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35話 祈りの間へ②

 ――ディランたちが武器を構え、キメラを見据えた瞬間、ホルンが首を高く掲げた。


「ウォオオオーーーン!」


 大聖堂に響き渡る遠吠えに、キメラが一瞬動きを止める。

 それを合図にディランが加速し、獅子の頭下へと一気に距離を詰める。

 リィンは背後へ回り込み、腕を一閃。

 放たれた無数のナイフが、光の軌跡を描いて大蛇の頭上から降り注いだ。

 その刃は鱗を削り、大蛇の動きを抑え込むようにワイヤーが絡まる。


 続けて、シオンが小型の障壁球を鹿の頭めがけて投げつける。


「えいっ! ホルン、お願いっ!」


「ガゥッ!」


 障壁球が弾け、爆発とともに白い閃光が視界を奪う。

 空気が震える中を、ホルンが駆け抜け、鹿の首へと喰らいついた。

 獣の悲鳴が大聖堂に反響し、石畳が割れる。


 その動きに反応し、獅子の首が反転する。

 燃える瞳がホルンを狙ったその瞬間……


「おい、よそ見してると舌ぁ噛むぞ!」


 低く唸るような声とともに、ディランが足に魔力を込めた。

 石畳を踏み砕く衝撃。

 風を裂く音とともに跳躍し、左腕の盾を振り上げる。


 ゴギィンッ――!


 金属と骨がぶつかり合う鈍い音。

 盾の一撃が獅子の顎を砕き、牙が折れる。


 三つの首の動きが抑えられ、キメラが怯んだ瞬間……

 紅く揺らめく陽炎とともに、フラムの剣が背を貫いた。


「これなら、どう!」


 フラムが炎を纏わせた長剣をキメラの背から引き抜くと、キメラはその痛みに苦しむように鳴き叫ぶ。

 自分の背に立つ敵に向かい、三つの首が一斉に襲いかかるが……


 ザシュッ!……


 凄まじい炎が弧を描くように振り払われ、キメラの首が斬り裂かれた。


「やった!」


 三つの首を同時に斬り落とすことに成功し、シオンが言葉を漏らす。


 首を失ったキメラは、のたうちまわりながら暴れ始めると……徐々に動きが鈍くなり、静かに崩れ落ちた。



 ――


 三つ首のキメラが倒れ、大聖堂の中に静寂に包まれる。


「倒した、のか……」


 ディランの言葉に、その場の全員が息を吐く。

 だが、アルデルトだけは奥の扉を見つめていた。


「……セリナ!」


 アルデルトは大聖堂を駆け抜け、祈りの間へと急ぐ。


「アルデルト!?」


 フラムが声にも構わず、アルデルトは走り抜ける。

 

「教授!もう……神官の方達は負傷者の手当を!騎士の皆さんは教会内の警戒と、残っているキメラの対処に向かってください!」


 モニカは他の神官や騎士に指示を出すと、ディランとフラムのもとに駆け寄る。


「あなた方は?教授の知り合いのようでしたが……」


「ちょっと、モニカ?私のこと忘れたの?」

「え?あ、まさか……フラム?」


 フラムの紅髪を見つめ、『はっ』と思い出した様に目を見開く。


「流石に十年ぶりだからって、一緒に戦った仲間を忘れるのはどうかと思うわよ?」


 モニカの後ろからシオンが声をかける。


「シオン!あなたまで、どうして?」


「……話してる場合じゃない、あの人を追わないと」


 思わぬ場所で再会したことに驚くモニカを他所に、リィンが静かに呟いた。


「そうだ、敵の黒幕がどこにいるかわからん。祈りの間に急ぐぞ」


 ディランたちはアルデルトを追って大聖堂の奥へと進む。



 ――祈りの間


 アルデルトが勢いよく扉を開くと、祈りの間の中には教会騎士が二人横たわり……目の前には何本もの触手をウネウネと畝らせる肉の塊がいた。


「な……これは」

「あ……ル、たす、けて」


 目の前の化け物から、くぐもった声が聞こえてくる。


「まさか……セリナ!」


 アルデルトが声を搾り出すように叫び、手を伸ばした瞬間……何本もの触手が襲いかかる。


「ぅ!ぐぁ!」


 その触手は回転しながらアルデルトの肩と左大腿、脇腹へと突き刺さった。


「ア……る…苦、し」


「セリ……な!」


 アルデルトは血を流しながら、必死に手を伸ばす。


「ああ、ついに……聖女という器を手に入れた!ここに最高の魔獣が誕生する」


 セリナを取り込んだ化け物の横から黒いローブの男が現れ、狂気に満ちた表情を見せる。


「お前、は……お前が、セリナを!」


 痛みを堪え、血走った目でアルデルトが吼える。


「くふふ、あはははは!私の手で!最高の魔獣を!あはははは!」


 ローブの男はアルデルトの言葉が耳に入っていないのか、狂ったように笑い始めた。


「ぐっ……セリナ、私は……君を!」


 アルデルトは自分に突き刺さった触手に触れ、魔力を流し込んだ。


 (こいつも、子供の魔人と同じような存在なら、セリナの身体だけを……引き剥がせる、はず)


