34話 祈りの間へ
――クロイツ教会の鐘楼が炎に包まれ、突如として襲いかかってきた異形の物たち。
それらを相手に、教会の騎士たちが戦いを繰り広げる中、ディランたちは祈りの間へと急ぐ。
石造りの回廊を抜けると、遠くで獣の咆哮とガラスの破れる音、扉の崩れる轟音が重なる。
「くそっ……化け物どもが!」
神官や教会騎士たちが武器を手に駆けていく。その奥からは、異形の魔獣が壁を這いずりながら迫っていた。
「……間違いない、あれはキメラだ!」
アルデルトが目を細めて、警戒する。
鋭い尾を振るいながら迫ってくる獣に、リィンがナイフで牽制を仕掛けた。
「止まってる暇はない、突破する」
リィンの言葉にアルデルトは胸を押さえながらも前を見据える。
(セリナ……どうか無事でいてくれ!)
キメラが次々と襲いかかってくる中、ディランを先頭に敵の攻撃を受け、フラムが切り捨てる。
「もう、キリがない!」
「いったいどれだけの数が……くっ、一体後ろに抜けたぞ!」
ディランとフラムが討ち損じたキメラをリィンのナイフとワイヤーで動きを封じると同時にシオンが麻痺毒の粉を仕込んだ障壁球を投げつける。
「これぐらい、問題ない……」
「動きを封じるぐらいなら出来るわ!ホルンお願い!」
動きを止めたキメラをホルンの爪が切り裂いて、襲いくるキメラの群れを掃討していった。
「すごい連携だ……動きにまったく無駄がない」
アルデルトは、まだ息のあるキメラを治癒術で解体しながらディランたちの一糸乱れぬ動きに驚嘆する。
「皆さん!ここを抜ければ大聖堂に出ます!その奥に祈りの……っ!」
「グォオオオ!!」
回廊を抜けると同時に気叩ましく放たれた咆哮……大聖堂の中に姿を見せたのは、獣の身体に獅子と鹿の二頭の首を持ち、尾には巨大な大蛇が蠢く異形のキメラ。
その眼光が真紅に光り、まっすぐにディランたちを射抜いていた。
「おいおい、なんだよこりゃ……」
ディランも眼前に現れた大物の姿に思わず息を呑んだ。
――獣の咆哮が大聖堂の天井を震わせ、獅子の首が吠える。
同時に、鹿の後脚が石畳を叩き割り、大蛇の首が蠢くたびに毒の飛沫が散った。
「行くぞっ!」
ディランは足に魔力を集中させると、石畳を蹴り飛ばして一瞬で距離を詰める。
その勢いのまま獅子の頭を盾で殴りつけようとしたが、瞬時に鹿の角を叩きつけられ、盾が軋む。
「くっ…そ!反応が早え!」
その衝撃で火花が飛び散る中、フラムの炎剣が弧を描き、キメラの前脚を焼き払う。
しかし、その炎の斬撃が脚に触れる瞬間、キメラは素早く後ろに飛び退いた。
「な!あの図体でなんて動きなのよ」
「これならっ」
キメラの巨体が揺れると同時に、リィンのナイフが閃き、ワイヤーが蛇の首を絡め取る。
しかし、大蛇の牙がワイヤーを噛み切り、すぐに体勢を整えられる。
「下がって!」
シオンが障壁の中に粉塵を仕込んだ爆弾を投げ込む。
爆発と共に閃光と煙が弾け、獅子と鹿の顔を覆うように爆炎が包み込んだ。
その隙を突いて、ホルンが跳びかかり、喉元に爪を突き立てる。
「よし、このまま!」
ディランが再度、足に魔力を込めてキメラへと突進しながら盾で殴りつける……
……バキっ
と、鈍い音とともに鹿の角がへし折れた。
「うし、どうだ!」
確かな手応えにディランが声をあげた次の瞬間、尾の大蛇が大きく口を開き、毒牙をディランの肩口に突き立てた。
「ぐっ……!」
傷口から紫の毒が体内を巡り、ディランの膝が崩れる。
「おっさん!」
「ディラン!」
仲間たちが駆け寄ろうとしたその時、獅子の牙がディランへと迫る。
「間に、合わないっ」
フラムが剣を構えながら間に入ろうとするも、追いつける距離ではなかった。
巨大な獅子がディランを飲み込まんとした、その瞬間、金色の障壁が広がる。
それを合図にするかのように、大聖堂の入り口から神官騎士たちが一斉に突入してくる。
先頭に立つ……白衣に紅の刺繍を施した神官服の女が両手を広げ、障壁を展開させていた。
「危なかった……!全員、後退して!」
神官たちが詠唱を重ね、祈りの光が幾重もの結界となってキメラを押し返す。
その隙にアルデルトがディランの傍らに膝をつき、震える手を肩に当てた。
「持ち堪えてください……!私の治癒術で毒を取り除きます!」
