37話 教国の狙いは?
――その日の昼頃には、襲撃によって破損した教会の後始末もあらかた終わっていた。
学院からの学生たちによる支援や、カレドニアから警備隊の小隊が救援に駆けつけてくれたことで作業は早く進んだ。
一方……治療室ではアルデルトが目を覚まし、クライスやモニカ、セリナたち教会の代表者、さらに警備隊隊長のアルフテッドとディランたちを交えて、今回の襲撃について話し合う場が設けられていた。
「アル坊よ、もう少し休んでなくて大丈夫なのか?」
病み上がりのアルデルトを気遣い、クライスが声をかける。
アルデルトは寝台から上体を起こし、周囲を見渡してから静かに答えた。
「少し血を流しすぎただけさ。心配はいらないよ。それより……アルフテッド殿。カレドニアから救援に駆けつけていただき、本当にありがとうございます」
「いえ、我々としても誘拐事件の調査を進めていた矢先のことでした。まさかクロイツ教会への襲撃に繋がっているとは……救援が遅れたことをお詫びします」
そう言ってアルフテッドは深く頭を下げた。
「とんでもない。後始末まで手を貸していただけて、こちらこそ感謝しています」
「はいはい、そういう挨拶はもういいでしょ。本題に入りましょう。クライス、尋問の方はどうだったの?」
フラムが手をひらひらと振って促す。
「ん、ああ……そうだったな。まず、あの男についてだが、名前は『ギュメル』。三年前に神官採用試験を受けたが採用されず、その後すぐにマナウルス教国に勧誘されたらしい」
「三年前?神官になれなかったから教国の勧誘に乗ったってこと?」
フラムが眉をひそめると、シオンが口を開いた。
「神官採用試験に落ちるなんて、よっぽど人間性に問題がないとあり得ない話よ。それに……」
シオンは口元に手を当て、考えるように目を細める。
「試験に落ちた直後の人間を教国がわざわざ勧誘するなんて、都合が良すぎる……まさか?」
「その、まさかだ。教会の中に教国の信者と通じているやつがいるらしい」
「そんな……っ!」
クライスの言葉に驚きを隠せずに、アルデルトは目を見開いた。
「しかも、この襲撃に乗じて所在の掴めなくなった神官が数名いるらしい」
「抜かりない連中ですな……目的は、キメラを量産するために治癒術の素質を持つ者を集めることと、"聖女"様だと考えられますが」
アルフテッドは顎に手を添えながら、セリナへと視線を向ける。
「私……」
「それは、間違いないと思います。そのギュメルという男が、祈りの間でセリナを魔獣に取り込んだ時に『最高の魔獣』と言っていたから」
「確かに、ギュメル本人も言ってやがったよ。せっかくの最高傑作を台無しにされたって何度もな……思わず殴っちまったが」
「すぐ手が出るんだったら、尋問なんかしなきゃいいのに」
フラムが呆れながら冷たい視線を向け、クライスは項垂れながら口を尖らせた。
「ぐ、うるせぇな……仕方ねぇだろ?いちいち腹が立つこと言うんだからよ」
「まともに相手するからでしょ?それで、教国の狙いは何なの?」
「はぁ……まぁ、奴が教国の指示で魔獣の研究をしていたのは間違いない。教会に紛れ込んだ信者から、十年前のキメラ騒動の資料を流してもらってな」
クライスは机に地図を広げながら続ける。
「その研究に使われたのは、俺たちの推測通り当時の修道院跡だ。既に神官騎士たちを向かわせているが、おそらく教国の手掛かりはほとんど残ってないだろう」
「なぜそう思うんだ?」
ディランの問いにアルフテッドがクライスの代わりに答える。
「襲撃の騒動の中、姿をくらませた教国の者が手を回していると考えるのが妥当ですね」
「確かに、これだけ時間も経ってれば手掛かりを消されちまってるか……攫われた子どもたちは?」
魔人にされ、治療出来た子どもたちは十人あまり。
攫われた子どもたち全員が確認出来たわけではなかった。
「研究施設にはもういないらしい。魔人を作り出すために、攫われた子どもが実験台に使われ、魔獣の身体に適応出来なかった者は……もう」
その先の言葉は聞かなくても理解できた……教国の実感の犠牲となった子どもたちのことを想い、その場の空気が重く沈んでいく。
「どうして、子どもたちがそんな目に……」
「ギュメルの目的は最高の魔獣を生み出すことだと言ってた。奴が言うには、マナと親和性が高いのは十歳前後の子どもらしい。なんでも、マホウ?の適正がどうのとも口にしてたが」
「なっ!」
(……魔法!?)
