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間話 第3小隊

 ――マナウルス教国・地下研究室

 黒い渦から姿を見せたゲルハルトは、冷たい空気が満ちる通路を歩いていた。壁に埋め込まれた灯りは青白く脈打ち、まるで心臓の拍動のように明滅していた。


 そこへ黒衣の研究員が二人、慌てた様子で駆け寄った。


「ゲ、ゲルハルト様!迷宮化は成功しました。峡谷一帯の侵蝕率は92%……対象地域のほぼすべてが迷宮となり、こちらの世界へのマナの流出も確認できております」


「実験材料の回収は?」


「現地から転送された者はすでに被験体室へ。数名は転送時の損傷が激しく、処置が追いついておりませんが……」

 

「壊れたものは捨てろ」


「……は、はい……」


 研究員たちはゲルハルトの冷淡さに眉を引き攣らせながらも頷く。


「合成実験の進捗は?」


 一人の研究員が研究資料を手に、ゲルハルトの前に駆け寄る。


「マナに適性がある人間と魔獣の合成は、安定して行えるようになっております。しかし、マナの適性がない者はまだ……」


「それをなんとかするのが貴様らの仕事だろう……」


「お、おそれながら……人と魔獣を合成するのではなく、マナ適性を持つ人間の生体を調査し、それを我々の身体に移植させる方向で研究を進められないでしょうか?」


 その後ろから、若い研究員の男が震えながら進言する。


「なんだ貴様は?」


 ゲルハルトは淡々と言い放つ。


「ラ、ラジムです」


 研究員は深く頭を下げた。


「ラジム……貴様の言う、マナ適性者の生体を研究したとして、その成果を示す根拠はあるのか?」


 ゲルハルトが目を細め、ラジムを睨み付ける。


「い……いえ、しかし!魔獣の体組織を人体に合成させることが可能ならば、適性者の生体を調べることで我々の生体との差異を比較し、移植することも理論的には可能だと考えています」

 

「ふむ……並行して違う研究を行うことも、有益ではあるか。わかった、今回手に入れた者から、マナとの適性値が高い者を数人、お前の研究にあてろ」


「は、はい!ありがとうございます!」


「それで、聖女の方はどうなった?」


 ゲルハルトの問いに、先ほどの研究員が気まずそうに報告する。


「そ、それが……ギュメルが私欲のために実験台として攫った子どもを魔獣と融合し、教会を襲撃させた挙句……そこに居合わせた者たちに作戦を妨げられてしまいまして」


「……教会内部に潜り込ませた連中は?」


「襲撃に乗じて撤収したようです」


「そうか……今回の件で教会の内部調査や警戒態勢も強化されるだろう。聖女を使った研究は一旦見送って、今回手に入れた研究材料をうまく使え」


「は、はい」

 

 他の研究員の返事を聞くこともなく、ゲルハルトは渦の中へ消えた。



 ――地下研究室・被験体室

 薄暗い部屋の中で、クリスはゆっくりと意識を取り戻した。


「……ここは……?」


 手足は硬い鎖で固定され、周囲には同じく拘束された仲間たちの姿。

 イグニスは鎖を引きちぎらんとばかりに力を込めているが、鎖はびくともしない。


「クソッ……なんだってんだよ」


 ティナは青ざめた顔で周囲を見回した。


「……私たち、迷宮に飲み込まれたはずですよね」


 そのとき、鉄格子の向こうから足音が響いた。


「目が覚めましたか」


 研究員らしき者が声をかけてくる。その手には実験記録用の資料を持っていた。


「誰だテメェ……俺たちをどうするつもりだよ」


 イグニスは唸るような低い声で睨み付ける。


「すみません、僕は、ラジムといいます……それで、あの、あなた方については当面(・・)は危害を加えられることはないので安心してください」


 ラジムは、鋭い目で威圧してくるイグニスにたじろぎながらも三人を安心させようと声をかける。

 だが、ラジムの言葉にティナが疑問を投げかけた。


「……当面、とはどういうことでしょう?」


「そ、そうですね……まずは皆さんの置かれている状況についてご説明しましょう」


「……その前に、この鎖を外してこっから出せよ。それができねぇならこっちにも考えがあるぜ」


 イグニスは二人に目配せをしながら静かに魔力を練り始める……が


「……ぅぐ!ってぇ!」


 身体に刺すような痛みに、イグニスは声を曇らせる。


「あの、魔法は、今までのようには使えませんよ。ここはイスフィールとは違い、空気中のマナが少ないので……」


 ラジムの言葉にイグニスは顔を顰める。


「イスフィールとは違う、だと?」


「はい、ここはマナウルス教国と呼ばれている場所で、皆さんがいたイスフィールとは、生態系、文化、マナの概念が違うんです」


「は?なに言ってんのかよくわかんねぇが、俺たちをイスフィールに帰してくれよ?」


「そ、それはできません……皆さんには我々の研究に協力していただかなければなりませんので」


「研究に協力?話が見えてきませんが、このような場所に捕えられた状況で協力と言われましても」

 

