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38話 種火の燭台

 ――行方不明になっていた子どもたちを救い出し、教会襲撃事件に一応の決着をつけたディラン一行は、カレドニアへ戻る道を進んでいた。


 その道中、話題は自然と仲間たちのこれからについて話は移っていく。


「……そういえば、シオンはこれからどうするんだ?欲しかった薬草は手に入ったんだろ?」


 走車の揺れに身を任せながら、ディランが声をかけると、シオンは少し考える素振りを見せながらゆっくりと答えた。


「ん〜、そうなんだけど……教会で話してたことがずっと気になっててさ。あなたは、治癒術…魔法ってのに詳しいのよね?」


「おう?まぁ、基本的なことは理解してるつもりだが、どうしたんだ?」


「……実は、私にも治癒術の素質があるらしいんだけど」


「ああ、障壁魔法とか使って戦ってたから、それはなんとなく分かるよ」


「……でも、私の治癒術はこれぐらいの障壁を展開させるのが精一杯なのよ」


 そう言ってシオンは、握り拳程の障壁球を作り出す。


「モニカや他の神官みたいに、大きな障壁を展開させることも出来ないし、傷を治すことも出来ない……どうしてかしら?」


「なるほどなぁ……それ以上の大きさで障壁を展開させたらどうなるんだ?」


「何度も試したことはあるのよ。その度に身体中に針が刺さるような感覚がして、まともに展開できないの」


 (聞く限りだと、前に俺が感じた感覚と似たようなもんだが……)


「ん〜、あくまで俺の見解だぞ?まず、障壁を作り出すために必要なマナの量が少ないって可能性があるんだが……他の神官たちが障壁を展開させているのを見ると、それは違うと思うんだ」


「……ええ」


 シオンは真剣な顔でディランの言葉に耳を傾ける。


「次の可能性は、シオンの中にある魔力の量が極端に少ないのかもしれん。だが、お前さんが戦闘中に何度も障壁球を作り出しているのを見ると、それも違うだろう」


「それじゃ、どうして……」


「おそらくだが、シオンの持つ魔力量に問題があるわけじゃなく、魔力を一度に放出できる量に限りがあるんだろう」


「放出できる量?」


「そうだ。魔法に関しては、俺の世界でも個人差が大きくてな、扱える魔法の種類、属性、範囲、威力、精密さ、回数など全てにおいて違うんだよ」


「そう、なんだ……それはどうにも出来ないの?」


「出来ない」


 ディランはキッパリとそう告げた。


「……わかったわ、ありがとう」


 シオンがどんな思いで、ディランに話を聞いたのかはわからないが、何かを諦めたように言葉を絞り出した。


「とは言え、だ……その限られた魔力量と扱える魔法を自分なりにどう使うか工夫することで、出来ることは増えるぞ?」


「え?」


「シオンの場合、少ない魔力を少しずつ放出することが出来るんなら人に使うんじゃなく、薬草とかに直接使って薬効を高めるとか出来るんじゃないか?」


「薬草に、直接……待ってよ!そんなことが出来たら……ぶつぶつ」


 シオンは一瞬目を見開いたかと思うと、口元に手を当てて思考の渦へと沈んでいった。

 その様子を見ていたリィンは、小さく呟やく。


「ここまで、ずっと暗い顔をしてたのに……まるで生気を取り戻したみたいだな」


「それなら良かったが、っていうかリィン?お前とホルンはどうするんだよ」


「俺は……ホルンと森に帰る、つもりだったんだが」


「だが?」


「……シオンに薬草採取の手伝いを頼まれた」


「ほぉ、いいじゃないか。それなら、シオンと一緒にいろんなとこに行くのか?」


「さっき話した時は、そんな感じだったけど」

「予定変更よ、リィン!やってみたいことができたから、暫くカレドニアに滞在するわ」


 目を輝かせながらこちらへと振り返るシオンに、二人は静かに顔を見合わせる。


「……だ、そうだ」


「そうみたいだな。しかし、カレドニアに滞在するなら、ホルンはどうするんだ?ずっと街の外に居させるわけにもいかんだろ」


「それは心配ないわ、カレドニアに着いたらアルフテッドさんに相談してみるから」


「……そ、そうか」


 (相談て、アルフテッド殿も大変だな)


