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33話 教会を照らす灯火

 ――クロイツ教会、迎賓の間


 ディランたちはアルデルトに案内された部屋で静かに腰をおろす。

 窓の外には教会の尖塔が月明かりに浮かび上がり、鐘楼の影が石畳に落ち、神秘的な夜空が広がっていた。


「薬草採取の護衛から、誘拐された子供の調査をすることになるとはなぁ……攫われた子供たちは、無事だといいが」


 ディランがそう言って深く息を吐くと、隣の椅子に腰をかけていたフラムが髪を解きながら顔をあげる。


「十年前の調査でも、教国の信者が魔獣と動物を合成させて危険な生物を生み出していたわ。もし、魔人の正体が、攫われた子供と魔獣が合成されたものだとすると……」


「許せねぇな……だが、人間と魔獣を合成するなんてこと、可能なのか?」


 教国への怒りや不快感を募らせる二人に、アルデルトがゆっくりと歩み寄り、声をかける。


「結論から述べると、可能です。フラムさんが先ほど言ったように、十年前のキメラは人為的に合成されたものだったので」


「人為的に……他の生物同士を、どうやって?」


 アルデルトは少し目を伏せた後、何かを決意するように頷いた。


「これは、教会の関係者にしか知らされていないのですが……当時の犯人は、教会の司祭でした」


「司祭って、どういうことよアルデルト?」


 その事実はフラムも知らなかったようで、驚いた表情を見せていた。


「正確には"元"司祭だった男だ。知っての通り教会の神官や司祭は治癒術が扱える……そして、彼はその治癒術を応用して他の生き物どうしを合成する術を生み出したんだ」


「いくらなんでも、そんな研究を学院が許すはず……まさか」


 信じられない、といった様子のフラムだったが、ある可能性に気付いた。


「そう、彼の研究は教国の者に目をつけられたんだ。魔獣を信仰する彼らにとって、敬愛する存在に近づく手段として魅力的だったらしい」


 (魔獣を信仰してる連中か……価値観が常人から逸してるな)

 

「そのための研究施設として、修道院跡の地下が使われていたんだ。元司祭の男はその時に捉えられ、処罰されたはずだが、その研究資料が秘密裏に教国に広まっていたのかもしれない」


 アルデルトは悔しそうな表情を浮かべていた。


「私たちの調査の後に、そんなことがあったなんてね……」


 フラムの言葉にディランが気になったことを尋ねた。


「調査の後って、フラムたちは関わってないのか?」


「ええ、私は森の環境調査として森に入るアルデルトたちの護衛が任務だったし、シオンも調査の手伝いみたいな感じで一緒に行っただけなのよ」


 そのフラムの言葉に、今まで静かに話を聞いていたシオンが口を開いた。


「みたいな感じ、じゃなくて、薬師としての見解や知識が役立つかもってマドゥルク先生と一緒に同行を依頼されたのよ」


「そのマドゥルク先生とやらは森の外で休んでただけじゃない、見習いのあんたを現場に向かわせてさ」


「それは、私だけでも十分だと先生が判断したからで!」


「だったら……」

 


 ――しばらく、二人の言い合いが続き、その様子を肩を揺らしながら見つめるアルデルト。


「ははは、二人とも相変わらずだね。あの時のままで安心したよ」


 アルデルトが笑いを堪えられずに吹き出していた。


「十年前からこんな言い合いしてたのか?」


「ええ、初めて顔を合わせて、キメラと戦った時もこんな風に言い争ってましたよ」


「へぇ〜」

 (その頃の二人か、どんな感じだったんだろうな……)