 ティナの言葉にラジムは申し訳なさそうに頭を下げる。


「それは、すみません……魔獣を相手に戦ってきたあなた方が抵抗すれば、僕たちでは抑えられないので」


 ラジムが小さく頭を下げた瞬間、遠くの方から叫び声が響いた。


「ぐぁあああ!!」


「なに、この声!?」


 ティナが叫び声の響く通路の先へと目を向けると、ラジムが目を伏せながら口を開いた。


「この奥では、他の研究を行っているんです……時々、実験台にされた人の声が聞こえてくるんですよ」


「ちょっと待って、実験台とか研究とかどういうことなのよ?」


 クリスは自分たちの置かれている状況に危機感を募らせていく。


「で、ですから、それを今から説明するので……聞いてください」


「……」


 三人は静かに頷き、ラジムの言葉を待った。


「まず、先ほども言いましたが、ここではあなた方のいた世界、イスフィールとは生態系もマナの概念も違うのです」


 ラジムは一呼吸整えると、言葉を続けた。


「マナの概念が違うというのは、この世界ではあなた方の世界とは違い、マナが枯れかけているんです」


「マナが枯れかけている?」

 

「はい、"星呑虫"と呼ばれる存在によって、マナが吸い尽くされたことでこの世界のマナは無くなったんです」


 聞いたことのない名前に三人は眉を歪ませながら、話の続きを待つ。

 

「でも、そのマナが尽きる寸前……僕らの祖先は、最後のマナを使って"ジェニウス"という存在を生み出しました。そして彼は、創造主たる祖先の『マナを再びこの世界に取り戻して欲しい』という願いを忠実に叶えようとしているんです」


「ちょっと待てよ、その星呑虫(せいどんちゅう)?だとかジェニウスだとかってなんだよ?それが俺たちの世界になんの関係が……」


 イグニスが訳がわからないと首を振る中、ティナは何か気づいたように目を見開いた。

 

「マナを取り戻す……!まさか、私たちの世界からマナを奪ったってこと?」


「その通りです。ジェニウスは他の世界からマナを吸い上げるために黒核(スフィア)を創り出しました。そのせいであなた方の世界では迷宮が現れ、侵蝕という形でマナが奪われているんです」


 イグニスは唇を噛む。


「俺たちが命懸けで戦ってるのは……全部そいつ仕業かよ」


「さらに……あなた方がスフィアを破壊し始めたことで、ジェニウスは"妨害"として自分の世界で生み出された魔獣を複製し、送り込むようになりました」


「ふざけないでよ……」

 クリスが拳を握りしめる。


 ラジムは小さく頷き、表情を沈ませた。


「そして最後に……魔獣を生み出したのも、マナなんです」


「どうしてマナが魔獣を生み出すのよ?」

 クリスの問いに、ラジムは静かに答えた。

 

「この世界は、マナが失われたことで生態系が大きく変わってしまったんです。そこへ、スフィアによって急激にマナが増えてしまった。その結果、生物たちは魔獣へと姿を変えたんです」


「……そんな」


 ラジムは深く頭を下げた。


「本当に……すみません。僕たち、マナウルス教国の信者は魔獣こそがマナに選ばれた存在だと信じているのです。ならば、人間も同じように進化させられるはずだと」


「進化……それが、あなたたちの目的ってこと?」

 クリスが低く呟く。


「はい。彼らはマナに適応した新たな人類になろうとしているんです。そのために……あなた方のようなマナに適性を持つ者を研究材料として扱っているんです」


 三人の顔に緊張が走る。


 ラジムは恐る恐る続けた。


「このままだと、あなたたちは人体実験に使われてしまう……僕は、嫌なんです……マナの適性を得るために違う世界から連れてきた人を実験台にするなんて」


「人体、実験……」

「まさか、これまでも俺たちみたいにここに連れて来られた連中が……」

「ひどい……」


 三人の表情を見て、ラジムは意を決して頭を深く下げた。


「だから……こんな実験をしなくて済むように、協力してくれませんか!」


 その言葉には強い信念が感じられた。

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