと忍ばせると、誰にも聞かれないほどの声で依頼の詳細を伝えた。


 ――

 

「……爺さん、俺はこういうのは苦手なんだが」


「いえ、昨日も申し上げた通り、あなたは何も肩肘を張る必要はありませんよ」


「そう言われてもなぁ……」


「ふふ、よろしくお願いいたします……さて、ちょうどお嬢様もいらっしゃったようですし、出立いたしましょう」


 ソルディが横へ向き直ると、遠くから走車が近づいてくるのが見えた。


 (ただの護衛依頼だって思ってたんだがなぁ)


 

 ――ギルド前に走車が二台、ゆっくりと静止する。

 どちらの走車も良い材質を使っているようで、外装の所々に金色の装飾が施されていた。


「さすが、お金持ち……」


「見栄を張ることも重要なことですので」


 ディランの呟きにソルディが反応した。


 走車を引くバロンが脚を止めると、前の走車から使用人たちが揃って降りてくる。

 そして、ディランたちの目の前の走車の前に並ぶと、その中の一人が扉を開けた。


「ご苦労様……おはようございます、ディラン様。お待たせしてしまったようですね」


 その中からカティアが姿を見せると、丁寧な所作で腰を折る。


「いや、俺もさっき来たばかりだ。気にしないでくれ」


「では、お嬢様……早速スウェード村へと向かいましょう。ディラン殿は私と共にカティア様の走車にお乗りください」


「……わかった」


 (はぁ……伝承のことを調べたいだけなのに、面倒な仕事受けちまったな)


 傭兵ギルドの記念すべき初仕事だと言うのに、走車に乗り込むディランの足取りは重かった。



 ――カレドニアを立ち、スウェード村へ向かう走車の中では、お嬢様とソルディがディランの向かい側に座り、ディランの隣には若い付き人の女性が座っていた。


「えっと、こちらの方は?」


 走車に乗り込んだ時から一緒にいるのだが、お互いに軽く頭を下げて挨拶をした程度で名前も聞いていなかった。


「彼女は、イシュナンテといいます。お嬢様の付き人として側に仕えておりますが、少し、人見知りでしてな」


「人見知り……」


 ディランがちらりとイシュナンテへ目を向けると、彼女は無言で頭を下げる。


 (なんだろうな、爺さんの纏う雰囲気と似てるっていうか……)


「ふふ、彼女はソルディの孫なんですよ。わたくしと歳も近いし、剣の腕も相当なもので、頼りになるんです」


「……っ!」

 

 カティアが嬉しいにそう言うと、イシュナンテは耳を紅くさせながら顔を背けた。


 (ああ、わかりやすいところもあるのね)


「それで、スウェード村に着いた後はどうするんだ?シュバリエの選定をするって言ってたが」


「ええ、村に着いたら、バロンとこの走車をローレンス家が所有する宿舎へと移しますわ。そこへ、今回のシュバリエ志願者の方々も集まっていただいていますの」


「へぇ、そんなものまで所有してるのか」


「わたくしのシュバリエを決めるためですから、ローレンス家が出資するのは当然のことですわ」


 カティアの言葉に傲慢さは微塵もなく、ローレンス家の跡取りとしての誇りと責任が感じられた。

 


 ――スウェード村

 

 ローレンス家の宿舎は村の外れにありながら、手入れが行き届いていて、商人や護衛の往来を前提とした造りになっていた。


 宿舎の中へ入ると、広間に十数人の候補者が既に集まっていた。


 鎧を着込んだ者、剣を誇示するように腰に下げた者、腕を組んで壁にもたれる者。

 

 その前に立ち、カティアは一歩進み出る。


「本日は、お集まりいただきありがとうございます」


 澄んだ声だった。

 だが、どこか緊張しているのか、その表情は少し強張っていた。


 (御令嬢といっても、十六、七の娘さんがこんな強面連中の前に出て話すのは緊張するだろうな)


「皆様には、わたくしのシュバリエ候補として名乗りを上げていただきましたこと、その覚悟に、心より感謝いたします」


 軽く頭を下げたあと、ソルディが一歩前へ出る。


「僭越ながら、シュバリエ選考については、私の方から説明させていただきます」


 その声は穏やかだが、広間の空気を一瞬で引き締めた。


「まず、シュバリエとはお嬢様を命を賭して護る盾であり、脅威を排する剣。己の判断一つで、主の生死を左右する存在です」


 ソルディの言葉に、候補者たちは息を呑んだ。


「明日より、戦闘技術、状況判断能力の試験を行います。各々、十分に休息を取り準備をしてください」


 それだけ告げると、ソルディは静かに一礼した。


 そして、一同はそのまま解散となり、人がはけていく中で、ディランは小さく息を吐いた。


「いよいよか……」


「さぁ、せっかくの外出ですし!少し、村を見て回りたいのですけど」


 そう言ったのは、カティアだった。


「そうですね。明日まで時間はありますゆえ、今日のところは羽根を伸ばしていただいてもよいでしょう……イシュナンテ、ディラン殿と一緒にお嬢様をお守りするように」


「……はい」

 

