36話 一難去って
――教会
キメラの襲撃から一夜が明けた。
朝を告げる陽の光がステンドグラスから差し込み、教会の中を淡く照らし出す。
神官や騎士たちは混乱の収拾と負傷者の対応に追われていた。
「しかし、何が狙いだったんだ?街や学院の方にはほとんど被害はなかったんだろ」
教会入り口の広間で休んでいたディランが尋ねると、その辺りに散らばっていた椅子に腰をおろしてフラムが答えた。
「そうね、少なくとも街に被害が出ていないことを考えれば、目的はこの教会ってことになるけど……あの黒いローブの男を調べないと」
「そいつなら、傷の治療を受けさせたうえで、クライスさんが尋問してるらしいから、今は待つしかないわね」
シオンはそう言いながら周りの様子を見渡すと、薬鞄を手に立ち上がる。
「さて、私も怪我人の治療に行こうかしら……治癒術は使えなくても出来ることはしたいし」
その様子を見ていたリィンとホルンもディランに声をかけて動き出す。
「俺とホルンは、周りの警戒と、生存者がいないか探してくる」
「リィン、ホルンもありがとうな」
「ワゥッ」
返事をするようにホルンが短く吠え、二人は教会の外へと向かっていった。
「あんだけ激しい戦いの後だってのに、元気なやつらだなぁ」
「なにじじ臭いこと言ってんのよ」
「じじ…っ、そこまで老け込んだつもりはないっての」
「はいはい、そんなことより……あの黒いローブの男、間違いなく教国の関係者よ」
フラムは真剣な表情でディランに向き直る。
「教国……ね、魔人のこともそうだが、人間と魔獣を一つに融合させちまうなんてな」
「ええ、マナと魔獣を信仰する狂信者たちだって聞いてたけど、想像以上に危険な連中ね」
ディランとフラムは変わり果てた教会の様子を見渡しながら、神妙な面持ちになる。
「それで、アルデルトさんと聖女さんは、大丈夫なのか?」
「二人なら教会の治療室で休んでるはずよ。アルデルトも傷は深かったけど、モニカの治療が迅速だったおかげで、一命はとりとめたし」
「そうか……しっかし、あれが治癒術かぁ」
(不思議な力で傷を治すって言ってたが、あれはイスフィールの治癒魔法とほぼ同じ……)
イスフィールで使われている治癒魔法と治癒術に既視感を感じ、この世界と魔法の関係について思案する。
(俺のような迷い人がこの世界で治癒術を広めたとしたら……でもマナは?この世界のマナはイスフィールと比べても遥かに少ない……単純に治癒術に必要なマナが少ないのか?それとも……)
「……なぁフラム、そもそもマナってどういうものだと思う?」
「え、なによ急に?でも、そうね……正直なところ私もマナについてはよくわかってないのよ」
フラムの答えにディランは首を傾げる。
「教国の連中はマナを信仰してるって言ってなかったか?それがよくわからないって」
「うーん、マナって目に見えないじゃない?教国の連中はその目に見えないマナの存在を信じているのよ」
「ほぅ……」
(確かに目に見えないが、イスフィールじゃ空気みたいにあるのが当たり前だったからな)
「それが生命を進化させるんだ!とか、魔獣こそがマナの恩恵を得た存在だ!って信じ込んで、その思想で他人の命を利用するなんて」
「まぁな、そのために魔人を作りだしたんだとしたら……許せねぇ」
(襲撃の時に見かけた、子どもの魔人……アルデルトさんが治癒術で元に戻すことができたのが幸いだが)
「他の魔人にされた子どもたちは、無事なのか?」
「どうかしら……私たちはあの三首のキメラの相手で精一杯だったから」
フラムの表情が暗くなる。
(あれだけの数のキメラが襲ってくるなか、魔人の動きを抑えて治癒術をかけるなんて余裕はないだろう。それに、魔人の正体が子どもだと気付かなければ……)
「あの子たちは『魔人』と呼ばれているのですね」
ディランは不意に声をかけられ、振り返る。
そこには、夜通し治癒術を使い続けて疲れ切った顔のモニカがいた。
「モニカ?あんた大丈夫なの?顔色が悪いけど」
その様子を見てフラムが心配する。
「まぁね、でも流石に驚いたわよ……魔獣と子どもを一つに融合させるなんて」
モニカは満身創痍といった様子でフラムの隣に腰掛けた。
「その、子どもの身体から魔獣の組織を引き剥がすのがどれだけ大変か……はぁ」
「治癒術のことはわかんないけど、アルデルトは簡単そうに治してたわよ?」
「なっ!教授と一緒にしないでくれる?あの人の治癒術は私なんかよりずっと精密なんだから」
「そうなの?伊達に司祭様をやってるわけじゃないのね」
フラムが『へぇ〜』と頷きながら口にした言葉に、モニカが少し寂しそうな表情を見せた。
「ええ、どんどん遠くに行ってしまう……」
(彼女は……いや、俺が気にすることではないな)
「そう言えば、さっきの口ぶりだと、魔人の子の治療をしてたみたいだけど、子どもたちは無事なの?」
「クライスさんの指示で、その魔人にされた子どもたちの動きを抑えて治癒術をかけて回ったから……それでも、助けられたのは十人よ」
「……カレドニアで捜索依頼が出されていた子どもだけでも十人以上はいたはずだが」
「はい…出来る限りのことはしたのですが、手の施しようのない子も……」
モニカは目を潤ませながら唇を噛みしめる。
「そう…が目的でこんなこと……尋問の方はどうなってるの?」
「そっちは、クライスさんに任せてるけど、昼までには終わるんじゃないかしら」
――教会、懺悔室
クライスが黒いローブの男の尋問をしていたが……
「下等な人間が魔獣と一つになることで、選ばれた生命体になれるんだぞ!?攫ったガキどもも尊きマナの力に触れることができたというのに、感謝してもらいたいものだ!」
「……その攫ってきた子どもたちはどうした?」
淡々と問いかけるクライスだが、その声音は低く、怒りを孕んでいるのは誰の目にも明らかだった。
「だから言ってるだろ?俺の手で、魔獣と一つにしてやったんだと!くくく、まぁ身体は馴染んでも理性が保てなかったのは今後の課題だな。次はもっ……ぶぁっ!」
男が話し終える前に、拘束されている椅子ごと吹き飛ぶ。
「……あ゙っ」
拳を振り抜いた姿勢のまま、クライスが口を開けて固まっていた。
「やっちまった、これで三回目だよ……」
クライスは項垂れながら男の椅子を元の位置に戻し、泡を吹きながら気絶している男に治癒術をかけさせる。
「ペラペラ喋るから尋問にならん。それは助かるんだが、いちいち人を見下したように喋るから、つい殴っちまう……」
「我々も同じ気持ちです。むしろ、殴っていただけてこちらも気持ちがスッと致しますので」
一緒に尋問を行う神官も、クライスを咎めることなく男に治癒術をかけていた。
……この調子で、男は何度も意識を失いながら尋問は続いた。