 無意識にフラムの横顔を見つめるディランに、ホルンがそっと近づき『ワフっ』と小さく吠えた。


「っと、どうしたホルン?」


 ホルンの声に、咄嗟に視線を戻すディラン。その胸中は少し(せわ)しなくなっていた。

 しかし、ホルンはディランの顔を見ず、部屋の入り口を見つめていた。


「なんだ?空気が少しピリつくような……」


 ディランが何か違和感を感じた瞬間、リィンも何かを感じたのか入り口の扉へと足を忍ばせる。


「この感じ……」


 リィンがナイフを構え、ディランも左腕に盾を取り付けた瞬間、空気の震えとともに扉が蹴破られ、一人の少年が飛び込んできた。


「っ!子供!?」

「…こいつ、魔人だ!」


 リィンが声をあげると同時にナイフをけしかける。


「ゔぅぁ!」


 唸るような、声にならない音を発した魔人は、子供とは思えない脚力で跳躍し、リィンへと飛びかかる。


 ディランは咄嗟に"加速"してリィンの前で盾を構えた。

 鋭い刃物が叩きつけられるような短い高音が鳴り響く。

 盾で受けた魔人の手には異様に伸びた爪と蜥蜴の鱗が纏われていたが、その少年の顔は苦悶に歪み、身体のあちこちは痛々しく肉が変質し、骨が突き出ていた。


「っつう…はっ……こいつは?」


「おっさん…そのままっ」

 リィンが短く呟くと同時、幾重ものナイフが宙を飛び交い、魔人の手足を絡めとる。


 そこへ、"丸い何か"が目の前に投げ込まれ……


「息を止めて!」


 シオンの声で咄嗟にディランが息を止めた瞬間、丸い障壁が霧散し"黄色い粉"が魔人に降り注ぐと……


「ぁ、が……ぐ」


 小さな呻き声とともに、魔人は小刻みに身体を痙攣させ、やがてその動きを止めた。


 

 ――静まり返った迎賓の間に、荒い息遣いだけが響く。

 ディランは盾を下ろし、足元に倒れ伏す魔人の小さな身体を見下ろす。

 その姿はもはや人の形を留めていなかったが、顔には幼さが残り、苦悶に歪む瞳の奥にかすかな光が揺らいでいた。


「子供……なのか……」

 ディランの声は、思わず震えを帯びていた。


 アルデルトが一歩前に進み出る。その手には淡い光を宿した法具が握られていた。

「……試してみます。私の治療術ならまだ"治せる"かもしれない」


「治す?こんな姿から!?」

 フラムが息を呑む。


 アルデルトは膝をつき、魔人の胸元に手をかざした。

 

「この子と魔獣の細胞を結びつきを解いていきます……」


 柔らかな光が迸り、迎賓の間を満たしていく。

 アルデルトの魔力が少年の身体へと流れ込み、無理矢理繋げられた体組織を引き剥がしていく。

 歪んだ肉がわずかに軋みを上げながら、少しずつ元の人間の形へと収束していく。


「……ぁ……」

 小さな声とともに、変質した皮膚と鱗が剥がれ落ちていく。

 そこに残ったのは、やせ細った人間の少年の姿だった。


「たす……け……て」


 ディランは思わず膝をつき、その身体を抱きとめていた。

 アルデルトの顔には汗が滲んでいたが、目には強い光が宿っていた。

 

「……なんとか元の姿に治すことができましたか。この術が通じるなら、魔人となった子供たちを救うことができる」


 ――意識を失い、穏やかな表情で眠る少年の姿を見つめていると、教会の中が騒がしくなってきた。

 不意に窓の外を見ると、教会の鐘楼に炎が包まれ、闇夜を照らす灯火のように揺らめいていた。

 

「あれは……」


 その、灯りに気付いたディランが口を開いた時、この迎賓の間へと誰かが駆けつける足音が近づいてくる……


「お前ら、無事か!?」


 そこへ現れたのは、血相を変えて駆けつけたクライスだった。


「クライスさん!状況は? ここにも魔人が入り込んできたんですが……」


「いきなりキメラどもが教会の中に現れて暴れ回ってんだよ……って、おいセリナはどうした?」


「セリナは先に祈りの間でお祈りを済ませてからここに来るって……早く探しに行かないと!」


 アルデルトはセリナがキメラに襲われるかもしれない不安と焦りで、胸が締め付けられる感覚に包まれてしまう。


「アルデルトさんよ、俺たちも一緒に行こう」


「ディラン殿、助かります。クライスさんは、そこにいる子供を安全な場所へお願いします」


「わかった…無理すんなよ。あんたらも、アル坊とセリナを頼む」


「任せてください」

「ほら、行くわよ!」

「姉さん…」

「急ごう……皆さん、祈りの間はこっちです!」


 ――突如として現れた魔人とキメラの襲撃に、教会は一瞬にして聖域の静けさを失った。

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