 三人は宿舎を出て村の通りに向かった。そこは昼下がりの陽に照らされ、穏やかな賑わいを見せていた。


「あら、あらあら?ディランさん?」


 ふいに声をかけられ、振り返ると、見覚えのある顔があった。


「フラミアさん?」


「やっぱり!あなた、ほら」


 店先から現れたローゼスも、驚いたように目を見開く。


「おう?どうした、こんなところで……って、その娘さんたちはなんだ?」


 ローゼスはディランが若い娘二人を連れて歩いてる姿を、訝しげに目を細める。


「あ、ええ、こちらのお嬢さんの護衛の依頼を受けたんですよ」


「護衛だぁ?」


「ローゼスさん、ディランさんに失礼ですよ?」


 その後ろから、杖を手にした女性が姿を見せた。


「レイナさん!」


「お久しぶりです。この杖のおかげで随分と歩くのが楽になりました」


 誇らしげにそう言うレイナを見て、ディランは小さく笑った。


「役に立てて、よかった」


 その様子を見ていたカティアは、レイナの持つ杖に興味を示した。


「ご婦人、失礼ですが……この杖はどちらで?」


「ごふ……ええっと、これは、ディランさんが作ってくださった物で……」


「これを、ディラン様が!?」


 ぶん!と勢いよく首をこちらに振り向かせると、カティアはディランに詰め寄った。


「ディラン様……こちらの杖、商品として展開させていただいてもよろしくて?」


「は、え?商品?」


「ええ!この杖の形状、重心を支えるために握りの角度を調整して、肘置きも取り付けられていますわよね?使う者のためにここまで考えられているなんて……」


 感心した様子で目を輝かせる彼女に、ディランは苦笑いを見せる。


「はは、そんなに興味を持ってくれるとはなぁ、こんなのでよければ商品でもなんでも好きにしてくれ」


「まぁ!ありがとう存じますわ!」


「ところで、レイナさんたちはどうしてここへ?」


 喜びながらイシュナンテの手を握り、上下にぶんぶんと振り回すお嬢様を尻目に、レイナの方へと向き直る。


「それは……この杖のおかげで、遠くまで歩けるようになったでしょう?」


 レイナはそう言って、手にした杖を軽く握り直した。


「エルデリア村だけで暮らす理由が、なくなったんです。息子も、もう大きくなりましたし……これから先のことを考えると、少しずつでも、街での暮らしを考えたほうがいいんじゃないかと思って」


 穏やかな声だったが、その言葉には決意が滲んでいた。


「それで、ゼラルドと一緒に、カレドニアへの移住を考えて、ここまで来たのです」


「だからカレドニアまで向かう走車が見つかるまで、私たちの家に泊まってもらってるの」


「フラミアさんたちの……それじゃゼラルドは?」


「息子は今、商人ギルドの方でカレドニアに向かう商人さんを探しに……ちょっと時間がかかってるみたいだけど」


「なるほど」


「あの、ディラン様?わたくしたち、あちらのお店を見てまいりますわね」


 道端で話し込むディランたちに軽く会釈を残し、カティアは向かい側の店へ足を向けた。


「では、少しだけ失礼いたしますわ」


 そう言って一歩、通りへ踏み出した……その瞬間だった。


「カティっ!!」


 イシュナンテの鋭い声と同時に、木輪の軋む音が重なった。


 振り返ったディランの視界には、カティアを避けようと走車が横に進路を変え、積んでいた荷物が崩れ落ちる瞬間だった。


「カティア!」


 叫ぶより早く、ディランは両足に魔力を込めて地を蹴っていた。


 だが……彼が踏み出すよりも一瞬早く、影が走る。


 ズザァア……と地面を擦る音と砂煙が舞う。


 その砂煙が舞う中へディランが駆け寄ると、カティアを庇うように抱きかかえていたのは、ゼラルドだった。


「大丈夫?周りをちゃんと見ないと」


「え、ええ……私は……」


 カティアは呆然としたまま、自分の身体を確かめる。


「ゼラルド、助かったよ」


「あれ、ディランさん?どうしてここに……」


 驚いた顔でディランを見つめるゼラルドに、ここまでの経緯を話した。

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