間話 イスフィールの闇
――イスフィール王国
迷宮攻略部隊第3小隊詰所
「お前ら、次の任務が決まったぞぉ、よ〜く聞いとけぇ」
やる気のない、間延びした声……声の主は、細身で吊り上がった細い目が特徴的な男。
その男が詰所の中心で任務の詳細を述べる。
「あ〜最近、イスフィール北東の峡谷周辺で黒衣の不審人物を目撃したという情報が増えている。今回の任務は、その調査ってことになるが〜……出発は明朝ってことで、よろしく〜」
男は言うことだけ言い終えると、ノロノロと詰所を出ていった。
「……ったく、トマト野郎が、あのやる気のない感じはどうにかなんねぇのかよ」
イグニスが男の後を睨みながら愚痴をこぼすと、ティナはそれを諌めるように声をかける。
「ゲルハルト隊長はああいう方なんですから、ぼやいても仕方ないですよ」
「ディラン隊長の後任で第3小隊に配属されたのが、あのゲルハルト・トマトマンなんてね……あまり良い話は聞かないけど」
新たに配属されたゲルハルトに対し、クリスも不満そうに呟いた。
「どうせ、上の連中に取り入って贔屓にされてるんだろ?団長とちょくちょく話してるところを見たってやつもいるしな」
「あくまで噂ですから、それよりも明日の調査任務の準備をすすめましょう。必要な物資と移動経路の確認、それから……」
ティナは卓上の地図を見ながら、他の隊員と任務の詳細を詰めていく。
その様子を見ながら、イグニスとクリスは溜め息を吐いていた。
「はぁ、本来なら隊長もこの場で作戦の詳細を確認すべきだと思うんだけど」
「あいつにそんなこと期待しても無駄だろ」
「ほら、二人ともいい加減にして、こっちに参加してください」
「へいへい、了解ですよっと」
――イスフィール王国、団長室
「失礼いたします……」
「ゲルハルトか、峡谷の調査はどうした?」
「はっ……明朝には出立いたします」
先ほどまでの気の抜けた様子はなく、ゲルハルトは背筋を正し、無駄のない口調で述べた。
「……お前に対する騎士団の評価が芳しくないことは分かっているな?」
ヴァルターはそんなゲルハルトに対し厳しい言葉をかける。
「……それが、なにか?」
「お前がこれまで我が騎士団に貢献してくれたことは評価している。それに見合った地位まで与えたつもりだが……もう少し、他の連中と仲良くできんのか?」
ヴァルターの言葉に、ゲルハルトは表情を変えることなく答える。
「必要ありません。それに、私自身が望んだ地位ではございませんので」
その静かな言葉の奥に、何者も寄せ付けない冷たさを感じ、ヴァルターは肩を落とした。
「そうか……それで、出立の報告をしに来たのか?」
「いえ、実は今回の調査任務について気になる情報があるのです」
「ほう、言ってみろ」
「はっ、峡谷周辺の事前調査を行ったところ、不自然な魔力の残滓の反応が確認されたようです」
「魔力の残滓……やはり、例の連中が関与していると?」
「おそらくは……新たな迷宮が発生する可能性も考えられます」
迷宮という言葉に、ヴァルターは眉をぴくりと動かす。
「わかった。ならば、調査は慎重に行え。もし迷宮が発生するようであればすぐに撤収しろ」
「はっ……それでは、私はこれで失礼いたします」
ゲルハルトは深く頭を下げて、団長室を出ていった。
ヴァルターは静かに目を閉じ、口を開く。
「迷宮か、やつらの狙いは何だというんだ」
イスフィール王国に迷宮が出現し始めてから幾百年……今も続くその災害に頭を抱える騎士団長の言葉は、誰に届くわけもなく、静かに消えていった。
――翌日
第3小隊はイスフィール王国から北東へ進み、峡谷の鼻先まで到着した。
隊員たちは慣れた手つきで魔法を展開させると、荷台から物資を次々と降ろしていく。