ディランが思わず声を漏らす。
「うお!どうした?」
クライスがその声に驚き、声をかけた。
「あ、いや……」
(魔法の存在を教国は知っている?マナと魔獣……そして魔法、適性……イスフィールの人間なら、マナを取り込んで魔法を使うことができる……この世界で魔法が使えるとすれば)
そこまで考え、ディランはある可能性を導き出した。
「なぁ、アルデルトさん……この教会の創設者、いや、治癒術を最初に広めた人物は"迷い人"だったりするのか?」
「えっ、治癒術を、ですか?迷い人であったかは分かりませんが、教会を創設し治癒術を広めたのは『ドニ・クロイツ』という方ですよ。その名を取って、この街の名にしたと言われてますが」
「ドニ・クロイツ……」
(聞いたことはないが、この街が作られた時期を考えれば相当昔の話だろうからな)
「それがどうかしたの?」
フラムの問いかけに、自分の考えを伝えるべきか悩むディラン……
(迷い人であることは伏せるべきだと言われたが、教国の狙いを考えれば無関係じゃない)
この場にいる全員の顔を見渡し、決心する。
「そのギュメルが言った"魔法"について、心当たりがある」
「心当たりって、ディラン……あんた」
「わかってる。ここにいる皆には話しても大丈夫だろ?」
「はぁ、まぁいいんじゃない。何かわかったんでしょ?」
フラムの言葉に頷き、皆の方へと向き直る。
「何から話したもんか……」
ディランは頭をかきながら息を吐いた。
「率直に言う……俺は、この世界の人間じゃない」
その瞬間、空気が張りつめた。
フラムは溜息まじりに肩をすくめ、一同は真剣な面持ちでディランを見つめる。
「この世界の人間ではないとは、どういう意味ですか?」
アルデルトが問いかける。
「俺は……別の世界から来た。気付いたらこの世界にいて、自分の境遇について調べるためにカレドニアへ向かってたんだ」
「もしかして……迷い人なのか?」
クライスが眉を寄せて呟く。
「そうらしい……ただ、教国の人間が魔法を知っているとしたら、俺も無関係ではないと思ってな」
「魔法……治癒術のようなものなのですか?」
セリナの問いに、ディランは首を縦に振る。
「ああ、治癒術は俺のいた世界の治癒魔法と似ている。その力を使うためには空気中のマナを取り込み、自身の魔力と練り合わせる必要があるんだが……」
ディランは自分の考えを整理するように言葉を続ける。
「その魔法を使うには”適性”が必要だ。ギュメルが言ってた十歳前後の子どもに適性があるって話……それは、間違ってはいない。俺のいた世界でも、自身の魔力を操作できるようになり始めるのがそのぐらいの歳なんだ。だが、それが定着するまでに四、五年はかかるはずなんだ」
「……それじゃ、どうして魔力が定着する前の子どもを攫うの?」
シオンの言葉にアルデルトが反応した。
「いや、定着する前だからこそでしょう。魔獣との適合性を高めるために」
「どうしてそうなるのよ?」
フラムの声には怒りが滲んでいた。
「成長段階にある子どもの身体だと、魔獣という異物に順応する可能性が高くなるからでしょう」
「だが、俺の考えが正しければ、そこには大きな問題があるんだ」
ディランが険しい表情を見せると、クライスが問いかける。
「問題って、なんだよ?」
その言葉に、ディランは静かに応じた。
「この世界で魔法を扱えるのはおそらく、迷い人と……その血を引いている者だけ。そして、魔獣と適合するのもそれと同様のはずだ」
「待ってください!それでは、魔法適性のない者は?」
「魔獣と適合出来ずに命を落としてしまう……」
沈黙が再び室内に広がっていく。
その沈黙を破るようにリィンが口を開く。
「話を戻そうよ……教国の連中は、そうまでして何がしたいんだ?」
「何って、最高の魔獣様を作りたいんだろ?」
「その後は?」
「そりゃ……ええ、と?」
「ちょっと、クライス?あんた、尋問してきたんでしょ!」
クライスの言葉に呆れたように、フラムがツッコミを入れた。
「いや、あの野郎、何度聞いても同じことしか言わねんだよ!最高傑作を作るのが俺の使命だってよ」
「そのギュメルという男は、教国の末端に過ぎないのかもしれないですね。キメラや魔人の研究を進めることに、他の目的があるのかも……」
アルフテッドは眉間に皺を寄せながら呟く。
「他の目的、か……マナウルス教国は何をしようとしているのか……ふぅ、これ以上はここで話し合っても答えは出なさそうですね」
アルデルトの言葉に、一同は深く頷く。
「そうですね。クライス殿、今回の騒動を起こしたギュメルという男を、カレドニアに連行してもよろしいですかな?我々の方でも何か情報が得られないか聴取したいのですが」
アルフテッドの頼みを、クライスは快く飲んだ。
「構わないぜ、もともとその予定だったからな」
「助かります……カレドニアから攫われた子どもたちも我々が保護して連れ帰りましょう。では、私はここで、司祭殿と聖女様もしっかりと静養なさってください」
「は、はい」
「ええ、心遣い感謝します」
「それじゃ、俺たちもカレドニアに戻るか」
「そうね……何だか、すっきりしない終わり方だけど」
「確かに、犠牲になった子どもたちのことを考えるとね」
ディランたちも腰をあげ、アルデルトとセリナに声をかけて治療室を後にする。
――今回の襲撃についての話し合いは、これで区切りを得たが……教国の本当の目的は暗雲の中に隠れたまま、一同の心の中に霧がかかったようだった。