「必ず……助ける」


 アルデルトは突き刺さった触手を掴み、歯を食いしばる。

 脇腹から流れる血が石畳を濡らし、焼けるような痛みが全身を駆け巡った。

 それでも、彼はその痛みを無視して、触手へと魔力を流し込む。


「……セリナ……聞こえるか……!」


 返事はない。

 だが、確かに感じた。

 この肉塊の奥、触手の根の先に彼女の鼓動を……


 アルデルトは震える手をさらに強く握りしめ、治癒術に集中する。

 白く輝く光が彼の腕を伝い、血管のひとつひとつが裂けるような痛みとともに、その光が肉塊の中へと染み込んでいった。


「お前なんかに……セリナを……渡すものかぁッ!!」


 叫びとともに、魔力が爆ぜる。

 触手が悲鳴のような音を上げ、体内から蒸気を上げて焼けただれる。

 

 無理な術の展開を強いた反動で、彼の目は充血し、意識は朦朧とする。

 だがアルデルトは倒れない。足が震えようが、口の中に血が滲もうが、微かに残る意識を手放すことはなかった。


 ――そして、沈みかけた意識の底から掠れた声が漏れる。


「セリナを……返せ!」


 次の瞬間、セリナと魔獣が結びついていた組織が引き離され、彼女の肉体が魔獣から剥がれ落ちた。


「これで……セリ……ナ」



 ――ズルリ、と音を立てて、肉の塊が萎むように動きを止めた。


「な、なんだ!?どうしたというのだ!」


 黒いローブの男は、何が起こったのかわからず狼狽し始める。


「私の最高傑作が……貴様!いったい何をした!?」


「……」


 返事はない。


 アルデルトの意識はすでに事切れていた。


「っ!……この死に損ないが!余計なことを!」


 男は懐からナイフを取り出すと、意識を失ったアルデルトへと襲いかかった。


 ……ズンッ


 刃が肉に突き刺さる鈍い音が、静かに響いた。


 祈りの間の入り口から伸びる一本の鉄線、その先にあるナイフが男の胸に突き刺さっていた。


「こいつが、黒幕?」


 リィンはナイフを引き抜きながら呟き、部屋の中を見渡す。


「なんだよこの気色悪い肉の塊は……」


「……!アルデルト!?」


 血溜まりの中に倒れるアルデルトの姿を見つけ、フラムとシオンが駆け寄る。


「意識がない、それにこの傷……」

「早く治療しないと、手遅れになるかも」


 そこへ、後から追ってきたモニカも駆けつけると、瞬時に治癒術を展開させた。


「私が治療します!シオンたちはセリナさんを!」

「え、ええ、わかったわ!」


 アルデルトの治療をモニカに任せ、シオンたちは部屋の中央にある肉塊の元へと向かう。

 そこには、魔獣から引き剥がされたセリナが横たわっていた。

 

「姉さん……っ!」


 シオンが膝をつき、その身体を抱き起こす。

 冷たい。

 だが、かすかに、胸が上下していた。


「息がある……生きてるわ……!」


 シオンの手が頬に触れる。

 皮膚は青白く、引き剥がされた傷の痕が全身に残っている。

 けれど、彼女の顔はどこか安らかだった。


「アル先輩……命懸けで助けたのね」


 シオンの言葉に、フラムは唇を噛んだ。

 モニカの背中では、光が幾重にも重なりながら治癒術が展開されている。

 床に描かれた魔法陣が淡く輝き、アルデルトの身体を包んでいた。


「教授、お願い……戻ってきて……!」


 モニカの声は震えていた。

 その頬に涙が伝う。

 血と焼け焦げた肉の匂いが混じる中、祈りの声だけが響く。


 そのとき、シオンの腕の中で、セリナの指がわずかに動いた。


「……ん……」


「姉さん?大丈夫!?」


 シオンが呼びかけると、セリナの唇がわずかに動き、掠れた声が漏れた。


「アル……は……?」


「いるわ、ここにいる。あなたを助けたのよ!」


 フラムがそう言うと、セリナの目尻から、一筋の涙がこぼれた。



 ――祈りの間


 その天井のステンドグラスはひび割れ、月光が差し込んでいた。

 その光が、アルデルトとセリナを包み込むように降り注ぐ。


「……鐘楼の火が消えた」


 ディランが小さく呟いた。

 

 崩れかけた鐘楼から、火の手が消え、少しずつ月明かりが辺りを照らしていく。


 戦いの終わりを告げるように、その光は教会全体を包み込んでいった。

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