周囲の土から簡単な外壁を作り出すと、ものの数分で簡素な野営地ができあがった。
「隊長、拠点の準備が整いました」
クリスが姿勢を正し、ゲルハルトにそう伝えると、彼は欠伸をしながら指示を出す。
「ふぁ〜、はいはい、ご苦労様。それじゃ早速、編隊を組んで行ってきてよ」
「はっ、では隊長は私の隊と一緒に……」
「いやぁ、俺はここにいるよ、なんかあったら報告してくれる?」
「は?……あ、いえ、了解しました」
クリスは一瞬、口角を引き攣らせるも、言葉を飲み込んだ。
「じゃ、よろしく〜」
ゲルハルトはそのまま設営されたテントの中へと入っていった。
「どうして、あんなやつが隊長に……」
クリスはテントの入り口を睨みながら、小さく呟き、踵を返して調査部隊の編成をするために隊員を集めた。
――テントの中では
ゲルハルトが懐から黒い板を取り出すと、その表面をすっと指でなぞった。
すると、その板から声が聞こえてくる……
「……首尾は?」
感情のこもっていない声音に、ゲルハルトは無表情で答える。
「問題ない。転送の準備を進めろ」
「わかった」
会話を終えると、ゲルハルトは黒い板を懐にしまい、目の前に手をかざした。
「開け」
その言葉と同時に、目の前に黒い渦のような空間が広がる。そして、彼はそのまま渦の中へ姿を消した。
――峡谷入り口
クリス、イグニス、ティナの三人は少数の分体を編成し、調査を開始しようとしていた。
「周辺の索敵は特に問題はなかった……黒衣の人物が何者で、何を目的としているのかは不明だが、各分隊、慎重に調査に当たれ!」
クリスが声を張り、指示を出す。
「これじゃ、お前が隊長みたいなもんじゃねぇか。トマト野郎は何してんだよ?」
「隊長は、調査拠点で報告を待つそうよ……」
「あぁ?ここまで来て自分は何もしないってか、何しに来たんだよ」
「知らないわよ、それより、任務に集中しましょ」
「そうですね。では先ほど決めた通り、私が左崖、イグニスさんが右崖、クリスさんが渓底の調査を行うということでよろしいですか?」
「ええ、それでいいわ」
「っしゃ、さっさと終わらせて帰ろうぜ」
三人はそれぞれ分隊を率いて調査を開始した。
――その頃、峡谷の奥では黒衣の男が何かの祭壇の前に佇んでいた。
「連中は峡谷の調査を始めたところか……」
そう言って、男は片手に黒い球体を掲げる。
「我らの崇高な進化のために、贄となる誉を……」
男が祭壇に黒い球体を置いた瞬間、辺りに黒い靄が広がり始める。
それとほぼ同時に、男の背後に黒い渦が現れ……ゲルハルトが姿を見せた。
「スフィアを設置したか……撤収するぞ」
「お前の部下なんだろ?見届けていかないのか?」
「必要ない」
「くく、冷たいことで」
「奴らは我々の目的のための道具でしかない……無駄口はいい、早くしろ」
「違いない」
二人が黒い渦の中へと姿を消すと、祭壇から黒い靄が凄まじい勢いで吹き出し、辺りを飲み込んでいった。
それから程なくして、峡谷の調査を開始した第3小隊も、峡谷の奥から黒い靄が木や岩、渓流までも飲み込みながら迫ってきていることに気づいた。
「おいおい、こりゃまずいんじゃねぇか……くそっ、お前ら!すぐに後退だ!急げ!」
崖の上から異変に気付いたイグニスは、隊員にすぐに指示を出してこの場から離れようとしていた。
対崖にいたティナたちや、中央を進むクリスたちも同様に撤退しようと動き始めたが、黒い靄の広がる勢いは凄まじく、見る間に闇が目前に迫っていた。
「まさか、迷宮化が…っ!」
クリスは迫り来る闇に成す術もなく、飲み込まれていく。
その場にいた、他の隊員たちも次々に闇に飲まれ……一帯を漆黒の闇が包み込み、新たな迷宮が生まれた。




