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32話 アルデルトと聖女

 ――クロイツ教会・正門前


 石畳を抜け、大理石の尖塔が影を落とす中、ディランたちの走車がゆっくりと止まった。

 鐘楼の音が澄み渡り、街の人々が祈りを捧げる声が重なり合う。

 その光景に、ディランは思わず息を呑んでいた。


「……なんて迫力だ」


 その隣でホルンも鼻をひくつかせ、静かに周囲を警戒している。


 正門が開くと、数人の神官と教会騎士が現れ、その先頭に立つ男が歩み出た。

 栗色の髪を後ろで束ね、貫禄のある壮年の男が顔を顰める。


「ここから先は……って、お前ら、どっかで…」


 軽い口調だが、張りのある声が響き、フラムとシオンの顔を覗き込む。


「もしかして、クライス?」


 フラムが教会騎士の男の顔を見て、目を細める。


「確かに、俺はクライスだが……お前、まさかフラムか!?それじゃそっちのは、シオンちゃんか!」


 クライスは久しぶりに会った知人との再会に驚きを隠さず、大仰に目を見開いた。


「久しぶりね、それより、なんでクライスが教会騎士に?」

「そうよ、確かハンターギルドの所属だったわよね?」


 フラムとシオンの問いに、胸を張りながらわざとらしく咳払いをする。


「気になるか?そいつぁな……」

「……私が頼んだんだ」


 クライスが答えようとした瞬間に、彼の後ろから柔らかな声が響く。


「あ、アル先輩?」

「アルデルト……あんた、変わらないわね」


 クライスが膝をつき、その隣をゆっくりと歩み出る司祭の礼服を纏う男……その顔を見て、フラムたちは懐かしそうに名を呼んだ。


「十年振りか、二人だってあまり変わって……いや、大人っぽくなったね」


 優しい笑みを浮かべながら、アルデルトは言葉を続ける。


「クライスさんには、私の方から教会騎士に就いて欲しいとお願いしたんだ。セリナと結婚したことで、司祭の肩書もいただくことになったから」


「知った顔が傍にいてくれると落ち着く、とか言ってな…俺は騎士なんて柄じゃねえってのによ」


 クライスが肩を竦めながらそう言ったが、声音は嬉しそうだった。


「それだけじゃありませんよ?ちゃんと騎士としての力量も信頼してのことです」

 

 そのやりとりを見守る一行の前に、もう一人……白いヴェールを纏った女性が姿を現した。

 シオンと同じ白銀の髪を肩に垂らし、その微笑みは見る者の心を穏やかにする。

 聖なる光に包まれたような存在感を放つ彼女に、ディランは思わず見入ってしまう。


「……姉さん」


 シオンが小さく呟く。


 女性は優しく頷き、シオンの手を取った。

「シオン……よく帰ってきてくれましたね」


 その声は聖女と呼ばれるにふさわしい気品を帯びながらも、家族としての温もりが滲んでいた。


  その場の空気が少し和らぎ、暖かい雰囲気に包まれる中、フラムは驚いた表情を見せる。

 

「まさかシオンのお姉さんが、聖女様だとわね……驚いたわ」


 聖女セリナは控えめに微笑んだ。

「わたくしはただ、先代である母の後を継いだだけです。聖女だなんて……分不相応ですわ」


「姉さん?なにその変な話し方」

 シオンが眉をひそめると、セリナの頬がわずかに引きつる。

 口元の笑みは保っていたが、僅かにピクリと眉が動いたのをディランは見逃さなかった。


 それに気付いたアルデルトが一歩前に出て、場を整えるように咳払いをする。

「ところで、君たちがここを訪れた理由は……旅のついでではないだろう?」


 ディランが頷き、顔を引き締める。

「ええ、実は教会とカレドニアの間にある森で、変な生き物と遭遇したんだ。子供の姿に魔獣の身体を縫い付けられたような…我々は魔人と呼んでいるんだが」


 その言葉を聞いた瞬間、アルデルトの表情が硬くなった。

「ここでは、話づらい内容ですね。とりあえず、中へ……」



  ――クロイツ教会、司祭室


 アルデルトとセリナ、クライスの案内で教会の奥へと歩いていく。

 一番奥にある部屋へと通された一行は、ここへ来た目的を説明した。

 

「……カレドニアでは、子供が行方不明になったという事件が増えていて、私たちはリィンが見たという魔人との関連性を調べに来たの……何か知っている?」

 