 ディランは心の中で警備隊長の心労を憂いていた。


 ――その後は、フラムと交代してディアの手綱を握り、何事もなく無事にカレドニアへと辿り着いた。


 到着して早々に、シオンはリィンとホルンを連れて警備隊の詰所へと駆け出す。

 フラムは、その後ろ姿を見つめながら怪訝そうな顔でディランを睨む。


「あんた、シオンに何か言ったの?走車の中でも、まるで何かに取り憑かれたみたいにぶつぶつ喋ってたし」


「何って、魔法について聞かれたから、俺なりの助言をしたと言うか、まぁそんな感じだ」


「どんな感じよ?でも、まぁ……クロイツを出てから何か元気なかったし、良かったわ」


 フラムは少し安堵した表情を見せていた。


「何かやってみたいことを思いついたらしいしな。暫く、ここに滞在するって言ってたぞ」


「やってみたいことねぇ、シオンのことだから薬のことでしょうけど……彼女、薬草のことになると周りが見えなくなるのよ」


 フラムは困ったように両手を上にあげる。


「そうなのか……でも、心配ないんだろ?リィンとホルンも一緒にいてくれるみたいだしよ」


「ほんと?それじゃ、多少無茶なことしても安心かもね」


 (フラムがそこまで心配するなら、よっぽどなんだろうな…)


「それより、あんたこそどうすんのよ?これから泊まる宿決めて、ギルドの登録するんでしょ?」


「ん?ああ、そうだった!この辺で安くておすすめな宿とかないか?」


「安くておすすめ、ねぇ……これから行くとこは、ディアと荷台も預けられる宿だから高いし」


 フラムは『う〜ん』としばらく考えた後、思い出したように手を叩く。


「あ、あるわよ、いいところが」


「おう、なんてとこなんだ?」


「街の入り口の辺りなんだけど"種火の燭台"って宿があるの?私も十年前に来た時に泊まったとこだけど、良いところよ」


「種火の燭台か、なんかいい名前だな」


「でしょ?仕事を探しに来た者のために格安で提供してるのよ」


「へぇ、商業都市なんていうのに良心的なとこもあるんだな」


「成功して羽振りが良くなると、女将さんに追い出されるけどね」


「はは、これから頑張ろうってやつのために徹底してるんだな」


「まぁ、女将さんがそういう人だからね。宿に荷物預けたら、そこまで一緒に行ってあげるわ」


「ありがとう、助かる」



 ――それから、フラムの案内で『種火の燭台』という宿に足を運ぶと、宿の受付に恰幅のある女性が帳簿を見つめていた。

 彼女は来客に気づくと、ジロリと視線を動かす。


「……あら?あんた、フラムちゃんかい?」


「ご無沙汰してます。女将さん」


「それで?ここは男連れで来るような宿じゃないよ。そう言うのは他所へ行きない」


「な!そうじゃないわよ!客よ、客っ!」


 女将さんの言葉に顔を真っ赤にさせながら、フラムは声を荒げた。


「はっはっはぁ!わかってるよ、あんたがそんなことするタマじゃないのはね。それで、客にしちゃ肝が据わってそうだけど?」


 女将は豪快に笑いながらディランへと視線を向ける。


「ディランだ、フラムに紹介してもらったんだが……」


 女将は、しばらく値踏みをするようにディランを見つめると、パタンと帳簿を閉じた。


「ふん……フラムちゃんの紹介ってことは、何かしら事情があるんだろ?いいさね、うちに泊まってきな。家賃は十日で大硬貨一枚だよ」


「は……十日で一枚!?安すぎだろう、それで経営が成り立つのか?」


 (一泊が相場のたった一割?流石に安すぎるだろ……)


 あまりの破格条件にディランは目を見開いて驚いた。


「いいんだよ、うちは旦那が商業ギルドで働いてるからね。これも街のための投資みたいなもんさ」


「投資なのか?」


「ん?似たようなもんさ、ここで仕事見つけて、街のために働いてくれる人材が育てば、街は潤う。新しい芽が育たなきゃ街は廃れるからね」


「なるほど、そういう考え方もあるのか」


「まぁ、寝床を提供してるだけだからね、飯は自分で日銭を稼いで食いな。それと、ここを出て行く時には私に一杯奢ってくのが決まりだよ」


 女将は後ろの鍵棚から鍵を取り出すと、ディランへ渡した。


「こいつが部屋の鍵だよ。二階の角部屋、好きに使いな」


「ああ、ありがとう。これからよろしく頼むよ」


「こっちこそ、いろいろあるだろうけどしっかりやんなよ」


 (なんだかんだで、ようやくカレドニアでの生活が始まるのか……新しい世界、新しい生活、不安はあるが、なんとかなるだろ)


 ディランは深呼吸して、フラムへと向き直る。


「そんじゃな、フラム。また何かあったら相談してもいいか?」


「え……あぁ、いいわよ」


 フラムは歯切れの悪い返答に、ディランは少し首を傾げたが、特に気にせず荷物を肩に抱えた。


「さすが、頼りになるな……ありがとよ、またな」


 そう言って、荷物を抱えて二階へと登って行った。


「……」


 フラムはその後ろ姿を見つめながら、今までにない感情の動きに戸惑いを感じていた。

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