柔らかな光が広がり、紫に染まった毒が吸い出されるように消えていく。
ディランは荒い呼吸をしながらも、ゆっくりと目を開いた。
「助かった……」
「教授!無事ですか!?」
神官服の女がアルデルトの元へ駆け寄る。
「モニカ!ありがとう、私は大丈夫だ」
「良かった、セリナさんは……避難されたのですか?」
モニカはアルデルトの無事な姿に安堵の表情を浮かべたが、すぐに周囲を見渡し状況を確認する。
「いや、セリナは奥の祈りの間に……すぐにでも向かいたいんだが」
視線の先には、何度も障壁を前脚で叩きつけるキメラの姿。
その姿を睨みつけながら、アルデルトが拳を強く握りしめる。
「あれを何とかしないと」
「キメラ……研究施設はもう残ってないはずなのに」
「キシャァア!!」
邪魔な障壁に苛立ったのか、大蛇が身の毛もよ立つような叫びを大聖堂に響き渡らせる。
次の瞬間、大蛇は体を畝らせながら障壁を突き破った。
金色の光の粒子が飛び散り、空気中に溶けて行く中、キメラは神官と騎士たちのもとへ飛びかかり、薙ぎ払っていく。
「ぐぁあ!」
「くそ!退がれ!」
「やつから距離を取れ!」
床を叩き割るほどの衝撃。
鹿の後脚が神官たちを吹き飛ばし、獅子の咆哮が空気を震わせる。
キメラの気がディランたちから逸れた隙に、フラムが剣を構える。
「この位置からなら躱せないでしょ」
キメラの死角へ回り込み、姿勢を低くする。
そのまま深く息を吸い込み、一気に踏み込むと、キメラの足下から飛び上がった。
獅子と鹿の首は後退していく神官と騎士たちの方を向き、フラムの存在には気付いていなかった。
(いける!)
そう思った瞬間、獅子の首が異常な角度で曲がりフラムへ襲いかかる。
「……っ!きゃあ!」
空中で躱すことができなかったフラムは、襲いくる獅子の牙を剣で受けたが、凄まじい衝撃で吹き飛ばされた。
「フラム!」
ディランはフラムの名を呼びながら加速し、フラムが石畳へ叩きつけられる寸前でなんとか受け止めた。
「っ痛ぅ…ありがと……あいつの首の動き、おかしいんじゃない?」
「ああ、あんな角度に曲がるなんてあり得ない……それにあの反応速度もおかしい」
「ええ、確実に死角から攻めたはずなのに」
ディランとフラムは体勢を整えながらキメラの動きを考察するが、異常なまでの反応速度と身体の動きに成す術が見つけられずにいた。
だが、リィンとアルデルトはキメラの動きを見て、ある特徴に気がついた。
「敵の動きを察知しているのは、鹿の頭か?蛇の頭が身体を動かしているように見えるが……」
リィンの言葉にアルデルトが横に並び、自分の考察を照らし合わせるように呟く。
「そうだね……鹿の持つ視野の広さと脚力、獅子の強靭な身体に牙と爪、それらを統率して指示を出しているのが尾の蛇、といったところだろう」
「……あの首の動きは?獅子の首があんな角度で曲がるのは不自然だ」
リィンの問いにアルデルトは口元に手を当てて考える。
「おそらく、身体の構造自体が蛇の多関節構造を基に形成されているんだろう。その全身の関節、筋肉を動かす主導権を持っているのが蛇だと考えて間違いないと思う」
「それじゃ、蛇頭をやればいいの?」
「いや、あの察知能力と反応速度を見る限り、獅子と鹿、蛇の三頭へ同時に攻撃を仕掛けて注意を惹きつける必要があるだろう……その隙に首を斬るか心臓を狙うしかない」
アルデルトはキメラを倒すための作戦を述べながら、それを実践するのがどれほど困難かを想定し、表情を暗くする。
「……そうか、同時に仕掛ければいいだけか」
リィンはそう呟くと、シオンもとに駆ける。
「シオン……あいつ倒す方法がわかった」
「え、どういうことよ?」
「あんたとホルンは鹿の頭に攻撃をしかけてくれ、それと同時に、俺とおっさんたちとで攻撃を合わせる……ホルン、合図は任せる」
「ワフっ」
ホルンは任せろと言わんばかりに短く吠えた。
「同時に、ね……わかったわ、やってみましょう」
その間にもキメラは周りに展開する騎士を蹴散らさんと暴れ回っていた。
それを横目に、リィンはディランとフラムにも作戦を伝える。
――
「……なるほど、三頭同時にか。よっしゃ、いつでもやれるぜ!」
ディランが盾を構え、踏み込む準備をするのを確認し、リィンはホルンへと向き直る。
その姿を見つめ、ホルンが遠吠えをあげた。