 フラムが問いかけると、アルデルトは深い息を吐き、彼女の視線を受け止めた。


「十年前、私たちと行ったキメラの調査を覚えているだろう。その後の調査で魔獣の研究施設が見つかり、教会騎士や傭兵の協力を得て処理したんだ」


「まさか、その研究施設が?」

「残っている可能性が高い」


 リィンがその話を聞いて、声をあげる。

「じゃあ……あの魔人は、何かの実験で作られたのか?」


 アルデルトはリィンの瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに頷いた。

「確証はない……だが、可能性はある」


 アルデルトが皆の方へ振り返る。

「このクロイツの街でも子供がいなくなったという話が確認されている。子供たちのことを考えると、一刻の猶予もない…」


 重苦しい空気が司祭室を包み込む。

 セリナは眉根を寄せ、組んだ指に力を込めていた。


「子供たちを攫って、非人道的な実験を行ってるとしたら……犯人はただじゃおけないわね」


 聖女の声は、先ほどまでの気品は薄れ、内に秘めた怒りがにじみ出ていた。


「あら、やっと姉さんらしくなったわね」


 そんな聖女様の肩を叩きながらシオンが声をかける。


「人前じゃ聖女らしく振る舞えって、アルが言うから仕方なくよ。あんな話し方してたら息が詰まっちゃうわ」


「だって、聖女って教会の象徴なんだぞ?それらしい振る舞いは必要だろ」


「わかってるってば、ちゃんと公私は弁えてるわよ」

 

 その隣でクライスが腕を組み、険しい表情を見せる。


「やれやれ…それよりも問題は、奴らの拠点がどこにあるかだ。十年前に潰した施設は表向きは全て処理したはずだが……地下や新しく作られたものがあったとなれば話は別だ」


 フラムが身を乗り出す。

「なら、私たちが調査に出るわ。その時の研究施設の場所やこの周辺の詳細な情報が欲しいのだけど」


「ああ、もちろん。クライス、当時の資料を持って来てくれ」


「あいよ」


 アルデルトの指示でクライスが司祭室を出ていく。そして、アルデルトはホルンへと視線を向ける。


「……ところで、あまりに大人しいから無害だとは思うんだけど、その白い狼は魔獣だよね?」


 リィンは小さく唇を噛みしめた。

「……だとしたら何だ?」


 その強い言葉に、アルデルトとセリナは一瞬だけ驚いたようにリィンを見つめ、やがて穏やかに微笑んだ。

 

「無害だと判断したと言っただろ?これは研究者としての興味からの疑問なんだ……魔獣化した生き物は、何らかの影響で生存本能を刺激され、体質を変化させていると考えられている。だけど、その子は魔獣化しても君とともにいる」


「本能的にあなたを守るために意思を確立したのだとすれば、魔獣化する生物の生活環境が関わっているのかしら?」


「そうかもしれない…が、その事は後で考察しよう。クライスさんも戻ってきたみたいだしね」


 その言葉と同時に、司祭室にクライスが戻ってくる。


「待たせたな、これが当時の資料だぜ」

 

 アルデルトはクライスから受け取った資料を机に広げ、地図を指で示した。

 

「森の東側……ここに古い修道院跡があってね、最近そこで不審な人物を見たという報告がある」


「修道院跡……?」

 ディランが目を細める。

 

「十年前、その地下に研究施設があってね。今は立ち入り禁止区域だが……研究施設の隠し通路が存在してもおかしくない」


 クライスが低く唸る。

「厄介だな……あそこは地形も複雑だ。騎士団だけで踏み込むのは危険だ」


「だからこそ、あなたたちの力を借りたいのです」

 アルデルトは真剣な眼差しで一行を見渡した。


「明日の朝、調査隊を編成します。私も同行する……セリナ、君は」


「もちろん、一緒に行きます」

 聖女は毅然と告げた。


 フラムが息を呑み、思わず声を上げる。

「聖女様自ら?それは危険すぎるわ!」


「そうだよ、セリナ……君は教会に残るんだ。街の人々を不安にさせちゃいけない」


 セリナはしばし言葉を失ったが、やがて静かに頷いた。

「……分かったわ」


「よし、決まりだな。明日の調査で黒幕を炙り出してやろうぜ」


 ホルンが「ワン!」と吠え、力強く尻尾を振った。


 ――こうして、クロイツ教会とディランたちの共同調査が始まろうとしていた。

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